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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第1章:Set Fire to the City

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銀髪の青年とエミリア・バートン

「お怪我はないですか?お嬢さん。」浮浪者じみた男が去って行くのを見届けた後で、銀髪の青年が問いかける。

「……あ、はい。大丈夫です!ありがとうございます。」エミリアは唐突な出来事に混乱しつつ、肩からずり落ちそうになっている旅行カバンをかけ直しながらお礼を言った。

「その、あなたこそ、大丈夫ですか?」エミリアはおずおずと言った体で問いかける。


 エミリアの目の前に立つ銀髪の青年は、そこが路地裏であるということが気にならないほど、光を纏って佇んでいる。それは彼の特徴的なブルーシルバーの髪色のせいだろうか。

 ベージュのロングコートに青いニットを着こなした銀髪の青年は、ただ力を抜いて立っているだけでも様になる。そのせいか、少し古風な街の景色の中では良くも悪くも人目を引いた。


「……?もちろん。この程度、どうってことはありませんよ。」銀髪の青年は一瞬首を傾げた後で、涼しげな顔で返答する。

「……そうですか。では、私はこれで。」なんとなく周囲の視線を集めて居心地の悪かったエミリアは、銀髪の青年に礼を言って、即座にその場を立ち去ろうとした。

「あ、ちょっと待って?」

「はい?」エミリアは銀髪の青年に呼び止められて立ち止まり、うっかり歩いてきた人とぶつかってしまう。

「ほら、危ないじゃないか、君。」銀髪の青年はやけにゆったりとした口調で話しながらエミリアを見つめる。

「これ、君のでしょ?」銀髪の青年が差し出したのは、エミリアの認証IDが入ったパスケースだった。

「……うそ、いつの間に?」エミリアはいつ盗られたのかといぶかしみながらも、あまりの出来事に困惑を隠しきれないでいる。


「スられたのが財布じゃなくてよかったね?あ、それとももしかして、財布よりもまずいやつだったりとかするんじゃない?」銀髪の青年の試すような視線に、エミリアは思わず肩をすくめる。

「……いえ、ただのパスケースです。ここに来る時に使ったもので。」どうしてかはわからないが、それが何かについて言及するのは得策ではないとエミリアは感じた。


「そう。」エミリアは少し緊張したものの、銀髪の青年はそれ以上問い詰めることなく、即座にパスケースをエミリアへと返す。

「ありがとうございます。」

「どういたしまして。」エミリアが再度礼を言って歩き始めると、銀髪の青年もついてきた。


「あの、どうしたんですか。」エミリアが尋ねると、コートのポケットに手を入れながら銀髪の青年が飄々と答える。

「うん。君、もしかしなくても新参者でしょ?案内役が必要じゃないかなと。」

「え?」

「送ってあげますよ?目的地まで。」

「あ、はい。そうですか。」エミリアは困惑しつつ、無碍にするのも悪いと思ってひとまず受け入れることにした。


 ふと、やけに注目を感じるなとエミリアは思った。それもそのはずで、銀髪の青年が歩いているだけで、街の人たちがこっそりと彼を見つめているからだと気がついた。あたりを軽く見回すだけでも、そこかしこから視線を感じる。

「……それで、一体どちらに向かってるんですか?」銀髪の青年の声にはっと我に帰りつつ、エミリアは彼に返答する。


「……あ、えっと、カフェ&バー・マスカレイドってところまで。」

「……あぁ。あの店ですか。うん、確かに、新参者が行くにはうってつけと言ったところだ。」

「そうなんですか?」エミリアが気になって身を乗り出したところで、銀髪の青年が唐突に言った。

「ほら、もうすぐあそこですよ。」銀髪の青年が指差す先には、落ち着いた外装のこじんまりとした建物があり、外看板には「カフェ&バー・マスカレイド」と書いてある。


「うん、この街でも珍しい、ちゃんと書かれた看板ですね。」

「……え?どういう意味?」エミリアは一瞬、銀髪の青年が何を言ったのかよく分からなかった。

 看板に何かあるのだろうかとエミリアが改めて辺りを見回すと、セントラルスクエアのメインストリートにはそれなりに大きな建物が軒を連ねて建っていた。よく見るとそれぞれに高級そうな店のショーウィンドウや、企業のフロントと思しきガラス張りの扉がついている。そのどの看板にも一通り目を通してみるものの、エミリアには特に変なところは見つけられなかった。


