告白・1
リリアから連絡が来たのは、それから更に1週間後のことだった。ようやく、というのがデルタの本音だ。毎日郵便を待ち構える暮らしにはもう疲れきっていた。それでも、手紙に書かれたリリアの筆跡にデルタの頬は緩む。はやる気持ちを抑えて手紙の封を開けると、丁寧な文字が紙面を踊っていた。
≪仕事が落ち着きそうなので、次の日曜日、10時に城門前で待っています。都合が悪ければ連絡ください≫
恋文とはとても言えない、あまりにも簡潔な内容だったが、デルタの心は踊る。焦がれに焦がれた女性に半月ぶりに会えるのだ。この際贅沢は言っていられない。
「あれ、でも……」
リリアがいつもバジルのもとを訪れるのも日曜ではなかったか。父親より優先してくれるということか。デルタは勝手に良い解釈をして浮かれたまま眠りについた。
*
そして迎えた日曜。デルタは待ち合わせ時刻三十分前に城門前についた。いつもの門番はもうデルタの顔をすっかり記憶したらしく、何度も目を合わせては空々しく会釈してくる。恥ずかしさも加わって、デルタは足元を睨むように見ていた。
「外出ですか」
「ええ。いつもご苦労様」
門番と話す、聞き覚えのある声にデルタは顔をあげる。すると一番に目に飛び込んできたのは、リリアの満面の笑顔だ。
「デルタ!」
「リ、リリア」
「久しぶり」
会話の間に、一気に距離が縮まる。風貌が変わるほど長い期間会っていなかったわけでもないのに、久方ぶり
に会う彼女は、今までと違う大人びた雰囲気をまとっているようにも見えた。
リリアはすっとデルタの腕をとると、広場の方へと誘導した。予想外のスキンシップにデルタは体をギクシャクさせる。
「話があるの。二人きりになれるところにいきましょ」
「あ、ああ」
リリアの姿に見とれている暇も与えられず、強引に腕を引っ張られながら、広場を抜けて更に商店街も抜けたところにある、少し落ち着いた公園まで一気に連れてこられる。
「へぇ。こんなところがあるんだな」
あまりにものどかなその場所は、筋骨隆々とした男がいるには居心地が悪い。景色から浮いてはいないかとデルタは心配になったが、リリアの方は気にした様子もなく平然としたまま続けた。
「昔、一人になりたいときはよく来たわ。城の中は相部屋だから、落ち着かなくって」
「プライベートが無いのか」
「そうね。まあもう慣れたけれど」
リリアは一度息を吐いてうつむくと、デルタにベンチに座るように促した。デルタが腰を落ち着けたのを見て
その正面に立つ。
「内緒の話があるんだけど」
「え?」
「……王子殿下、婚約なさるそうよ」
「ええ?」
予想とは違うがそれはビックニュースだ。デルタは目を見開いて大声を出すと、リリアに人差し指を突き立てられた。眉を潜めて睨まれて、デルタは叱られた子供のように背中を丸める。
「声が大きいわよ。……セビリア様がお倒れになって、相当堪えたんでしょうね。あんなに裏工作とか手回しとかの好きな殿下が、なりふり構まず陛下に頭を下げたんだそうよ。そうでなけれは出奔しますって」
「出奔?」
「ええ。最後の切り札よね。なにせ陛下には他に男子のお子はいないんだもの。絶対に承諾されるわ」
「それは……すごいな」
「殿下の目的はセビリア様にもっと良い治療を受けさせることなのよ。正式な婚約者になれば、王族担当の治療師がつけられるもの」
何故か得意げな顔をするリリアにデルタはピンときた。
「もしかして、何か入れ知恵でもしたのか?」
リリアの顔が満面の笑みになる。ふと湧いた疑問は確信へと変わった。
「私は、私の力では完治させることはできないって言っただけよ」
「どうだか。王子殿下はもっとプライドの高い人物だと俺は思ってたけど」
「多少、病状を過大に報告しただけよ。陛下を脅せなんて言ってないわ」
どうだか。そう呟いて笑うと、リリアは楽しそうにデルタの隣に腰掛けた。
「……賭けてたの。陛下の恋がうまくいったら、私も素直になってみようかって」
リリアの視線が、デルタを捉える。先ほどまでの朗らかな空気が消え、デルタは緊張して姿勢を正した。
「どうして私が、あなたにこんな話をすると思う? 王子の極秘の話なのに」
「どうしてって……どうしてだ?」
オウム返しのような返事が間抜けすぎて、自分で落ち込みつつ、ただまっすぐに向けられるリリアの眼差しに
胸が高波をうちつづけている。
「あなたを信用してるからよ。こういうことを人に言いふらすような人じゃない。……そう、多分最初から、私はあなたを信用できる人だって思ってた」
「それは嬉しいけど」
「……私、男の人が信用できないの」
それを言うのは辛いのか、リリアは視線を外して公園の反対端を見つめた。
「初めて好きになった人は、学園の時の先輩で魔術師志望の人だったの。一度怪我をした時に治療してあげたのがきっかけで仲良くなって。私も魔法は得意だから、一緒に練習とかしててね。一緒に宮廷付きの魔術師と治療師になろうっていつも話してた。でも」
