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過去と未来を繋ぐ色(『黒の英雄』番外編)  作者: 坂野真夢
第一章 栗色の髪の乙女
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中庭での出会い・1

 その日、剣士であるデルタ=アレグレードは、十日間かかった魔物討伐の仕事の報告の為、城を訪れていた。


 緊張する報告を済ませた後は王宮騎士団に入団した学生時代の友人と会う約束をしている。デルタは花の咲き乱れる中庭に腰をおろして、旧知の友を待っていた。


「遅いな」


 約束は午後一時だったのに、もう三十分も過ぎている。騎士団員ともなれば色々と規律もあるだろうし、上手いこと望んだ時間に休憩が取れる訳でもないだろうが、待たされてる方としてはそろそろ嫌になってくる。退屈を紛らわすかのように何度か足を組み替えるも、すぐ終わってしまう。


 デルタは何もせずに時を過ごすことが苦手だ。元来の真面目な性格もあって、ただぼうっとしている事が出来ない。


「……練習でもできるところはないかな」


 いつも腰に携えている細身の剣を抜いて辺りを見回す。中庭は訓練をするには狭いが、今は人通りもなく危険ということもなさそうだ。


 デルタは、数回素振りをした。今回の魔物討伐ではスピードという点で相手に負けていて苦労した。鍛えるべきところがあるとすれば、目の動きだろう。下に落ちていた小枝を数本拾い、上へ放り投げて、目線まで落ちてきたところを切りつける。同時に複数の物を切りつけることは動体視力のトレーニングくらいにはなるだろう。


 三度目のその練習のとき、切りつけた小枝が二つに割れ一方が建物のほうへ飛んで行った。折り悪くその方向からは人が走ってくるような足音がした。


「イカン! あぶな……」

「きゃ」


 叫んだ時はすでに遅し。デルタの切った小枝は、走ってきた女性の腕を少しかすった。その場に座り込んだ女性の白い肌からはうっすらと血がにじんで、デルタは一瞬のうちに蒼白になり駆け寄った。


「す、すまない。怪我をさせてしまって」

「……危ないじゃないの」


 女性は気の強そうな瞳でデルタを睨むと、血のにじんだ左腕を右手でさすった。


「悪かった。あの、早く治療室に……」

「必要ないわ。私は治療師だもの」


 言うが早いか、彼女は小声で呪文を唱え始めた。右手から柔らかな癒しの光が広がって、傷口をあっという間に塞いでいく。


 背筋の伸びた凛とした姿と、柔らかそうな栗色の髪がかかる横顔に、デルタは見とれていた。ただ単純に綺麗だと、彼女の瞳が自分の方を向く瞬間を見ていたいという思いだけで。


「ほら治った。気をつけてよね。私も急いでたから悪かったけど」

「本当にすまなかった。どうすれば許してもらえる?」

「……そんなに深刻になる話でもないわよ。もう怪我なんて治ったんだし」


 眉根を寄せて真剣に謝るデルタに対し、彼女の方は気楽な調子で流そうとする。


「そういう訳にはいかない。お詫びがしたいんだ」

「お詫びって、……そんなのいいわよ」

「いや、なにか言ってくれ」


 何度断っても謝罪してくるデルタに、彼女は眉をひそめ始めた。デルタにしてみれば、女性に怪我をさせるなど牢獄に入っても仕方ないほどの大事だったのだが、女性にしてみれば過剰な謝罪は不快でしか無い。


「……もう、あなたしつこいわね。わかった。ちょっとこれ貸して」


 そう言って彼女はデルタから剣を奪い取る。そしてそのまま振り上げると、柄の部分をデルタの腕に打ち付けた。


「うわっ」


 デルタの左腕に強い衝撃が走る。みるみるうちに、腕には青い痣ができ始めた。痛みももちろんだが今起きた出来事を理解できず、デルタは呆然としたまま言葉を発することもできなかった。しかも腕にかかった衝撃は、鍛え上げた肉体を持つデルタでさえも悲鳴を上げるほど強く、彼女が本気の力を込めていたことがわかる。


「痛っ……おい、本気で痛い。」


 ようやく言葉を出したデルタに、彼女は悠然と微笑み返した。


「ほら、これでおあいこでしょ。はい、今度は腕を貸して?」


 彼女はマイペースに剣をデルタに渡し、その腕を取って回復呪文を唱え始めた。温かい光がデルタの左腕を覆う。回復魔法は何度も施してもらったことがあるが、彼女のそれはひだまりに似た温かさがあった。自然と心までも温まってくるような不思議な感覚にデルタは緊張をほどいて身を任せた。そんな風にデルタが呆けている間に、青い痣は綺麗に消えてしまっていた。


「これでいい?」


 彼女が小首を傾げて聞く。デルタは言葉も出せず、そんな彼女を見つめ続けた。



 ――――なんて娘だ。


 もう彼女から目が離せなかった。ただ単純に綺麗というだけでなく、自分で傷をつけて自分で治しておあいこだと笑うような豪胆さにデルタは釘付けになっていた。こんな女性には今まで出会ったことがないし、これからも出会えない。咄嗟にそう思ったのは本能だったのだろうか。


「じゃあ、私急ぐから行くわね。さようなら」

「ちょ、待った」


 踵を返した彼女の腕を、デルタは勢い良く掴んだ。驚いたように彼女はデルタを振り返る。くっきり二重の薄茶の双眸がデルタを捕らえ、石化の術でもかけられたかのようにデルタの体中がカチコチに緊張してくる。


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