勧誘は厳かに行われる
八月、空港で拓人と別れたマリアは、日本に存在する信者全てを動員して、新たな宗教の設立を目指すことにした。
だが、まずは父親に日本での活動を認めて貰わなければならない。
何日か掛けて活動拠点の目処や当面の宿泊場所を決めてから、浮き立つ気持ちを抑えて父のもとに出向く。
「御父様、遅ればせながら、ただいま御前へ帰参いたしました」
従者三人を引き連れて、一軒家の玄関にてフードを摘み、一歩足を引いて挨拶をする。
「やあ、よく来てくれたねマリちゃん、これからはいつでも会えるね」
柔らかく微笑む表情に、深い愛情を湛えた瞳。
思わず体が震えてしまった。
抱きついてしまいたい衝動に駆られる。
しかし、妾は遊びに来たのではない。
テラを倒すと言ってのけたタクトのために、この地でそのための教団をつくりに来たのだ。
彼奴の言った、御父様と並び立つという覚悟に嘘はなかった。
ならばゆくゆくは御父様のように人類を導くのだろう。
その手助けをすることを決意した。
御父様以外の誰かに尽くしたいと思ったのは、イエス以来のこと。
実に二千年ぶりだった。
だから、それ以外の私情は省かなければならない。
目的の遂行に感情は邪魔なだけ。
妾は永劫ともいえる長い間、私心を殺し生きてきたのだから。
もちろん御父様の御側にいられる喜びは計り知れない。
だからこそ、余計に自分を律しなければならないだろう。
神の子たるもの、甘えを享受し堕落するなど許されない。
二千年以上、自らを正し戒めて来た。
だから甘えなど捨て——
「おいで、マリちゃん」
両手を広げる父の胸に飛び込んだ。
「へー、マリちゃんは拓人の手助けをしたいんだね」
「そうなのです!妾は彼の者に人類の希望を見い出しました!」
そう高らかに宣言する。
御父様の御膝に頭をのせ、それを撫でられながら。
お付きの三人は先に帰らせた。
彼らに御父様を長く見せるのは目に毒だからだ。
決して甘えてる姿を見せたくないからではない。
「そうなんだよ、拓人はすごく頑張り屋さんだからね」
御父様が私の話を微笑みながら聞いて下さる。
妾にとって、二千五百年の憂悶に見合う、至福の時間が訪れていた。
「彼奴はテラを倒すと申しました!その恐怖を知りながらも!」
それを与えてくれたのはタクト。
その恩を感じながら、興奮を隠せずに話を続けていた。
「彼の者こそ、人類の希望と成り得ます!」
「うん、僕に並んでくれるって言ってたもんね」
タクトの素晴らしさを御父様も認めていらっしゃる。
これはもう期待せずにはおれぬ。
「だからこそ、妾はこの国にタクトを教祖とした教団を、新たに造りたいと思っております!」
その為の許可を頂きたかった。
「なるほどね、でもタクトはすでに似たような集団を作ってたよ」
「なんと!」
「ロッドっていう集まりで、全部で三万人くらい居るみたい」
タクトよ、すでに動いておったか。
抜け目ない奴め、すでに先を見据えていたとは。
高い評価を与えてたつもりだったが、まだ奴を侮っておったわ。
「それだけいれば足場として十分です、後は更生施設と取り纏める幹部候補を何人か用意すればいいだけですね」
想定以上に事が早く済みそうである。
「更生施設は当てがあるよ。昔、拓人たちが暮らしてた研究所なんだけど、手に入りそうなんだ」
御父様も計画の後押しをして下さるようだ。
「幹部も、拓人をすごく慕ってるメンバーが十二人いるから、彼らに頼めばいいんじゃないかな」
さすがは御父様、欠片も無駄がない。
「素晴らしい御提案です!あとはそのメンバーとやらを、タクトに呼び出させればよいのですね」
「僕が集められるよ、拓人にチームを丸ごと貰ったんだ」
