釜は光で閉じられる
サイラスの精神内から戻ってきた拓人と文翔。
ロッドが胸を貫いたままのサイラスを抱えながら、拓人は右手を振り上げた。
「大蔵ァ!機械がどこにあるか教えろ!」
サイラスの記憶で見た、胸に埋め込まれている機械。
あれを取り除かなければ、サイラスは永遠に組織の奴隷だ。
「ここです、四本目の肋骨、心臓の位置に有ります」
文翔が、正確に指差す。
「少し痛ぇぞ!歯ァ喰いしばれ!」
返事を待つ余裕などない。
拓人は振り上げた手をサイラスの胸へ突き入れ、肋骨ごと機械を引きちぎり、アスファルトへ叩きつけた。
サイラスが呻き声を上げて、大きく抉られた傷から出血が起こる。
続けてロッドを引き抜き、胸に空いた二つの穴へ手のひらを添えた。
「活命掌!」
黄金のチャクラが爆ぜ、サイラスの胸へ流れ込む。
「気合い入れろよ!サイラス!」
致命傷と言ってもいい傷だ。
ホンシアやアキラならともかく、俺の力量では回復が追いつくかわからない。
相手の気力が必要だった。
必要なのは、サイラス自身の強い意思。
「ぼくは……どうすればいいのか……わからない」
血を吐きながら、息も絶え絶えになっているサイラスは、弱々しい声で呟いた。
文翔がその声に応える。
「サイラスさん、フォンリンさんは貴方のために身を隠したのです」
それは新たな事実。
「自分がいる限りサイラスさんは組織に囚われたままだと思い、最後に残った自分がいなくなれば、貴方が自由になれると信じて」
まるで本人から聞いたかのような確信に満ちた声。
「彼女はずっと、自分のことを責めていたのです。人殺しの自分がサイラスさんに救われるのは相応しくない、それをケアする貴方の重しになっていると」
自分だけが支えて貰っていると思い込んで。
「だから、任務を口実に……自殺を計っていたみたいです」
サイラスは、それを聞いて大きく目を開いた。
触れている手のひらから震えが伝わってくる。
「彼女の心も限界だったのでしょう」
俺が知らなかった彼女の心。
「フォンリンさんにとって、貴方は救いの光だった……ならばせめて、自分という鎖から解放してあげたいと願った」
サイラスが知らなかった彼女の心。
「戦闘能力のない貴方なら、自分がいなくなれば普通の生活を送らせてもらえるかもしれない。そんな希望を抱いたようです」
それを文翔が教えてくれた。
「そんな……そんな馬鹿なことないよ!」
サイラスが初めて声を荒げる。
血混じりの激しい咳をしながら声を出し続けた。
「リンが鎖?リンが重し?」
人を殺す時でさえ感情を表さなかった青年が、悲痛な表情で叫ぶ。
「ふざけないでよ……!なんでぼくのために……勝手に死のうとしてるんだ!」
サイラスの中に、怒りと悲しみが渦巻いていた。
強い感情に押し出されるように、右目から黒霧が溢れてくる。
「リンが!彼女だけが!ぼくの生きる理由だったのに!」
黒霧が俺の魂を侵食しようとするのを、オーラで必死に守った。
「……なら、直接文句を言いにいこうぜ」
額から汗が落ちる。
少しでも気を乱したら、魂が持っていかれそうだった。
「なに勝手なことしてるんだ!お前が必要だったのに!ってよ」
俺も怒っていた。
彼女の独りよがりな自己犠牲に。
「ぼくがリンに……怒る?」
サイラスが呆然とした顔で呟いた。
そんなこと考えたこともなかったように。
「そうだ、優しいだけが家族じゃないだろ?」
アキラだって、娘を叱ることもある。
甘やかすだけが家族の繋がりじゃないことを見せてくれた。
「そのためには彼女を救って、お前も救われなきゃダメじゃねぇか……」
フォンリンはホンシアに救われた。
ならサイラスは、弟子である俺の手で救うのが筋ってもんだ。
「もう一度言うぞ……気合い入れろや!サイラス!」
サイラスの片目を真っ直ぐ見つめる。
生きろと。
やるべきことがあるだろうと気持ちを込めて。
「フォンリンに会って、寂しかったって言ってやれ!」
俺の惚れた女の、覆面に隠された悲しみ。
それを癒せるのは、きっとサイラスしかいないのだろうから。
「そうだ……ぼくはさみしかった」
右目からこぼれていた黒霧が、すっと収まっていく。
「兄弟も……リンもいなくなって……ずっとさみしかったんだ」
代わりに左目から流れたのは涙。
ぼくが、長いこと自分に許さなかったもの。
苦しんでいるみんなのために、自分だけは何があっても悲しんではいけないと思っていた。
人を殺すという重責を背負った彼ら。
それを支え、心を癒すことしか出来ない罪悪感が、常に纏わりついていた。
笑顔を向け、優しく接し、何が起きても彼らの心を守る。
それだけが生きる意味だった。
だが、すべてを失い、人として生きることすら諦めた。
そんなぼくが、望みを持った。
それは、大切な人に文句を言いたいというくだらない行為。
とても人間らしく、ちっぽけで愚かな望み。
「リンを救って……文句を言う」
タクトの記憶で、彼女がいまだにアメリカから縛られていることを知った。
ならば、彼らと共にCIAを潰しに行こう。
その上で、彼女へ会いに行く。
ぼくのために、勝手に死のうとしたことを叱ろう。
そして、これからはずっとそばにいてくれとお願いする。
そんな布を外して、いつもの可愛らしい笑顔を見せて欲しいと。
「タクト、気合の入れ方……教えてくれないか?」
片肺に穴が空いて、上手く呼吸が出来ない。
血が流れてしまい、力も入らない。
それでも生きると決めた。
この世界で、彼女と一緒に。
「歯ぁ喰いしばって、魂を燃やせ!」
なんとも抽象的な説明。
だけど力が湧いてくる言葉だった。
「黒霧が消えたので、私の力で血液を戻し一時的に穴を塞ぎます!」
フミアキがぼくの体に触れ、その力で治療に加わってくれた。
二人の手が温かくぼくを支える。
目の前に広がるのは、眩しいほどに輝く黄金のオーラ。
それはぼくを救う光だった。
「サイラスさん、呼吸を整えて!」
「はぁ……っ……はぁ……っ……!」
穴を塞がれた肺が空気を吸い込み、胸が大きく膨らむ。
黄金のオーラが血管を走り、裂けた肉が再生し、砕けた骨が元の形へ戻っていく。
死にかけていた細胞が、光に照らされて蘇っていくのを感じる。
左目に力を込めた。
その瞳は、これまでのような諦めの色ではなく、強い意志の光を宿す。
「タクト、フミアキ」
弱々しい声ではない。
確かな、力のある声。
「ぼく、生きるよ」
胸の穴がゆっくりと閉じ始め、心臓は強い鼓動を見せた。
「ぼくはもう、諦めない」
そう呟いたのは、兵器でも、実験体でもない。
強い覚悟を持った、一人の青年だった。