「でも?」
言いよどんだリリアに、先を促すように問いかける。彼女はまだ遠くを見たまま続けた。
「彼には、恋人がいたの。彼より更に一つ年上の詩人だって。結婚の約束までしてたらしいわ。……ショックだったのよ。彼はあんなに優しかったのに。
それ以来、男の人は嘘つきなんだって思うことにしたの。誰かと付き合うのももうたくさんだって」
「リリア」
「でも、あなたは違うの。なんでこんなに真面目なのかなって。嘘なんかつかないんだろうなってそう思ってた」
目をふせて、また上げて。リリアの仕草は落ち着きが無い。デルタの手にも汗が滲んできていた。
「どうしたらいいのか分からなかったの。あなたは信じられるって思った。だけど、それを認めるのは怖い。だって、あなたから裏切れたら私はもう二度と誰も信じられない」
「俺は裏切らないよ。何がそんなに不安なんだ」
「不安?」
リリアが怪訝そうな顔でデルタをみる。その瞳は潤んでいて、デルタはそれに目を奪われる。
「私、……不安なのかしら」
気が強くてしっかり者のリリア。強がることはあんなに上手なのに、弱さを認めるのはそんなに苦手なのか。
「その魔術師の男はどうしたんだ」
「父が……事実を知って半殺しにしてたわ。その後は会ってない。……あっちも怖がって私から逃げていたし」
「ちゃんと話し合ってないのか?」
「話したって裏切りに変わりないじゃないの」
「そうじゃなくて」
デルタはリリアに手を伸ばした。彼女は一瞬身を震わせて、泣きそうな表情をしたが、しばらくの後おずおずと手をのばした。デルタはその手を握り締めた。
「ちゃんと泣かなかったんじゃないのか」
「……」
「だから今も怖いままなんだろう。リリアにとってそれはまだ現実の痛みだからだ」
リリアがもつ、現実を受け入れ前へと向かっていく強さには、負の部分だってある。傷を癒やす時間を与えず、無理矢理に前に進んだことで、ずっと傷を開いたまま彼女は生きてきてしまったんじゃないのか。
「……なにそれ」
ぽつり、呟いたと同時、リリアの瞳から涙が一筋落ちる。
「好きだったし悲しかったんだろう。ちゃんと泣かないと傷はふさがらないぞ」
「私は治療師よ。なんであなたにそんな偉そうに言われなきゃならないの」
喧嘩を売っているような口調も、泣きながらでは全く効果がない。デルタの胸にはむしろ愛おしさの方が湧き上がる。ただ隣で、黙って手を握っているだけなのに、リリアが急速に近くなったような気がした。
「……私、あなたが好きなんだわ」
小さな嗚咽に混ざって告げられた告白に、デルタは目を丸くする。
「本当に?」
「……なんで信じないの」
上目遣いで睨まれる。リリアは泣いているから目も赤く、頬も赤い。殺人的な可愛さに、デルタは目がくらむ。
「だって、もしかしたら振られるのかも知れないって思ってたからさ。返事なかなかくれないし」
「わかるでしょ。態度見てれば。……意外と馬鹿なんじゃないの、デルタ」
やっぱり父親に似て口は悪いな、と思ったらおかしくなった。吹き出したデルタに、リリアはますます頬を膨らます。
「もう、ちっともロマンチックにならない」
「ロマンチックなのが良かったのか?」
「そりゃ、女ですから。憧れているわよ、もちろん」
フイ、とそっぽを向いたその背中を抱きしめる。
「きゃっ」
「リリアが好きだよ」
見かけどおりの薄い体は、デルタの腕の中にすっぽりと入る。ちょうど口元に触れる髪に口付けて、さらなる甘い言葉を告げようとデルタが脳内フル回転させていると、リリアの手がぎこちなく動いて腕から逃れようとする。
「嫌か?」
「違う。その。あの」
「嫌なら言えよ。無理強いはしたくない」
「そうじゃなくて。あの、一旦離して?」
腕の力を緩めると、リリアは体を向き直らせて自分から抱きついてきた。
「この方が好きだわ」
「……ははっ」
デルタが抱きしめ返すと、負けじと力を入れてくる。デルタはようやくリリアの心に触れた気がした。
「リリア」
「なに?」
「ありがとう」
彼女を安心させるために手をつくしたいけれど、不器用な自分には、単調な言葉と手に込める力以外に上手く伝える手立てがない。
「……やっぱりあなたは真面目だわ」
腕の中で、クスクスと笑う声がする。それにデルタも安堵のため息を漏らした。
しばらくの間、抱き合ったまま時が過ぎた。体を離したのはリリアのくしゃみがきっかけで。お互いにとても大げさに離れて、その後顔を見合わせて笑った。
「どこか、入りましょうか」
「ああ」
その日は、二人で城下町を歩いた。初めての二人きりの休日はとても楽しく、デルタは今後に僅かな期待を込めたが、翌週からは今まで通り実家へと彼女を連れていくという休日の過ごし方に戻った。恋人になれたところで、彼女の父親にはまだ敵わないようだ。




