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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第1章:Set Fire to the City

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エレという少女

「ちょ、おい、エレ。」黄色い瞳の少年が少女の腕を軽く引く。

 しかし、赤髪の少女は引かれた腕を一切気にする様子もなく、そのままエミリアに話し続けた。

「それでお姉さん、お兄ちゃんのこと知ってるの?」赤髪の少女はカウンターに両手をついて、無邪気にエミリアを覗き込む。


 エミリアは僅かに咳き込みながら、持っていたコーヒーカップをソーサーに置いた。

「えっと……、あの、あなたのお兄さんって、アイン・ザードさん……?」エミリアはおずおずと問いかけた。

「そう。……月影の。私はエレ・ザード。」エレはニコリと笑った。

「……そうですね、その方になら会いました。会っただけですけど……。」エミリアが窺うように微笑み返すと、エレはエミリアの隣の席に座って話を続ける。


「会っただけ?何か話した?お兄ちゃんどんな感じだった?」矢継ぎ早に質問を繰り返すエレに対して、エミリアはやや困惑しながら返答しようとすると、流石に見かねたのか黄色い目の少年が割って入ってきた。

「おい、流石に失礼だろ。すいません急に話しかけちゃって。こいつ、ほんとに見境なくて。」ほら行くぞ、と言いながら再度エレを連れていこうとする。


「いいじゃん別に、ちょっとくらいお話ししたって。」エレは分かりやすく不服そうに抵抗を示した。

「あ、はい。その、お話しするのは全然大丈夫ですよ!ただ、私もあまり深くは関わってないから、どう言ったらいいのか分からなくって。」エミリアが少年と少女に対して交互に微笑みかけると、エレはほら言ったでしょ?と言わんばかりの笑顔で少年に目配せをし、再度エミリアの隣に腰掛けた。


「リンドウさん、私オレンジジュース!」エレがカウンター裏で食器を洗っていたリンドウに向かって声をかける。

「はいどうぞ。」リンドウはすでに準備していたかのように、オレンジジュースの入ったグラスを差し出した。

「ありがとうございます!」エレはまた元気よく微笑みながら礼を言った。

 カウンターの奥の席を見ると、オレンジ髪の青年との間に数席空けて、青髪の少年と黄色い目の少年が腰掛けている。

 彼らはエミリアと少女の会話には加わってこず、離れた席から見守るだけにするようだ。リンドウは彼らに対しても、注文を聞いてドリンクを用意していた。


「……それで?お兄ちゃんにはどこで会ったの?」エレが興味津々な様子で問いかける。

「えっと、それは、その、……月影で。」エミリアは僅かに目を泳がせた後で、意を決したように回答した。

「月影に用があって?」

「そうですね、用があって、月影に。それで、その……、案内をしてもらいました。彼に。」

「お兄ちゃんに?」

「はい。ただ、それだけ。それ以上の付き合いはありません。言葉を交わしたのもほんの二言三言だし、向こうは私のことなんて気にもかけてないかもしれません。」エミリアは月影の門から出る時に、アインからメッセージが届いたことを思い出しつつ、それもまた職務の一環なのだろうと頭を振った。


「……ふーん?」エレは納得するどころか、まだ何か情報が出てくることを期待するかのような眼差しでエミリアを見ている。

「本当に、それだけですよ。第一、彼が私に関わったのなんて単なる仕事の一環でしょうし、それだってレオン局長に頼まれたからでしかないと思うし、本当に、それだけなんだと思います。」自分でもよく分からないまま、エミリアは一息に言葉を出し切った。

「……局長に会ったの?」エレが怪訝そうな顔でエミリアを見る。


 エミリアが、何かやってしまったような気がして周囲を見ると、エレの肩越しに黄色い目の少年が驚いたような顔をしており、リンドウは状況を窺うようにこちらを見ていた。

 青髪の少年はわずかに目を見開いただけではあったが、何よりエミリアが驚いたのは、ずっと我関せずを貫いていたオレンジ髪の青年すらも、こちらに視線を向けていたことだった。


