Set Fire to the City
辺りがすっかり暗くなったころ、エミリア・バートンは新しい家のベッドサイドに腰かけてホットココアを飲んでいた。まだ嗅ぎ慣れないレンガの家の香りにそわそわとした気持ちを抱きつつも、やっと誰にも邪魔されない場所を手に入れたことに対する安堵の気持ちの方がエミリアにとっては強かった。
「小さい家だけど、一人暮らしにしては十分すぎるくらいね。……リンドウさんに感謝しないと。」エミリアはため息交じりにつぶやいた。
あの後エミリアは、エレを含めた少年少女のグループである「Colors」と一緒にお昼ご飯を食べていた。リンドウの作ってくれたフィッシュアンドチップスは定番といえるような素朴さを残しつつも、ブラックペッパーのしっかり効いたパンチのある仕上がりでとてもおいしく感じられた。実際、常連たちからの評判もいいのだとディウが言っていた。ディウというのは、茶髪に黄色い目の少年である。
ディウははじめこそエミリアを警戒していたものの、エレやリンドウとのやり取りを見て、エミリアは脅威ではないと判断を改めたらしい。その後はひとまず顔見知りぐらいの対応を見せてくれるまでになっていた。青髪の少年レイとはほぼ言葉を交わしていないが、ディウによって彼は誰に対してもそうなのだとエミリアは聞いている。白髪のウェイトレスとは結局あの後顔を合わせることはなく、オレンジ髪の青年もまたいつの間にかどこかへと去っていた。
「エミリアさん、こちらが家の鍵ですよ。」リンドウが奥から持ってきた封筒の中から、シンプルな鍵を出して手渡した。
「あ、ありがとうございます。」エミリアは両手で受け取り、礼を言う。
「こちらはソルティノースというエリアにある空き家の鍵です。……大事にしてくださいね。住所は、端末の方に送って差し上げます。」リンドウはにこやかに微笑みながら、自分の端末を差し出した。
―Rからマップのデータを受け取りました。
エミリアの端末には、今いるセントラルスクエアから見て北の方角にあるエリアに赤いポイントマークが示されており、差出人の名前は「R」の表示になっている。ソルティノースは海に面したエリアのようで、「Lost Cityの港湾エリア」と説明書きがついている。
「ありがとう、ございます。」エミリアは現在、Lost Cityの3つのエリア──ルミナスイースト、セントラルスクエア、そしてソルティノースについて知ることになったが、やはりグレー表示になっている他2つのエリアが気がかりだった。
「あの、リンドウさん。」
「はい?」
「このグレーになっている2つのエリアは何なんでしょうか?」エミリアは迷わずリンドウに聞いてみた。
「……あぁ、これは、なるほどそうなっているんですね。」リンドウは何やら神妙な面持ちでつぶやいた後、またいつもの調子でエミリアに回答した。
「ここについては、知らないままでも大丈夫ですよ。ある意味封鎖エリアのようなものですし……。それに、生活するのに必要なものはセントラルスクエアで揃います。生きていくなら2つのエリアだけで十分でしょう。」リンドウはにこやかにそう言ったが、エミリアにとってはどことなく引っかかるような言い回しだった。
「そうなんですが……。私は教師をするためにこの街に来たので、学校の位置くらいは把握しないとですし……。」エミリアがためらいがちにそう言うと、リンドウはまたわずかに身を屈めてささやいた。
「エミリアさん、あなた自身の職業のこと、大きな声では言わない方がよろしいでしょう。正直、あなたがこの街でその身を立てていけるかどうかは、今後の立ち回りしだいです。」真剣な顔でリンドウは告げると、姿勢を起こして服を整える。
「……生活するのに必要なものがどこで買えるか、端末の方にまとめて送っておきますね。……あなたはまず、身を落ち着けることを優先した方がいいでしょう。」リンドウの言葉の後で、再び「R」という送信者から複数のマップデータが送られてきた。
「……はい、そうします。ありがとうございます。」エミリアはほんの少し肩を落としつつも、どのみちすぐには片付かないと割り切って、リンドウに対して頭を下げた。
「……では、今日のところは家で休むといいですよ。……すみませんがColorsの皆さん、エミリアさんを案内してあげてもらえるでしょうか?……もちろん、報酬は差し上げますよ。」リンドウの言葉に対して、Colorsの3人は各々好きなように反応を返した。
「……報酬。」
「はい。……この街では、何かと先立つものが必要ですから……。私の方から頼みごとをした際には、ちゃんとお礼を渡すことにしてるんです。」エミリアの問いに対して、リンドウは穏やかに返答する。
「なるほど、お駄賃みたいな感じですかね。」
「……えぇ、まぁ、そんな感じですかね。」エミリアの無邪気な言葉に対して、リンドウはふふふと微笑んだ。
「それでは皆さん、またお会いしましょう。ありがとうございました。」エミリアとColorsの3人がマスカレイドを出ようとすると、リンドウが淑やかに手を振りながら見送ってくれている。
「エミリアさん、それじゃあ行こっか!」エレが肩より少し長い赤髪を揺らしながらエミリアに向かって声をかけると、レイとディウの二人も一緒に並んで歩き始めた。
「はぁ、ほんとに今日はいろいろあったわ。」エミリアは今に至るまでのことをなんとなく思い返しながら、まだ温かみのあるココアのカップに口をつける。
Colorsの3人もこの近辺に住んでいるらしく、本当に近くまでエミリアのことを送ってくれた。鍵を開けて家の中へと入ってみると、あまり埃を被っていない家具や食器が備え付けられているのが確認できる。エミリアが一通り家の中を見て回り、多くはない荷物を部屋の一角に落ち着けるのを見届けて、Colorsのレイ・エレ・ディウは3人一緒に帰っていった。
「……片づけるのは、いったん明日ね。」今日はひとまず寝る場所の確保と、リンドウが持たせてくれた夕飯を食べるためのスペース、そして当分使えるだけの食器をきれいにするだけで活動を終えることにした。
考えないといけないことは山ほどあるものの、連日の疲れが残っているのもまた事実だ。ドアと窓の戸締りを念入りに確認し、ホットココアを飲み切ると、エミリアはいつもよりも早めにベッドに入ることにした。
明かりを消して眠りに着こうと試みるものの、エミリアはどうにも寝付けなかった。窓の外からわずかに入り込む月明かりのせいかもしれない。そう思ったエミリアは、体を起こしてカーテンを閉めようと手を伸ばす。
―ガサリ
「何?」
どこからともなく物音がした。ソルティノースは港の周りに民家が集った居住エリアで、エミリアはほかにも住民がいるのは知っている。しかしながら、街灯の少ないエリアだからか、ひっそりと静まり返ったこのエリアはかえって不気味さを感じてしまうほどだった。
―ガサガサ
まただ、また音がした。エミリアはわずかに身をこわばらせながら、音の正体を確かめようと耳を澄ませる。
―ツッ
何かが擦れるような音がして、それ以降は何の物音も聞こえなかった。もしかしたらネズミだったのかもしれない、とエミリアは思い、息を吐きながら肩の力を抜いていく。
「……まぁ、ネズミの一匹や二匹ぐらい、いるわよね?」エミリアは自らに言い聞かせるかのようにつぶやくと、カーテンを閉め、ベッドの中に潜り込む。
ふぅとため息をつきながら、今度こそ眠りに着こうと目を閉じたとき、どこからか破裂音のような音が聞こえてきた。
「なに⁉」今度こそネズミではないと、エミリアが身を起こしたその時、何か焦げ臭い匂いと煙とともに、赤い炎が一瞬で燃え上がるのが目の端に見えた。




