第二話 天尾家の庭
目を開けると、知らない天井と先ほど突進してきたであろう少女が顔を覗き込んでいた。
大きな白金の瞳と目が合う。
八重さんが俺が意識を取り戻したことに気づいたらしく、少女に声を掛ける。
「尾羽月様、蒼一様が目を覚ましたようですよ……そんなに覗き込んで、蒼一様が身動きとれなくなっているではないですか」
「む……。邪魔だったか……。」
彼女の声かけに少女はそっと俺の顔から、離れた。
上半身を起こして、辺りを見渡す。
俺の左に八重さん、右に尾羽月さんといった並びだ。
男性一人で過ごすのには少し広い気もする部屋だが、畳も布団もあこがれていたからとても新鮮だ。
「慌てて、空いているお部屋に運んでしまったのでもし、もっと広いお部屋に移動したいなどあればこの八重に申してくださいね」
それにしても、蒼一様はとても身長が高いのですね、ほほほと八重さんは笑っている。
右から、痛いほどの視線が刺さる。
眼鏡を掛けなおして、改めて右の彼女の方を向く。
「ばあやとの話は済んだか?」「はい」「じゃあ次は、私の番だな」
ふふん、と彼女は俺の前に移動して正々堂々と腕を組んでこう言った。
「私は天尾 尾羽月」「はい」「この家の主人だ!」「はい」「そして……。」「そして……?」
尾羽月さんの言葉を復唱すると、彼女の真っ白な顏に紅が差す。
「蒼一のお嫁さんだ」そういうとてれてれもじもじしながら一歩、また一歩と近づいてくる。
そして、八重さんに「こ、こんな感じか?い、一応母上監修だぞ」と耳打ちしていた。
俺は、彼女の自己紹介を聞きながら、喋る度に動く度に揺れ動く長い尾羽を見ていた。
反応が薄いと思ったのか、彼女が聞いてくる。
「ど、どうだ、私の魅力は伝わったか?」「はい、とても素敵ですね。」
そう返すと、彼女はまたもじもじし始めた。
そんな我々二人のやり取りを微笑ましく八重さんは見守っていたが、そうしたらと口を開いた。
「蒼一様」「はい、なんでしょう」「お体など元気でしたらこの屋敷の案内をと思ったのですが」
「む、蒼一この屋敷は広いぞ、案内を受けて損はない」もじもじしていた彼女は屋敷の案内というワードで現実世界に戻ってきた。
「ばあや、私も案内についていっていいか?」「ばあやは構いませんが、そういうのは蒼一様にもお聞きしましょう」
「蒼一、私も一緒についていって」「いいですよ」
返事二つで返すと、彼女の尾羽はうれしいと広がるのか、ぶわぁっと横に広がった。
「まことか!へへへ……ばあや!蒼一がいいと言っている」「まぁ、良かったですね尾羽月様」
まだ、動かくなくて大丈夫ですからね蒼一様に合わせますからと八重さんは言う。
(家だと、自分の部屋はまだしも)
俺は、自分の隣で心配してくれる人物って、存在したのかと。
また、布団に身を委ねながらそんなことを考えていた。
(心配してくれる人がいるなんて、考えたことなかったよ)
俺は、まだ右隣に居る、尾羽月さんに声を掛けた。
「尾羽月さん」「わっ、びっくりした、寝てるかと思ったぞ」「目を閉じていただけです」
俺は、尾羽月さんの尾羽を指差す。
「最初、突っ込んできたとき」「大きな野鳥が俺に突っ込んできたと思ったんです」「なんだ、悪口ってやつか」
「いいえ、すごく……綺麗だなって」
俺がそう言うと、彼女の顔はまた赤くなっていったのと、八重さんもあらぁという表情になっていた。
(もしかして、反応間違えたか……?)