「はぁ、特に変なものは見当たりませんけど。」エミリアが戸惑いながら突っ立っていると、銀髪の青年が急に彼女の背中を押した。

「……ちょっと!」

 ―ガタンゴトン、ガタンゴトン

 エミリアがそれまで立っていた場所を、小さなトラム(路面電車のようなもの)が通過した。

「ほら、危ないって言ったでしょ?」銀髪の青年は、小さな子供でもみるかのような目でエミリアに微笑んだ。


「……はい。ありがとうございます。」納得いかない顔をしつつも、ひとまずエミリアは礼を言う。

「それじゃあ、僕はこれで。」

「はい。」

「またね。」銀髪の青年はゆったりと踵を返すと、エミリアに手を振りながら去っていった。

「……変な人。」エミリアは少し釈然としないながらも、また何か危ない目に遭う前に、目的地である「カフェ&バー・マスカレイド」へと足を向ける。

 ガラス張りの扉の奥に、想像以上に上品な店内の様子が見える。見た限りでは、昼前だからかそこまで席は埋まっておらず、エプロン姿で白髪のウェイトレスが、モップで店内を清掃しているのが見てとれた。


「すみません。」意を決して扉を押し開けると、爽やかなコーヒーの香りが立ち込めており、思わずエミリアは立ち止まる。

「……ん、いい匂い。」

「いらっしゃいませ。」店内から2人分の声が聞こえてくる。

「……お一人様ですか。」見ると、いつの間にかモップを片付けた白髪のウェイトレスがこちらをみていた。


「あ……はい。」

 エミリアが目の前を見ると、髪色から想像していたよりもずっと若く、むしろ少女に近しい年齢のようにすら見受けられる可憐な女性が立っている。

「カウンターとテーブル、どちらがよろしいでしょうか。」目の前の可憐な容姿のウェイトレスは、抑揚のない静かな声でエミリアに尋ねる。

「……カウンターで、お願いします。」

「承知しました。ではこちらへどうぞ。」


 エミリアはウェイトレスに案内されて、カウンター席の一つに着いた。カウンターの左奥にオレンジ髪の青年が座っている以外には、エミリアの周囲には誰もいない。

「この時間はね、あんまりお客さんがいないんですよ。」どこからか穏やかな男性らしき声が聞こえてくる。


 エミリアが声の主を探していると、カウンターの奥の方からエプロン姿のスラッとした長髪の男性が現れた。長髪の青年は青紫色のつややかな髪を、頭頂部付近で一つに束ねている。白い襟付きのシャツにベストといった出で立ちで、男性でありながら女性と見間違うほどの端麗な容姿としなやかな立ち居振る舞いを見て、エミリアは思わず見惚れてしまった。


「初めまして。僕はマスターのリンドウです。……ご注文は、如何いたしますか?」リンドウは微笑みながらメニューを手渡す。

「ゆっくりで構いません。決まったら教えてくださいね。」メニューを受け取ったエミリアをそのままにして、リンドウは奥のオレンジ髪の青年の方へと歩いて行った。

 息を吸い込むとクリームを思わせるような甘い香りと、ほろ苦く酸味のあるコーヒーの香りが鼻をくすぐる。ゆっくりとカフェにいるのはいつぶりだろうかと考えながら、エミリアはやっと訪れた穏やかな時間を噛み締めていた。


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