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過去と未来を繋ぐ色(『黒の英雄』番外編)  作者: 坂野真夢
第一章 栗色の髪の乙女
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水曜日の逢瀬・2



 しばらくリリアに会えなくなる。

 勢いで行くことにはしてしまったが、その事実に予想以上にテンションが下がる。

 ボーっとした頭でクラスター家の門前まで行くと、すでに屋敷を出ていたリリアが佇んでいた。デルタが近づくと、顔をあげて笑顔を見せる。


「……悪い。遅れたな。待っててくれたのか?」

「いないから帰っちゃおうかと思ったけどね」


 茶目っ気たっぷりに顔を覗き込まれて、デルタはドギマギしつつ彼女の隣を歩き出した。

 リリアが色々話しかけてくれるが、デルタは仕事の依頼で頭が一杯になってしまっている。「ああ」、「うん」と何度か相槌を打って、ふと隣からリリアが消えているのに気づいた。驚いて振り向くと、膨れた様子でリリアが数歩後に立っている。


「随分上の空ね。これなら別に一緒に帰る必要ないんじゃない?」

「ちょ……、待ったリリア。怒らないでくれ」

「別に頼んで一緒に居て貰ってるわけじゃないわ。独りでだって帰れるわよ」


 不満を隠しもしないでぶつけてくるリリアに、デルタは困り果てた。怒った女性の宥め方など元々知らない。どうすれば……と考えてやっぱり素直に伝えるしか思いつかない。あまりに愚直な自分に、デルタは苦笑した。


「違うんだ。聞いてくれ。実は……」

「うん?」


 リリアは素直に黙ると、まじまじと見つめながら耳を傾けた。


「今知り合いに会って。……ちょっと仕事の話をもらったもんだから」

「仕事? どんなの?」

「商人馬車の護衛だそうだ。仕事自体に不満は無いんだが、ちょっと期間が長くなりそうで、どうしたもんかと考えてた」


 リリアは軽く首を傾げる。


「どうして期間が長いと駄目なの?」

「君を来週実家まで送っていくことが出来なくなる」

「そんなの構わないわ。馬車で行けばいいだけだもの」

「そう……だよな」


 あっさり返されて、がっくりと肩を落とす。やはり会えなくなるのが寂しいのは自分だけなのか。いい雰囲気になってきたと思っていただけに、現実はデルタを厳しく打ちのめす。


 傷心のデルタは自然と言葉少なになっていく。リリアが気を取り直したように歩き出したので、一歩後を歩き出した。近づいたと思った距離はまた元に戻ったのか。しかし、リリアは明るい声でデルタに呼びかけた。


「ねぇ、その仕事いつまでなの?」

「だいたい半月らしい」

「そう。どこへ行くの?」

「東だな。国境を越えた辺りまで。多分、隣国の一番近い町で終わりになるんじゃないかな」

「ふうん」


 リリアは往診かばんを両手で抱えて、前を向いている。デルタは変な焦りに気が落ち着かない。


 このまましばらく会わなければ、リリアとの距離は遠くなってしまうのではないだろうか。

 ならば告白するか。それもいきなりすぎて決心がつかない。


 自然に言葉少なになる自分に、更に焦りが増す。再びリリアを怒らせたくない。そんなことを思ったら考えが全くまとまらない。

 

「リリア、あのさ」

「……デルタ」


 デルタの声を遮るように、リリアが先に顔を上げる。


「私、お土産は果物がいいわ」

「え?」


 驚きが、リリアのはにかんだ笑顔によって期待へと変わっていく。


「東の方はどんなのがあるのかしら。腐る前に持ってきてね」


 霧が晴れたような感覚に、心臓がくすぐられる。デルタは意気込んで返事を返した。


「ああ。帰ったらすぐに持ってくる」

「じゃあ、帰る日が決まったら手紙を書いてね」

「もちろんだ。一枚とは言わず何枚でも書くよ。出発したら書く」

「そんなに頻繁にはいらないわ。旅に集中しなさいよ」


 口調はつれないが、その微笑みは今まで見た中でも最上級のもので。デルタは勢いで告白したいような気持ちにも駆られる。けれども急いては事を仕損じるという。バジルが言っていた“リリアは恋愛には臆病だ”と言う言葉もひっかかっていた。リリアがもっと心を開いてくれるまでゆっくり待とう。デルタは浮き立つ気持ちを抑え、そんな結論をだした。



「じゃあ、しばらく会えないけど元気で」

「うん。気をつけてね」

「ああ。ありがとう。リリアも、実家に帰る時は気をつけて」

「そうね。ありがとう」


 別れ際、デルタが伸ばした手を、リリアは不思議そうに見つめる。


「なに?」

「しばらく会えないから」


 呆けたままの彼女の手を強引に握り、力をこめる。リリアは一瞬驚いたように震えたが、やがてゆっくりと握り返してくれた。


「……じゃあな」

「うん」


 離した手からゆっくりと熱が抜けていく。デルタはその熱を逃がさないように拳を固めた。この手の感触を忘れないように、大事に胸に閉じ込める。


 城門をくぐりながらリリアは何度か振り返り、そして城内へと消えて行った。


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