3.
「こんな格好でごめんなさい」
「時間が時間だし気にしなくていいですよ。それにこっちこそこんな時間に……」
「なに堅いこと言ってるの?」
会話の始まりはそんなだったかな。とにかくどう会話を持っていけば分からなくて、グラスを3つ手に取り氷を入れ始めた。
「バーテンさんなんですよね」
「そうですよ」
「雅くんはカクテルの全国大会にも出たことあるんだよ」
絵理さんの驚いた顔、「すごい」っていうセリフ、確か「失敗しちゃってどうせ下の方ですよ」そう言った。
「プロの人にカクテル作ってもらえるなんて嬉しいです」
「でもただ混ぜるだけですよ」
「それが素人とは違うのよ。あ、レモン切って来るね」
由希はそう言うと買ってきたレモンを手に取って立ち上がった。
「あ、由希、シャフトで」
「シャフトってなに?」
スライスよりレモンの果汁が出やすく、大量にカンパリを飲むならその方がきっと飲みやすい、なんて説明は必要ないと思うから、「ヘタ取って8分の1に縦に切ってくれるかな」と簡単に終わりにした。
「シャフトで、ね!」
由希は自慢気にキッチンに向かった。その間、部屋には恵里さんと2人きりになる。数年前ならそんな状況に緊張もしただろうけど慣れ……少しは緊張してるけど仕事柄、女性と、話すことに、慣れた自分。
「絵理さんって仕事は何をしてるんですか?」
会話がなければ「仕事は何を?」か「今日は暑いですね」のどっちかを相手に振ればいい。後はそこから話しを広げていく。
「渋谷のデパートで販売員です」
「そうなんですか。同じ接客業だしストレス溜まりますよね」
「はい、溜まります」
普通、女の子の部屋にカンパリは置いてない、けど由希はカンパリを飲むと言っていた。グラスは3つ、ということは恵里さんもカンパリを知っている。お酒が好き、それが予想。
「ストレス解消はお酒?」
「大好きなんです!」
ビンゴ!
「シャフトできたよ」
「おお、ちゃんと種と芯まで取ってあるぢゃん」
「任せて」
レモンを軽く絞ってグラスに落とすと、カンパリのボトルを手にしてトップを中指で弾く。
キイン……。
弾いたトップを指で挟みつつ、カンパリ1対ソーダ2の割合を考えながらグラスに注ぐ。霜が張った氷を洗う真っ赤なカンパリがグラスの底に到着する頃には、あとはソーダで満たされるのを待つばかり。
「なんかカッコいい」
「そうかな」
恵里さんについタメ口になりつつも、ソーダをグラスに注ぎバースプーンの代わりにピンクのお箸でビルド、炭酸を飛ばさないように優しく混ぜれば完成。
「さあ飲もう」
「うん」
「はい」
そう言いながらも笑顔になるのは自然、カンパリが3人の会話を盛り上げるのも自然、お腹が空いてるのは明大前に着いた辺りからだから自然?
「由希、カレー食べたいんだけど」
「じゃあ、あっためて来るね」
視線がグラスから由希を追う途中、その途中で恵里さんの右手の指に止まった。恵里さんの細い人差し指と中指が真っ赤なグラスをそっと掴んでいる様ーーその細い指、カンパリのせいじゃなくてキレイだ、そう思った。正直にそう思った。
「これ市販なの?」
「ん、そうだよ」
カレーは普通に、いやフツー以上においしい。
「旨いね。由希が作ったの?」
「絵理と2人で、ねえ」
カンパリとカレーが妙に合う。きっとカレーの味は中辛、あっという間に平らげた。
「ところでさ、斉藤姉妹は北海道出身だよね。なんでじゃがいも……」
別に北海道だからってみんながみんなじゃがいもを好きとは限らない、その説明にそれ以上突っ込む必要はないからやめた。
「カンパリのおかわりは作りますか?」
「ありがとうございます」
「お店みたい」
由希と絵理さんはもうカレーを食べたらしく、おれが買ってきたツマミに手を伸ばしていた。時計はもう1時半、当然と言えば当然だろう。
「由希さ、なんだっけ、そうそう子宮内膜症と子宮筋腫ってどんななの?」
「女の子の病気」
「手術は?」
「したよ」
膨らませていい話題なのか分からなくて「痛いの?」って聞いて「そりゃあね」って返事が返って来て終わりにした。その後の話しは恋愛感、時間も忘れて盛り上がった。
「おれの店に大塚ってやつがいてさ、別れた彼女と寄り戻そうとして、東京中を探して生まれ年のワインを見つけたらしいんだ。数万円したって言ってたかな。それで、彼女の誕生日に家に持って行ったら元彼女いなくて、玄関で親にワインだけ渡して生まれ年の説明も出来なくて門前払いだってさ」
「ははは」
「あはは」
カンパリの減る量が早い。その分、酔いも回ってる。