城にて・1
城の騎士団領の一角で事情聴取を終えたデルタは、ぼんやりと中庭の方へ向かった。
アイザックという生き証人がいるため、スミスの捜索は予想よりは早く進みそうだった。しかし、二ヶ国間をまたがる話なので、逮捕するまでにはそれなりの交渉が必要なようではあった。それでも、保険金をだまし取られることだけはなくなったとデルタは騎士団の友人から聞いた。
それでも、ラックやソープが戻ってくる訳じゃない。泣きながら二人の両親に頭を下げるポートの姿を思い出して、デルタは溜息をついた。ポートだけのせいじゃない。剣士なのに二人を守れなかったのは自分も一緒だ。
――――あの時、アイザックになんか任せなければ。自分があのまま傍にいれば。
後悔は、何度も繰り返し頭のなかにこだまする。
中庭の色鮮やかな花々も今は目に鮮やか過ぎた。近くにあるベンチに腰をかけて、その花を見ないようにうつむいた。
「……デルタ」
しばらくして、自分の前に影ができているのに気づいたデルタはようやく顔をあげた。そこに立っていたのは、事件が起こる前はあれほど会いたいと願っていたリリアだ。
「リリア」
「聞いたわよ。大変だったわね」
労るような声と共に、彼女は一歩踏み出した。
互いの間にある空気は今までとは違うのだろうか。リリアがそれ以上一歩も近づけずにいることに、デルタは苦笑した。城についてから今まで会いにも行かなかった自分の薄情さにも嫌気がさす。
「相変わらず情報通なんだな。……ごめん。連絡もしないで」
「いいのよ」
「果物……買えなかった」
「それこそどうでもいいわよ。あなたが無事で、良かったわ」
「無事?」
リリアにしてみれば気遣いの言葉だったろう。だけど、デルタの心はその言葉にはじかれたように爆発した。
「仲間を、……死なせてしまったんだ。俺だけ無事に戻ったって、仕方ないじゃないか。俺は剣士だ。盾になってでも、守らなきゃならなかった。なのに、……なのに!!」
――――あの時、なぜ林に入るのに了承してしまったんだ。なぜ、ラックとソープをアイザックに任せてしまったんだ。
すべての原因が自分の判断にあるような気がした。なのに誰も自分を責めないのがデルタの傷を深くしていく。
「俺が、死ねばよかったんだ!」
普段のデルタでは出ないような大きな声に、リリアが一歩後ずさりする。叫びながらも、デルタの瞳には涙が浮かび上がってきた。
――――こんなの、八つ当たりだ。
頭では分かっているのに止まらなかった。ポートの前でも、ラックとソープの両親の前でも、そして自分の親の前でさえ、ずっと冷静を装っていられたのに。
よりによって、一番大切にしたいと思っている人の前で醜態を晒している。そんな情けなさに、ますます自分を責めただしたくなった。
リリアは、デルタを見つめていたと思ったら今度は一歩前に出てきた。そして、勢い良くデルタの頬を平手で叩いた。
「……なっ」
デルタは、頭が真っ白になった。頬が痛いということは、叩かれたのだろう。だが、なぜ今叩かれる? 訳が分からない。
「馬鹿な事言うのはやめなさい。しっかりしなさいよ、デルタ」
リリアは体を小刻みに震わせながらデルタを睨みつけていた。振り上げたままの平手も、小さく震えたままだ。
「あなたは自分を何様だと思っているの。どんな状況でも人を助けられるほど強いとでも? そんな完璧な人間いる訳ないでしょう?」
「……っ」
返す言葉もなく、デルタは黙り込んだ。それでもリリアは容赦することなく彼を睨みつける。
「あなたの仲間のうち二人が亡くなったわ。それは事実よ。きちんと認めなきゃいけない。けれど、その後であなたがするべきことは、自分をさげすむことじゃないわ」
「リ……」
「残された家族や、亡くなった人にしてあげれることは他にいくらでもあるでしょう? こんなところで、座り込んでいるよりももっと先のことを考えなさいよ」
「リリア」
リリアは、手をおろしてデルタの頬に近付けた。そしてそのまま、小さな声で呪文を呟く。次第に掌からは温かい癒やしの光が広がり、先ほど叩かれた頬や、心が癒されていく。そして同時に、デルタは心がようやく現実に戻ってきたような感覚になった。
目尻からは溜まった涙がこぼれ出す。目を閉じて、デルタはリリアの癒やしの光に身を委ねた。
――ああ、なんてことだ。
深い安心感とともに、ある一つの事実に気づく。
剣士として、彼女を守れるだけの力と包みこめるだけの腕を持ちながら、本当に守られてるのは自分の方だということに。