プロローグ
初投稿なので少し読みにくいかもしれませんが、よろしくお願いします。
ある日、俺はバイト先から帰るために夜道を歩いていた。その道中、見覚えのある女が見えたと思うと、
───俺の腹部にナイフが突き刺さった。
朦朧とする意識の中で最後の力を振り絞り、女の顔を確認する。
……あぁ、どこか見覚えのある顔だと思ったら、一ヶ月前に別れたはずの元カノじゃねぇか。
「ごめんなさい…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………っ! 私にはこうする他なかったの! 私もすぐに…………、一緒に逝くから……、だからっ!」
女は鬱にでもなったように同じ言葉を何度も何度も繰り返していて、目もどこか狂気的だった。
他人事のようにそんなことを思っている内に、俺の腹からはヌルッとした生暖かい赤い液体が止めなく流れ落ちていて、手で押さえようにも溢れ出て止まりそうではない。
辺りからは仕事帰りの中年の男性や、ランニングをしていたなど、多勢の人間がこちらを見て悲鳴を上げている。
「……お願いよ。……お願いだから、早く死んでっ!!」
女は俺の腹からナイフを引き抜き、トドメを刺すかの如くまた振りかぶる。
暗くてよく見えなかったが、女の瞳からは涙が溢れ出ているように見えた。
……泣くほど悲しいんならなんでこんなことするんだよ。俺はそう言おうとしたが、その前にナイフが振り下ろされ、その途端に意識が途切れてしまった。
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目が覚めると、ただただ闇だけが広がる黒い空間に俺は浮いていた。
(…………あれ? 俺ってさっき殺されたんじゃなかったっけ)
意識はハッキリとしていて気分も良く、殺されたはずなのに驚くほど冷静な俺。
なんとなく身体を動かそうと試みる。が、金縛りにでもあったかのようにピクリとも動かない。
「───ふふっ、動こうとしても無駄よ。貴方は既に死んだ身なのだから」
どこからかこの空間には似合わないほど鈴の音色のような綺麗で透き通った女の声が聞こえて来た。
「っ!? …………誰だよお前」
身体は動かないが、目や口は動くようだ。声のした方向を見るが何も、誰もいない。というか見えない。
「私? そうね。ここでは死神とでも言っておこうかしら。ようこそ零の境界へ」
零の境界、というのはこの場所の名前なのだろうか。確かに何もない…………だから『零』なのだろうか。
「…………それにしても死神って、あれか? マンガとかでよく見る人の魂を死の世界へ連れて行くとかそういう……」
すると死神と名乗った女は、
「ええまあ、そんな感じで受け取ってもらって構わないわ。実のところは根本的に違うのだけどね」
姿は見えないものの、どこか楽しそうに死神はいった。
それにしても死神って、どんなネーミングセンスだよ。厨二じゃあるまいし。
「失礼ね、厨二とはどういう意味かしら?」
「スミマセン、人の心読まないでもらえま───」
「───そんな事より」
俺がいい終わる前に死神が口を挟む。
「貴方は先ほどまでいた世界に未練でもあるのかしら?」
「そりゃあ…………───」
正直言うと、彼女に振られ、一人しかいなかった身内……妹も病気で他界したり、成績落ちたり(これは自業自得なのだが)、ここ一ヶ月は俺の人生の中で一番の地獄だったといえるだろう。そんな俺にとって、つい先程まで生きていた世界になど悔いは一切無いに等しいのかもしれない。が、それでも、
「───無いといえば嘘になる、とでもいいたげね」
死神は、俺のことなんて全て知っているかのような口調でポツリと呟く。
……確かにそうだ。全く無いという事は無い。自分が十七年間生きていた世界なのだ。文字や言葉、生きる為に必要な事を教えてくれた。それに、地獄だった時に幾度となく支えてくれていた友人たち。できる事ならば…………
「もう一度人生をやり直してみようとは思わない?」
「……は?」
人生を…………やり直す?
「お前はあれか、馬鹿ですか。そんなことできるわけねーだろが」
「あら、それはどうかしら? 私の名前……まあ仮のものだけれど。その意味、少しは分からない?」
「名前の意味…………死神、か? それがどうしたんだよ」
死神は御名答とばかりに微笑する。
「あは、まだ分からないのかしら? 死んだ貴方をこの世界に連れて来たのはこの私。そして、この力を使えば他の世界へ転生させることなら朝飯前よ」
「ちょ、おい! 他の世界って……っ」
「あら、流石に分かったようね。そう、貴方が生きていた世界には戻すことは…………もう察しがついているかもしれないけれど。そう、出来ないわ」
…………、どういうこだよ、もう。一々期待させといて落胆させるなよな。
すると死神は困惑している俺の表情を読み取ったのか、説明を始める。
「何故先程までいた世界に戻せないのかというと答えは至って簡単。あちらの世界に貴方の魂を定着させようとしても拒否されるからよ。もし無理矢理にでも定着させようとしたら……貴方の身体は一瞬にして肉片と化すわね。よって、貴方には別世界……というより異世界といった方がいいのかしら。そこで新たな人生を始めてもらうことになるの」
…………更に困惑しました、はい。
「……えぇっと、てことはアレか。その見ず知らずの新天地でもう一度人生をやり直せと?」
「ええ、そんなところかしらね」
生き返らすのとは意味合いが違う気がするのは気のせいなのだろうか? ……だめだ、考えても意味がない気がしてきた。
「───あ、それと。いきなりあちらの世界で生活していくのには少し骨が折れるかもしれないし、何か能力みたいな物を付けて欲しかったりする?」
あー、……なんだ。またもや厨二な感じの発言が。
「能力って、ゲームとかでいうところのスキルとかアビリティみたいなそういうやつか?」
「ええ、そうよ。別に今でなくともいいわ。あちらの世界にいる限りはいつでも付けてあげられるから」
なんでもありなのな……。
「…………そっか。だったら今は遠慮する。てことで欲しくなった時に頼む」
「分かったわ。それじゃあ二度目の人生、精々死なないように頑張りなさい」
いい終わると同時に、零の境界が目を覆いたくなるような光で覆われて───
───俺は闇に呑まれた。