「……彼奴!憎らしいほどに卒のない対応をする!」
そこまで用意して、すべて丸ごと御父様に献上しておったなど。
タクトはわかっておる、世の理を認知している側の人間だ。
ますます期待させてくれるではないか。
この胸の高鳴り、無駄にはしてくれるなよ。
「それじゃ、みんなに来てもらえるよう連絡しようかな」
御父様がスマートフォンを取り出した。
「ついでに希望者には、進化のための改造手術もしちゃおうか、ビナとか喜んで受けそうだし」
御父様が直々に御手を下されるなど、栄誉の極み。
断る者など在りはしないだろう。
「ありがとうございます!必ずやタクトを立派な教祖へと成してみせます!」
もはや御父様との共同作業となっている。
失敗は許されない。
目指すは世界最強の宗教団体。
目的は人の進化、そしてテラを討伐し得る集団を育成すること。
我が人生を懸けて、必ず成し遂げてみせよう。
だが、とりあえず今だけは御父様の御膝を堪能するのだ。
これは決して甘えているのではない。
御父様の御膝の上で頭を撫でられていると、悟りが開ける。
つまりこれは最上級の修行といえよう。
だって世界の理は、いつでも御父様と共にあるのだから。
その部屋の空気は緊張感を帯びていた。
関東最大のチーム『ロッド』。
チームのリーダーが変わってから、初めての幹部集会が行われようとしていたからだ。
場所は、都内のレンタル会議室だった。
あまりにも場違いな場所に、いかつい男が十二人も呼び出されていた。
彼らはロッドの幹部。
元リーダーを除いた、チームの精鋭たちだ。
一ヶ月近く拓人とまともに連絡が付かない中で、新リーダーのアキラからの急な呼び出し。
一体なにを言われるのだろうという恐怖が、メンバーの緊張を高めていた。
全員、あの時のアキラの理解不能な強さを目の当たりにしている。
彼の深い慈悲と、その無慈悲さも。
これから何が起こるのかが、皆目見当つかない。
下手したら、これから全員が骨を折られる可能性すらあった。
ひとりを除き、皆が不安を押し殺しながらアキラの到着を待っていた。
予定時間から少し遅れ、会議室の扉が開く。
入ってきたのは、あどけなさが残る美しい少年。
「やあ、待たせちゃったね」
一条アキラが、姿を顕わした。
「アキラー!ひっさしぶりー!」
瞳を輝かせて駆け寄るビナ。
中学生のような外見もさるものながら、その振る舞いは子供そのもの。
彼だけは、緊張よりも喜びを表していた。
「ビナ、元気そうだね」
アキラはそれを嬉しそうに受け止める。
「さいきん、拓人と連絡つかなくてさー、やっと返事きたら海外にいるっていうしー」
拗ねたように口を尖らせる。
「それで今日はどうしたのー?こんな場所でしゅうごーって?」
ビナはアキラを強く慕っていた。
彼の中では強さこそ正義だった。
だから、自分を一瞬で倒し、拓人を超える強さをみせたアキラは、強い憧れの対象として映っていた。
「実はね、僕の娘がみんなに話があるんだって」
アキラに続いて部屋に入ってきた少女。
「初めまして、私はマリアと申します」
優雅に洗練された声が会議室に響く。
皆の視線が彼女へ釘付けとなった。
「今日は、皆さまにお伝えしたいことがありまして、この場に参りました」
誰もが目を奪われる。
美しさと神聖さを併せ持つ女神の姿。
普段なら、美人とみれば見境なく口説くビナでさえ、目を見開いて固まっていた。
誰かの喉が鳴った。
それが聞こえるほど、部屋の空気が静まり返っている。
「あなたたち……最強へ至る覚悟は、おありでしょうか?」
こうして安藤拓人が不在のまま、新生『Rod』は誕生する。




