4.
「お姉ちゃんと彼氏ってうまく行ってるの?」
「絵理は別れちゃったんだよね」
「その話しはいいの!あ、皆川さん、その興味ありますよって目はなに?」
「興味あるよ」
敬語はいつの間にかどこかに薄れ、でもその分絵理さんとの距離が縮まった気がした。
「わたしの彼氏さ、なんかね……」
絵理さんの「なになに」って言葉に同調して目を向ける。3人の右手にはカンパリ、それぞれのグラスに浮かぶ氷は透明、けれど赤い海が反射するセカイは、氷すら赤に染め上げる。
驚いたのは絵理さんと恋愛に対する価値観が全く同じだったこと。由希の彼氏の話しが盛り上がりどんな内容だったか正直覚えてないけど、それに対する意見は絵理さんと一緒だった。
多分、絵理さんも気づいてたんだと思う。おれの言葉に絵理さんが目を丸くして、絵理さんの言葉におれが笑った。
「だよね」
「やっぱりそうだよ」
バーテンダーだからってこんなにもカンパリだけを飲んだのは始めて。ボトルの中身がもうすぐなくなる頃、ソーダとレモンシャフトが切れたからロックで口に流し込んだ。
「でさあ、彼氏ったら先に帰っちゃったんだよね」
「でさあ」の前に由希が言ったことはなんだっけ。それよりも絵理さんの横顔に、笑うと細くなる目に、白い首筋に、艶っぽい黒髪と細い指に触れてみたいって思ってるのは酔ってるせい?
「雅くんは彼女つくらないの?」
由希の質問に笑ってカンパリを煽る。
「モテそうなのに」絵理さんが言う。「ホントはいるんでしょ?」
「なんなら彼女になって下さい」
きっと冗談にしか聞こえないだろうセリフに、絵理さんは「またまたあ」と返す。こういうところがおれの悪いところだって知ってるけど、でもカンパリのせいにはしたくない。
「絶対いるでしょ」
由希の視線の隣り、笑顔の絵理さんの口元に、目は勝手にそこから離れようとしない。
「2週間も入院してたから生活大変なんだよね」由希がアクビを手で隠しながら言う。「どうしようかな」
「優しい彼氏に助けてもらったら」
絵理さんの意見に由希が「そんなに優しくないよ」って言った記憶は曖昧。時計はもう3時を回ってた。
「そろそろ帰らないと……」
「雅くん始発まだだよ」
「皆川さん少し眠って行けばいいのに」
さすがに少し遠慮して、タクシーでなんて言ってはみたけど頭の中はぐるぐる、足は感覚すら微妙。
「いいなら。じゃあ少しだけ……」
絵理さんと由希のまぶたも閉じそうな勢い。3人でテーブルを片付けて、少しだけ残ったカンパリを冷蔵庫の隣りの棚に置いた。1DKの部屋の中、ベッドは絵理さんと由希、おれはソファーで眠ることになった。
「おやすみ」
もう少し、もう少しだけ目を開けていようと思ったけど限界で、黄色いタオルケットをかけた途端に眠ってしまったようだ。次に目を覚ましたのはきっと1時間後、朝の5時くらいだったと思う。寝付けないのは慣れた部屋じゃないから、カーテンの外はもう夏の朝の日差し。
上体を起こすと2人はそれぞれに寝息を立てていた。ベッドの奥に由希、手間で絵理さんが瞳を閉じている。1歩近くに寄ってみたーー少し動くだけで頭が痛い、飲み過ぎ、きっと明日の仕事はツライななんて考えながら絵理さんの顔を覗き込んだ。今、もし目を覚ましたらビックリするだろうなんて思ったけど顔は、絵理さんの顔は薄い朝日に差されてどうしようもないほどキレイで見惚れた。
キスをしよう、そう頭で難しく考えた訳じゃない。なんていうか自然に、体が首が動きそっとその唇に触れた。1秒か2秒、時間で言ったらそんなもん、でも肌を走る電気は、その一瞬に未来を、永遠を感じた。
大げさ、全部カンパリのせいだーーけれどおれの心は恋をし、絵理さんのことが好きになった。