仕事・2
翌朝早く、デルタは村の道具屋へ向かった。イスト村は小さな村で、店の数は少ない。そのせいか、道具屋は何でも屋の様相を呈しており、薬や薬草の他にも村の特産品として多くのハーブと加工製品が並べられていた。
「お茶に出来るものはどれなんだ?」
デルタの問いに、店番をしていた年配の女性は嬉々として説明してくれた。しかし、やはりデルタにはいまいちピンとこず、結局勧められたものを訳も分からないまま買い込んだ。その総額は予定していた金額の倍だ。
「やれやれ、商売上手だな」
ため息と共にそう漏らすと、背中側から覗き込むようにしてポートがやってきた。
「いや、お前が単純なんじゃね?」
「ポート! なんだよ」
どうやら薬草を補充しに来たらしい。ポートは店員に目当てのものを頼むと、早々に会計を済ませた。
「お前にハーブなんて少女趣味はないよな。誰にプレゼントするつもりやら」
「な! いや、これは」
恥ずかしさに否定しそうになったが、確かにリリアに贈るつもりのものだ。勢いを無くしてデルタは黙り込んだ。
「はは。ニーロの言ったとおりだ。本気で惚れたんだな、お前」
ポートが嬉しそうにデルタの肩をたたく。ポートはデルタの仲間内では唯一の既婚者だ。学園のときから交際していた彼女と卒業後一年で結婚し、現在は二歳になる娘までいる。
「早いとこ俺の仲間になれよな」
「まだ全然、そんなんじゃないんだよ」
デルタは頭をかきながら、恥ずかしさに目をそらす。
「さ、早く仕事終わらしたいよな。俺も家族に会いてーや。行こうぜ、デルタ」
「ああ」
ポートの声に引っ張られるように、その後に続いた。
宿に戻るとすでに荷馬車の準備がされていて、ポートはスミスに会釈をした後全員に今日のルートの説明を始めた。
*
一言で林と言っても、それほど密接に木が生い茂っているわけでもなく、馬車が通れるほどの道幅はゆうにあった。
先頭をポート、続いて商人馬車、それと隣り合うように、ラックとソープの馬が走る。そして、しんがりを務めるのがデルタだ。
林の中では、鳥の声や獣の声がかすかに響く。平地の整備された道に比べれば魔物も多くいるはずだが、今のところは温厚そうな小型の魔物ばかりで、飛びかかってくるようなものもいなかった。
「もうすぐ夕刻だな」
「やはり林は抜けれないか」
休憩をとりながら、ポートとデルタは地図を見ていた。林全体の三分の二ほどの距離は動いたと思うが、無理に林を抜けようと頑張ると野営のポイントを見失う可能性もある。
「ちょっと、スミスさんと相談してくる」
そう言ってポートは馬車の方に向かった。入れ替わりでアイザックが伸びをしながらやってきた。
「ああ、良く寝た。今どの辺まで来たんだ?」
昨日、夜どうし荷物番をしていたアイザックは、荷台で今まで寝ていたのだ。
「まだ林を抜けてない。このまま無理に動いたって危険だからな。どこかで野営することになると思う」
「そっか」
凝った肩を鳴らしながら、アイザックは水筒から水を飲んだ。
デルタはもう一度地図を見た。今現在いる場所は川も近く、野営するには向いている。準備もそれなりに整っている。保存食だってあるし、この馬車にはテントも積まれていたはずだ。今のところ大きな魔物の気配だってない。そう思うのに、何故か早く林を抜けたいという気分が高まっていた。昨日から付きまとっている勘がどうしても振り払えない。
「おい、決まったぞ」
戻ってきたポートは笑顔だった。
「この地図によると、もう少し行けば川とぶつかるはずなんだ。そのあたりでテントが張れる広さの場所を探そう。俺たちは雑魚寝でもいいけど、スミスさんにその辺で寝ろとはいえないからな」
「ああ。分かった」
「やっと野営か、久しぶりだな」
アイザックが、何故か嬉しそうな顔をした。それを見て、ポートが肩をすくめる。
「なんだよ、嬉しいのか?変な奴だな」
「旅は楽してちゃだめなんだよ」
アイザックは、覆い茂る木々を振り返りながら、嬉しそうに口笛を一つ吹いた。