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過去と未来を繋ぐ色(『黒の英雄』番外編)  作者: 坂野真夢
第一章 栗色の髪の乙女
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異変・2

 一体誰が敵なのか、それさえ分からなくなりながらスミスを見る。彼もやはり、薄笑いを浮かべたままこちらを見ていた。敵は内部なのか。そう気づいたときには、デルタもポートも追い込まれていた。


「どういうことなんだ」

「知りたいですか?」


 デルタの問いに反応したのはスミスだ。彼は手で一度やめるように男たちに指示を出した。


「冥土の土産に教えてあげますよ。骨董品にはね、保険という制度があるんです。警護のものを雇っていたにも関わらず、積荷が盗まれてしまった場合、それに応じた金額が戻ってくる。ここであなたたちには賊にやられて死んでいただきます。我々の積荷は、アイザック率いる窃盗団に盗まれ、私と御者のマークは命からがら逃げ出した被害者だ」

「自作……自演って訳かよ」

「そうですね。あとは、別のルートから仕入れたとしてこの積荷もさばいてしまえばいい。倍の儲けになる訳です」

「は、……卑怯者め」


 ポートが息を荒げながらスミスを睨みつける。デルタは辺りを見回し、動きを止めたラックの姿を視界の端にいれ、強烈な不快感に襲われていた。

 さっきまで唄を詠唱していた。この耳でその声を聞いた。ソープだって元気に馬に乗って笑っていた。

それはほんの30分前の出来事なのに。今地面に横たわるその体からは生気がない。


 その傍で、あり得ないほど醜く笑うアイザックの顔。最初の温厚そうな様子からは考えられないほど歪んだスミスの顔。


 吐き気がした。それは凄惨な光景に対してと言うよりは、残忍さを表に出したアイザックとスミス二人への嫌悪感からだ。



「さあ、あなたたち二人の口を封じれば、完了です」



 スミスがその口元を笑みの形で止めた。それと同時に手を振り上げた。やれ、の合図だ。


「ポート、絶対やられるなよ」

「当たり前だ、お前こそ」


 ポートとデルタは背中を合わせるようにして剣を握った。けれど、相手はアイザックも入れて五人。しかもデルタは左腕に、ポートは右腕に軽いけがをしている。冷静に考えれば勝算は無い。


――――それでもこんなところでは死ねない。


 その意地がデルタを奮い立たせていた。双方からかかってくる相手の剣を交わし、隙を見て切り付ける。体力的にはかなり限界に来ていて、もはや反射で剣を振るっていた。額を伝う汗が目に入り、飛び散った血が顔に当たる。足や腕に、致命傷とまでは言えないまでも着実に切り傷がついていくのに、痛みに関しては鈍感になっていた。


 徐々に頭もぼうっとしてくる。時折り背中がポートの体に当たり、それいよって正気に戻される。


 デルタは頭を振って自分に言い聞かせた。死んではダメだ。ポートには家族がいる。彼が死んだら、残された妻と子供はどうなる。

 頭をちらつくのは栗色の髪の彼女。


――――俺だって。このままリリアに会えなくなるのは嫌だ。


 腹の奥底から死にたくないという感情がこみ上げる。賊に周りを囲まれ、もはや状況は絶対絶命。それでも諦めたくなかった。襲い掛かってくる黒装束の男たちを睨みつけて、デルタは必死に立ち上がった。



「やめろよ。聞こえたぜ。悪どいおっさんども!」



 低いけれどもよく通る声がその場を制した。声は背中の方角から聞こえ、その場にいる全員が一瞬動きを止める。

 林の奥の闇から、男が一人剣を構えてやってきた。全体に暗いということもあり、姿はよく見えない。ただ、光る剣がその存在を浮かび上がらせていた。


 やがて認識できるほど男が近づいてくると、今度は彼の容姿に目を奪われた。


 漆黒の髪、黒い瞳。デルタの国では見たことのない髪色だ。闇に溶けこむかのようなその色合いは、その男にはとても似合っていた。年の頃はデルタと同じか少し上くらいだろう。盛り上がった筋肉は、男の強さを、語らずとも表わしていた。


 男は状況を見ながら、向かってきた装束の男を一人切りつけた。その動きは素早く、デルタは剣筋を目で追えなかった。切られた男は、自分が切られたことにも気づかないまま血しぶきを見て驚き悲鳴をあげる。


 デルタは思わず息を飲んだ。自分たちを追い詰めたこの黒装束の賊たちを、子供がかかってきたかのようにあしらうこの男は、とてつもなく強い。


「やられてんのは、あんたらみたいだな」


 男はにやりと笑うと、かかってくる黒装束の男たちを、次々切りつけていった。


「いかにも悪役みたいな格好してんじゃねぇよ」


 全く相手にならないといった風に、軽く剣を振る。それだけで彼の周りには男たちが血を流し倒れていった。


「……っ、引きましょう」


状況が悪化していくのを察知したスミスが、マークを促し馬車を走らせた。


「おい、スミス! 待てよ!」


 置いて行かれたアイザックは慌てて追おうと駈け出した。しかし、その前には黒髪の男が立ちふさがった。


「ひ、ひぃっ」

「お前が最後だな。……おい。この男はどうすればいいんだ? 倒した方がいいのか? 捕まえた方がいいのか?」


 黒髪の男は、デルタとポートに向かって尋ねる。


「つ、捕まえてくれ。証人が必要だ」


 ポートが、血の吹き出している右腕を抑えながら答えた。

 観念したアイザックは男と対峙し、勢い良く剣を合わせたが、黒い男の腕は別格だった。あっという間にアイザックは剣を弾き飛ばされ、隙を見て脇腹に差しこもうとしていた短剣さえもあっさりと奪われた。

 柄でアイザックの頭を一撃し、動きの鈍くなったところを捕まえて後ろ手に縛る。そして、肩から袖口を引き破ると、アイザックの口に噛ませるように結びつけた。舌を噛み切っての自殺を防止するためだろう。


「これでいいか。あんたたちは大丈夫か? ……この二人は、残念ながらダメみたいだけど」


 黒髪の男は、ソープとラックの心臓のあたりを確認すると声の調子を落とした。


「悪いが俺も旅の途中なんだ。色々いざこざに巻き込まれるのも困る。あんたたちが動けるなら、これで退散させてもらう」

「ああ。ありがとう。命の恩人だ」


 デルタは立ち上がって、男に握手を求めた。ポートは傷が深いのか、動けないまま笑顔だけを見せた。


 男は一瞬動きを止めたものの、つかつかと歩いてきてデルタの手をとる。皮膚の感触は固く、マメができているのかボコボコとしていた。この手は努力を惜しまない手だ。



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