「……あ、その、えっーと。」エミリアはしどろもどろになりながら、この状況を収めるための言葉を探す。

「……あなた、月影の関係者?」リンドウがゆっくりとエミリアに近づき、小さく声を潜めながら問いかける。

「あ、いや、そう、いや、うーん、違うかも。」エミリアは思わず縦に振りかけた首を、すぐに左右に振り直す。


「直接の関係者ではないけど、月影を経由して来た、ということでしょうか。」リンドウは少しだけ身を屈め、エミリアのほぼ目の前で問いかけた。

「はい、そうです。そんな感じです。私は最近ここへ来たばっかりで、正直何が何だかよくわからな……。」

「シー。」リンドウは唇に指を立ててエミリアの言葉を遮った。

 エミリアが肩をこわばらせながら言葉を止めると、いつの間にか興奮して息が上がっていることに気がついた。


「落ち着いて、えっと……。」リンドウが窺うような顔でエミリアを見ている。

「……エミリア、エミリア・バートンです。」

「そう、エミリアさん。あなたはこの街の外から来たんですね?それで月影の窓口を通り、レオンに会った。……その時に、ここの住所を聞いたのではないですか?」リンドウはゆっくりとエミリアに事情を確認する。


「アインに会ったのも、その流れでしょ?」リンドウはふふっと笑いながら問いかける。

「そう、です。なんで……。」

「なんでわかるのか?」

「はい。」

 エミリアの問いかけに、リンドウは試すような眼差しで小首を傾げ、一度店全体を見まわしてから、再びエミリアの方へと体を向けた。


「それはね、エミリアさん。レオンとは、そうするように段取りを組んでいたからですよ。」

 段取り、という言葉が、思ったよりもエミリアにとっては重たく感じて、一瞬何が何だかわからなくなる。

「……はい?」

 段取りを組んでいるとリンドウは言った。と言うことは何か。つまり、最初から知っていたと言うことなのでは?とエミリアは必死で考えた。


「知ってたってことですか……?」

「そうですね。まぁ、どういう人か、までは聞いていませんでしたが。」リンドウは屈んだところから姿勢を起こして微笑んだ。

「大丈夫ですよ、事情は軽く伺っております。すでに住宅の候補はいくつか見つけておきました。……ですが、そうですね。今後はこのように迂闊に暴露しない方がいいですよ?」リンドウが軽く目を細め、唇に人差し指を当てながら囁いた。


「……な、別に、暴露ってそんな……。はい、気をつけます。ありがとうございます。」エミリアはやや不服そうに唇を尖らせたものの、さっき遭遇したばかりのトラブルと、エミリアのために取り計らってくれた彼らの気遣いとを両方察して頭を下げる。

「いいえ、どういたしまして。誰にでも初めてはありますから、どうかお気になさらずに。」リンドウはまた性別を忘れさせるような淑やかな所作で軽く体を折り曲げた。


「探してくれたのって、私の家、ですよね。その、私はこれからどうすれば……?」エミリアはまた不安になりながらリンドウに尋ねる。

「……ふむ、そうですね。あなたがこの街でどう立ち回るか。それを私の方から指南して差し上げることはできません。ですがその代わり、私があなたにこの街のガイドをして差し上げましょう。」リンドウは顎に手を置いて少しばかり考え込んだ後で、エミリアにそう提案した。


 エミリアはまだ頭の中に霞がかったような気分であった。しかし彼が指南できないということも、またその上で十分過ぎるほど世話を焼いてくれていることも、エミリアはどちらもよく理解していた。

「……はい、分かりました。ありがとうございます。これからよろしくお願いします。」エミリアは心細さを感じながらも、再び深く頭を下げた。

「いいえ、大丈夫ですよ。ですがその前に。一旦お昼にしませんか?私が腕によりをかけてランチを作って差し上げます。……お代は入りませんよ?」リンドウはエミリアに向かって告げながら、見惚れるほど艶やかな顔で微笑んだ。


 隣にいるエレはエミリアを見て微笑み返し、黄色い目の少年はやれやれと言った体で頭を掻いた。青髪の少年は目を細めて品定めするかのようにエミリアを見ていたが、オレンジ髪の青年はもはやなんの興味もなさそうに紅茶を飲んでいる。

 何がどうなっているのかとエミリアは頭を抱えそうになるものの、ひとまず次の行動が決まったことに対して安堵していた。


 まずはリンドウと話してこの街について知らなければならない。自分が住む家のこともそうだが、この街で暮らしていくには知らないことが多過ぎる。エミリアは大きくため息を吐き、そして大きく息を吸って、また吐いた。地に足をつけること。それがエミリアの、まず一番最初の目標となった。


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