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過去と未来を繋ぐ色(『黒の英雄』番外編)  作者: 坂野真夢
第一章 栗色の髪の乙女
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水曜日の逢瀬・1

 次の水曜日、やはり待ちきれないデルタは約束の10分前に城門前をうろついていた。もはや門番にも顔を覚えられたらしく、「やあ、ご苦労さん」なんて声をかけられ、余計に恥ずかしい。


 手持ち無沙汰にふらふらしていると、後ろから笑い声が聞こえた。驚いて振り返ると、城内からではなく町の方からリリアがやってきた。


「驚いた?」

「ああ。どこかに行っていたのか?」

「いいえ、驚かそうと思って待っていたのよ」


 にやりと笑うとバジルに似ている。やはり親子だな、とデルタは独り頷いた。リリアは往診用のカバンを持って歩き出す。


「俺が持とうか。ところで、どこで食べる?」

「荷物は結構よ。商売道具ですもの。……ケヤキ道前の食堂がおいしいって噂よ」

「じゃあ、そこに行こうか」


 リリアは綺麗な栗色の髪を揺らしながら歩く。父親であるバジルはもっと薄い茶色だから、リリアの髪は母親似なのだろう。細い手足、白い肌。リリアの頬が赤くなるのがすぐにわかるのは、この白い肌のせいだろうか。


 バジルの娘という印象とはっきりした物言いからリリアは強いイメージだったが、体つきを見れば運動をしているような様子は全然ない。


「さ、ここよ。入りましょ」


 木造のドアをリリアは勢いよく開け放つ。昼時の食堂はとても賑わっていて、デルタは空席を見つけるのに苦労した。リリアが、もうじき食べ終わりそうな二人組に話をつけ、ようやく席について注文を告げると、リリアは安心したように話し始めた。


「おなかすいたわー。今日は忙しくて。今日はね、騎士団で打ち合いの訓練があったんですって。そうしたらね……」


 数日の会わない期間など無かったかのように、すぐに距離が縮まる。慣れた様子で話すリリアを、デルタは笑みを浮かべたまま見つめた。他愛もないような話をころころ変わる表情でリリアが話すだけで、なぜこんなに楽しいのだろう。時が経つのを忘れてしまいそうだった。


「あ、いけない。もうこんな時間」


 リリアの言葉に我に返って時計を見ると、クラスター家に行く時間の十分前になっていた。


「早く行かないとな。ここは俺が払うよ」

「駄目よ。割り勘」

「いいから、だったら後でもらう。とにかく早く行こう」

「ええ」


 結局デルタが支払いを済ませて店を出た。ここからクラスター家までは歩いて十分ほどの距離だが、支払いに手間取っていたので歩いていては間に合わない。


「走るぞ、リリア」

「え? あ。ちょっと待って」

「カバン、今だけ預からせてくれ」


 デルタは手早くリリアからカバンを奪い取り先を走る。慌てて後からついてくるリリアははっきり行って鈍足だ。


「リリア、もう少し急げないか?」

「だって、……はあっ。私、運動は駄目なのよね」


 あの剣豪の娘なのに、……とは思ってはいけないことだろうか。見た目も細身だし、それなりに動けそうに思えるのだが、その実はかなりどんくさそうだ。


「ほら」


 デルタはリリアの手をつかんで、引っ張った。すると、もつれながらも先ほどよりは足が動いている。息を切らしながらクラスター家に到着したのは、丁度約束の時間だった。


「ギリギリだけど、間に合ったぞ」

「はあ、はあ、もう。無理」

「一時間後待ってるからな」

「あ、デルタ。カバン」


 リリアに指差されて、デルタは彼女のカバンを持ったままだったことに気づき、慌てて渡した。


「ありがとう」


 素直に礼を言われると調子が狂う。デルタはリリアがクラスター家に消えていくまで、ほてった頬を冷ますことが出来なかった。 






 リリアを待つ一時間、何もしないのも退屈なので新着の仕事がないかを確認しに城の前に戻った。

 魔物退治や護衛などの依頼は、直接頼まれることもないことはないが主に城から配分される。大抵は城の方から各町村の長を通じて話が入ってくるのだが、小物の依頼は城門前広場の掲示板に張り出されることもある。そこで気にいった仕事があれば、城の衛兵を通じて担当者に話をつけ、許可書を得て城内で詳しい話を聞けるのだ。


 短期で終われそうな仕事が十件ほど張り出されるいる。目で追いながら数日で済ませれそうな仕事を選ぶ。今のところ、水曜日はリリアと確実に話せる大事な日だ。そこには仕事をいれたくない。


「あ、デルタじゃないか」


 軽快な声と共に、背中を叩かれた。驚いて振り向くと、大柄で身の丈ほどもある大きな剣を背中に携えた剣士が立っていた。学園時代に同じクラスだったポートだ。背はほぼデルタと一緒だが、筋肉ががっしりしているせいか一回り大きく見える。


「ポートじゃないか! 久しぶりだな」

「ニーロとこの間会った時聞いたぞ。お前、女の尻追っかけてるんだって?」

「なんだよ、それ。人聞きの悪いな」

「はは。だって、あのカタブツのデルタが夢中になってるって言うからさ。しかも、バジルさんの娘だっていうじゃないか」

「そこまで知ってるのか……」


 改めて、デルタは人の噂の凄まじさを知る。恐ろしいのは女の情報網だけではないらしい。男の情報網も十分に侮れない。


 辟易した様子のデルタを気遣うことも無く、ポートはざっくばらんに笑った。


「なあ、ところで仕事探してるんだったらさ。俺の仕事手伝わないか?」

「ああ、構わないけど、どんな仕事だ?」

「商人馬車の護衛だよ。あと一人剣士が足りないんだ。東のラクターヌ国から買い付けに来ている商人が、国境を超えるところまで護衛して欲しいんだそうだ」

「国境越えか。……結構日数かかるよな」

「だいたい往復で半月だな。商品は骨董品とか飾り細工とかだから、なるべくゆっくり運びたいんだそうだ。だから、護衛は単価の安い若手の方がいいんだと。俺と詩人一人と治療師も一人連れてく。な、頼むよ。剣士は前後で二人はいないとキツイ。もう一人腕のいい剣士が欲しかったんだ」


 大柄のポートが体を縮めて拝みだす。女性がやったなら可愛らしい行動だが、ポートにやられても気持ち悪いだけだ。デルタはそれとなく視界からポートをはずした。



「うーん。しばらく長い旅には出たくないんだが」

「そこをなんとか。頼む!」


 ポートの必死な様子に、デルタは嫌とは言えなくなってしまった。


「……わかったよ。いつからだ?」

「来週の月曜から半月」

「随分急だな」

「大分前から頼まれてたんだが、期日が近づいても一人足りなくて焦って探してたんだよ。詳しい話は紙に書いて送る。じゃあ、頼んだぞ」


 ポートが手を振りながら人ごみの中へ消えていく。話しているうちに時間が随分立っていた。デルタはふうと溜息をつくと、クラスター家の方へ足を向けた。



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