城にて・2
デルタはリリアの手を掴んで頬に当てた。リリアが驚いて口ごもるのと同時に、癒しの光は消える。それでもその手は、とても温かかった。
「しばらくの間、こうしていてくれないか」
もがくような態度をとっていたリリアの手に、デルタの涙が伝った。すると彼女は逃げようとするのを止め、もう一方の手もデルタに差し出した。頬を包み込まれて、彼女の暖かさにデルタは感謝する。
「……死なせなくなかった」
「一緒よ。誰だってそう思ってる。それでも、助からない時はあるのよ」
悲しみは悲しみとして感じる心を持ちながら、リリアは決然と現実を受け入れる強さを持っている。
それは治療師という職業柄なのだろうか。それとも、自分のような葛藤はもうとうに乗り越えてしまったんだろうか。
彼女に出会ってからずっと胸に灯っている明かりは、ますます強くなる。
「リリア」
「なに?」
デルタの声が落ち着いてきたのが分かったのか、リリアは先ほどよりは優しい声で答えた。
「そう言えば、君にハーブを買ってきたんだ。果物は買えなかったが、受け取ってくれないか?」
「あ、……ありがとう」
もっていたカバンにずっと忍ばせてあったハーブの包みを取り出してリリアに渡す。事件の起こった日の朝に買ったものだ。
リリアは頬を朱に染めると、俯いて微笑んだ。
「思い出してくれてたのね」
「え?」
「本当は私のことなんか、忘れてたんじゃないかと思ってた」
そう言って体を縮こませる彼女は強烈に可愛くて、デルタは湧き上がった衝動を抑えきれなかった。
「君に会いたかった。何度も、何度も思い出して」
リリアの言葉に勇気を得て、デルタは気持ちを言葉にする。初めての、嵐のような恋情。受け止めてもらえなければ、行き場を無くして壊れてしまいそうなほど。
「俺はリリアが好きなんだ」
「……デルタ」
リリアが驚愕の表情で固まる。デルタは咄嗟に目を逸らした。目の周りが熱くて耐えられない。それでも、もう一押しを口にした。
「ずっと一緒にいてほしい」
沈黙がその場を支配する。リリアは時折り口を開こうとしては黙り込む。
返される言葉が拒絶ならば、聞きたくない。けれどもし、承諾してくれるなら。頷いてくれるなら、このまま彼女を腕に抱きしめるのに。
「……リリアー」
遠くからリリアを呼ぶ声がして、デルタは驚いて数歩後ずさった。リリアも驚いたように声のした方を仰ぎ見る。
「あの、……呼んでるから」
「あ、ああ」
返事を聞く間はもう無かった。治療師であろう一人の女性が、息を切らしながら中庭に姿を見せる。
「ここにいたの、リリア。……あ、ごめんなさい。お話し中だった? 王子殿下がいつもの件でお呼びよ」
「あ、うん。分かった。すぐ行く」
リリアは、言いにくそうに要件を伝える治療師に返事をすると、済まなさそうな顔した。
「ごめんなさい。私、行かないと」
「……ああ。そうだな」
勢いを削がれて、デルタは力が抜けたように地面に座り込む。リリアは駆けだそうとしたものの、思い直したように振り向いた。
「デルタ」
「なんだ?」
「次の水曜日、話があるから待ってて」
「え?」
「返事、するから」
そう言い残して、リリアは足早に建物の方へ戻っていった。デルタは呆けたまま、それを見送る。
返事って。期待してもいい返事なのだろうか。いやでも待て。いい話なら、今すぐにでも返事をするはずだ。
であれば、ゆっくり丁重にお断りされるのか?
「それは、嫌だな」
ため息を付いて立ち上がり、城門へ向かった。
若干落ち込んではいるものの、来た時に比べれば随分頭がスッキリしていた。
『こんなところで、座り込んでいるよりももっと先のことを考えなさいよ』
リリアの言葉は正しい。ラックとソープを失った家族に、何をしてやれるのかなんてわからないけれど、何かはできるはずだ。落ち込んでいるだけでは何も変わらない。
城門を抜けて見上げた空は、綺麗に晴れていた。自分を支えてくれる言葉は胸にある。
数日ぶりに生きている実感を得て、デルタは駈け出した。