でも、俺が感じたこと思ったことは包み隠さず伝えるのがいいと祖父に言われたから、ずっとこうして生きてきたがここで間違うとは。
なんてことが頭の中を巡ったが、彼女の反応は違った。
「あ、ありがとうだぞ……。」「尾羽が綺麗なんて、初めて言われたぞ」とまたもじもじし始めた。
そして、尾羽をそっと俺の方に向けたがまたサッと自分の足元にしまってしまった。
「さ、触るか?あ、あっま、まだそんな関係じゃない……お、落ち着け……ばあや、まだ尾羽を触らせるのは、早いよな」
「……尾羽月様、確かに今のは」「少し早いかもしれませんね」
八重さんも一言で、彼女はそうか、とそっと尾をしまってしまった。
(ちょっと、触ってみたかったな)
俺は、そう思いながら起き上がった。
「そろそろ、動けそうです」俺は、八重さんにそう伝えると、尾羽月さんも同じく立ち上がって俺の隣に立つ。
そんな俺たちを見て八重さんは。
「まぁ、まぁ、やっぱりお揃いですねぇ」と笑顔でこう言った。
俺たちがいた部屋を出て、我々三人はコの字型になっている屋敷へ歩み始めた。
居間、囲炉裏のある大きな部屋、そして大広間などがあった。
一番気になっていた庭の案内も受けた。
縁側に座って大丈夫ですよと八重さんに言われ、縁側に腰を下ろす。
「蒼一、私は庭にいるからな」尾羽月さんは見慣れているのか、途中で飽きてしまったようで
縁側からダッと裸足で飛び出していってしまった。
そうして、庭の大きな木によじ登って、器用に細い枝に立って、何かを見ているように首を傾げている。
右に傾いた彼女の首筋に、綺麗に切りそろえられた黒髪も一緒に傾いている。
同じ、枝に雀だろうか小鳥が止まった。
俺は、その瞬間をメモに残しておきたくて八重さんに断りを入れる。
メモを取り出して、尾羽月さんと、隣に止まっている鳥について書き留める。
それに気づいたのか、彼女がゆっくりとこちらを向いて笑った。
少し、胸がドキッとした。
悟られないように眼鏡を上げる、そして気になっていたことを八重さんに聞くことで気をそらすことにした。
「すみません、あの中央に立っている木は」「……確か、山桜だったかと、尾羽月様のご両親が植えたもので、この八重も詳しくは覚えておりませんゆえ……。」「いえ、大丈夫です、大体の種類が分かればいいんです。」「蒼一様は野鳥だけではなく、植物もお好きなのですね」「ええ、見ていると癒されるんで好きですよ」そんな会話を縁側でしていると、つま先を固い何かでつつかれている。
目線を下げると、茶の鶏と乳白色の鶏が俺の足元に集まっていた。
「この子たちは……?」八重さんに尋ねると。
「尾羽月様のお付き、なんといったら良いのでしょう」「神使と言ったらよろしいでしょうか」
二羽とも、この屋敷に来て五年ほどになりますよと言うと。
彼女は茶の鶏を抱き上げて、「一応、人慣れはしているのですが……最近は近所の方以外こちらに来なくて、この子たちも寂しがっていたのです」
茶の鶏はココッっと鳴いてじたばたしているが、八重さんはあまり気にしていない様子だった。
乳白色の鶏が、俺に近づいたのを木の上から彼女が見ていた。
「む……。2号のやつ相変わらず男が来ると近いぞ」「蒼一は私の、夫だ!」そういうと。
彼女がばたばたと木から降りてくるのを待っていたかのように、「コッ」「?」乳白色の鶏は尾羽月さんを挑戦的な目で見つつ、俺の足元に寄り添う。
「キーっ!!!!2号、貴様!蒼一から離れろ!」ばっと彼女は2号と呼んだ鶏を俺から離すと、グイッと自分の方に俺の腕を引き寄せ、2号さんにこう言った。
2号さんは、やれやれといった顔で庭の奥に消えていった。
「鶏に2号ってお名前つけているんですね」「む、人間は違うのか?」「中にはそういう人もいるかもしれませんが、もしよかったら鶏のお名前考えてみませんか」
1号?さんと2号さんって呼ぶのは俺が少し、申し訳ないというか。
と、切り出すと、彼女は。
「名前……。」「鶏に名前を付けるのか……。」「良いな!」とこちらを見て笑った。
名前という単語が出て、一瞬彼女の顔が引きつったようにも見えたが気のせい……だろうか。




