水曜日の逢瀬・2
しばらくリリアに会えなくなる。
勢いで行くことにはしてしまったが、その事実に予想以上にテンションが下がる。
ボーっとした頭でクラスター家の門前まで行くと、すでに屋敷を出ていたリリアが佇んでいた。デルタが近づくと、顔をあげて笑顔を見せる。
「……悪い。遅れたな。待っててくれたのか?」
「いないから帰っちゃおうかと思ったけどね」
茶目っ気たっぷりに顔を覗き込まれて、デルタはドギマギしつつ彼女の隣を歩き出した。
リリアが色々話しかけてくれるが、デルタは仕事の依頼で頭が一杯になってしまっている。「ああ」、「うん」と何度か相槌を打って、ふと隣からリリアが消えているのに気づいた。驚いて振り向くと、膨れた様子でリリアが数歩後に立っている。
「随分上の空ね。これなら別に一緒に帰る必要ないんじゃない?」
「ちょ……、待ったリリア。怒らないでくれ」
「別に頼んで一緒に居て貰ってるわけじゃないわ。独りでだって帰れるわよ」
不満を隠しもしないでぶつけてくるリリアに、デルタは困り果てた。怒った女性の宥め方など元々知らない。どうすれば……と考えてやっぱり素直に伝えるしか思いつかない。あまりに愚直な自分に、デルタは苦笑した。
「違うんだ。聞いてくれ。実は……」
「うん?」
リリアは素直に黙ると、まじまじと見つめながら耳を傾けた。
「今知り合いに会って。……ちょっと仕事の話をもらったもんだから」
「仕事? どんなの?」
「商人馬車の護衛だそうだ。仕事自体に不満は無いんだが、ちょっと期間が長くなりそうで、どうしたもんかと考えてた」
リリアは軽く首を傾げる。
「どうして期間が長いと駄目なの?」
「君を来週実家まで送っていくことが出来なくなる」
「そんなの構わないわ。馬車で行けばいいだけだもの」
「そう……だよな」
あっさり返されて、がっくりと肩を落とす。やはり会えなくなるのが寂しいのは自分だけなのか。いい雰囲気になってきたと思っていただけに、現実はデルタを厳しく打ちのめす。
傷心のデルタは自然と言葉少なになっていく。リリアが気を取り直したように歩き出したので、一歩後を歩き出した。近づいたと思った距離はまた元に戻ったのか。しかし、リリアは明るい声でデルタに呼びかけた。
「ねぇ、その仕事いつまでなの?」
「だいたい半月らしい」
「そう。どこへ行くの?」
「東だな。国境を越えた辺りまで。多分、隣国の一番近い町で終わりになるんじゃないかな」
「ふうん」
リリアは往診かばんを両手で抱えて、前を向いている。デルタは変な焦りに気が落ち着かない。
このまましばらく会わなければ、リリアとの距離は遠くなってしまうのではないだろうか。
ならば告白するか。それもいきなりすぎて決心がつかない。
自然に言葉少なになる自分に、更に焦りが増す。再びリリアを怒らせたくない。そんなことを思ったら考えが全くまとまらない。
「リリア、あのさ」
「……デルタ」
デルタの声を遮るように、リリアが先に顔を上げる。
「私、お土産は果物がいいわ」
「え?」
驚きが、リリアのはにかんだ笑顔によって期待へと変わっていく。
「東の方はどんなのがあるのかしら。腐る前に持ってきてね」
霧が晴れたような感覚に、心臓がくすぐられる。デルタは意気込んで返事を返した。
「ああ。帰ったらすぐに持ってくる」
「じゃあ、帰る日が決まったら手紙を書いてね」
「もちろんだ。一枚とは言わず何枚でも書くよ。出発したら書く」
「そんなに頻繁にはいらないわ。旅に集中しなさいよ」
口調はつれないが、その微笑みは今まで見た中でも最上級のもので。デルタは勢いで告白したいような気持ちにも駆られる。けれども急いては事を仕損じるという。バジルが言っていた“リリアは恋愛には臆病だ”と言う言葉もひっかかっていた。リリアがもっと心を開いてくれるまでゆっくり待とう。デルタは浮き立つ気持ちを抑え、そんな結論をだした。
「じゃあ、しばらく会えないけど元気で」
「うん。気をつけてね」
「ああ。ありがとう。リリアも、実家に帰る時は気をつけて」
「そうね。ありがとう」
別れ際、デルタが伸ばした手を、リリアは不思議そうに見つめる。
「なに?」
「しばらく会えないから」
呆けたままの彼女の手を強引に握り、力をこめる。リリアは一瞬驚いたように震えたが、やがてゆっくりと握り返してくれた。
「……じゃあな」
「うん」
離した手からゆっくりと熱が抜けていく。デルタはその熱を逃がさないように拳を固めた。この手の感触を忘れないように、大事に胸に閉じ込める。
城門をくぐりながらリリアは何度か振り返り、そして城内へと消えて行った。