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過去と未来を繋ぐ色(『黒の英雄』番外編)  作者: 坂野真夢
第一章 栗色の髪の乙女
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仕事・1

 あくる週の月曜、デルタはポートから受け取った手紙の指示に基づき、待ち合わせ場所である城門前広場に向かった。


 シャツの上に鎖帷子くさりかたびらを着けその上から金属製の胸当てをつける。小手と膝を守る足あて、脇には常に愛用している細身の剣を差す。デルタは出来るだけ動きを抑制しない装備を好む。特に今回は夜営も含むためあまり頑丈にしすぎても体力を奪われる。残る旅の荷物はリュックにいれ、愛馬にくくりつけた。


 城門前広場には既にポートが来ていた。隣には同年代風の若者が二人いた。どうやら今回一緒に旅をする仲間らしい。立ち姿が優雅で、緑色のスカーフが似合うのが詩人のラック、小柄で落ち着き無く目をきょろきょろと動かしているのが治療師のソープだ。いずれも20代前半の男で、護衛任務は初めてらしい。


「大丈夫なのか? 俺だって護衛任務はしたことがないぞ。こんな初心者だらけでいいのか?」


 デルタは不安も露にポートに言ったが、根があっさりしているポートは深くは考えずに答えた。


「大丈夫だろ。俺は何度かやってるし。商人馬車って言っても、馬車は一台だ。前後に俺とお前がついて動けば問題ないよ」


 ポンと肩を叩きつつそう言われ、デルタは黙って受け入れたが胸の奥ではざわざわと不安が芽吹いていた。

護衛任務は単純に戦えばいいわけじゃない。雇い主との相性もあるし、その荷物が何かによっても重点の置き場が変わる。その辺りの気遣いが苦手で、今までデルタは護衛任務を避けてきたのだが、今となっては少しでも経験をつんでおくべきだったかという気もしてくる。


「ていうか、今更悩んでも始まらねーよ。ほら、依頼主が来た」


 ポートの明るい声に顔をあげると、二頭立ての幌つき大型馬車が現れた。御者席には、髭を蓄えた大柄な男と手綱を操作する細面の男がいる。細面の方が御者なのであろう。

デルタたち四人が一列に並んで一行を迎えると、髭の男が重そうな体をゆっくり動かしながら馬車を降りた。


「みなさん、よろしくお願いしますよ」


 にこやかに笑う顔には邪気がなく、人のよさそうな40代の紳士という感じだ。依頼主であるこの男の名がスミス。御者をしているという年配の男がマークと言った。

 その他に荷台から現れたのが、荷物の番をしているというアイザックだ。アイザックはデルタたちと同じ年頃の若者で、用心棒のまねごともしているらしく程よく筋肉がついていて、長剣の他に短剣も携えていた。


「何も荷物が無い時はアイザック一人でもいいんですが、今回はなかなかいいものが手に入りましてね。これを失っては大損害になる。そんな訳で皆さんにお願いしたんですよ」

「よろしくお願いします」


 愛想のいいスミスは、ポートと道順の打ち合わせを始めた。デルタはその会話を耳に入れつつも大型の馬車の中を覗き込み、その積んである荷物の多さに少し驚いた。


「何か?」


 視線に気づいたのか、アイザックが荷台にある席からデルタを見る。


「いや、結構大荷物なんだなと思って」

「ああ、お陰で俺は荷物と一緒にぎゅうぎゅう詰めだ」


 アイザックは苦笑いをすると「まいったよ」という調子で両手を空に向けた。その仕草がなんとなくおかしくて、デルタも自然に笑みを浮かべた。









 旅は順調に続いた。

 馬車は主に整備の行きとどいた東方道路を走らせていたし、うまいこと夜にはどこかの町に入れたので、荷馬車の見張りをする一名以外は温かな宿屋のベッドで寝れる。見張りは、ポートとアイザックのデルタの三人が交代で行ったのでそうキツイというほどでもなく、一週間目には国境近くの村まで来ていた。


「でも、ここからが問題なんだよな」

「どうしてだよ」

「スミスさんが護衛の終了地点としているラクターヌ国のカルクの町はここより北東だ。ここからは東方道路から外れないといけないんだよ」


 今日はアイザックが荷馬車の見張りのため、ポートとデルタは同室で今後の動きについて話し合っていた。今二人の目の前に広げられているのはタリス国とラクターヌ国のそれぞれの地図だ。国ごとに地図の書き方には差があるため、国境が一番地理的に把握しにくい。


 今現在いるのはタリス国の東端、イスト村。このまま東方道路を通ってラクターヌ国へ入るルートもあるが、そこから北に向かってカルク町に行くのは川に道を阻まれるために随分と遠回りになる。カルク町への最短ルートは、ここから北に向かって林を抜けるというものだ。


「スミスさんは、林を抜けるルートで行こうと言ってる」


 ポートが顎を手でさすりながら言う。


「でも、遠回りでも安全なのは東方道路じゃないのか? 見晴らしもいいし、なにか魔物に襲われそうになったってすぐにわかる」

「だよなぁ。でも、日数がかかりすぎるんだよ。東方道路から回れば5日はかかる。林を抜ければ、2日でいける」

「まあ、そうだな」


 けれど、森と言えなくもないほど大きな林だ。もしうまいこと一日で抜けれなければ、林の中で野営ということになる。

 デルタの勘は、遠回りの方がいい、そう言っていた。けれど、常識的には依頼主の意向に沿うのが普通だろう。


「どう思う?」


 問いかけてくるポートに、デルタは何と答えようか迷った。勘か、それとも一般論か。


「……まあ、依頼主に従うのが普通だな」


 デルタは自分の勘の方を押し殺した。真面目で波風を立てることを嫌うデルタは、自分の意思を押し通すよりは一般的と思われる意見を通す方が多い。


「だよな。じゃあ、それで決定で」


 ポートも頷いて、ベッドに横になった。何かすっきりとしないものがデルタの胸の中に残ったが、言葉には出さずに押し込める。


「じゃあ、明日のために寝ようぜ」

「ああ。俺はちょっと眠れないから茶でも飲むよ」


 デルタは部屋に備え付けてあったポットからお湯を出し、サービスで置いてあるお茶を入れた。この村はハーブ園があり、お茶の産地として有名なのだ。その湯気を頬に受けながら、以前リリアが入れてくれたお茶のことを思い出した。


「……土産にいいかもな」


 リリアは土産は果物がいいとか言っていたが、きっとハーブの方が喜ぶだろう。明日は早起きをして村を出る前に買っておくか。

 リリアの笑顔を思い浮かべて、ようやくざわざわしていた心中が落ち着いてくる。


 早く戻ってリリアに会いたい。そう考えれば、やはり林を抜けるルートで正解なのかも知れない。


「なにせ、ちゃんと寝て明日に備えないとな」


 デルタはお茶を飲んで体を温めると、ベッドに入り目をつぶった。既にいびきをかいているポートに辟易しつつも、眠りにつくのは早かった。



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