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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第1章:Set Fire to the City

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科学セクションのジーナ・ノルディ

「ちょっと~?入ってもいいかしら~。」やや間延びしたような女性の声がセキュリティモニターのスピーカーから聞こえてきた。

「あぁ、入ってくれ。」レオンは声の主を受け入れるべく、入口の鍵を開け中へと通した。

「はーい、おはよ~。……ねぇ、あんたたち今日早くない?こっちも徹夜明けなんだから勘弁してよぉ。」目の下にクマのある白衣の女性が、プレジデントルームへと踏み込んできた。

「……あぁ、ジーナさん。お疲れ様です。」レオンは科学セクションメンバーであるジーナ・ノルディへと挨拶を返した。


 ジーナ・ノルディはタブレット型の端末と、バインダーにクリップされた書類の束を持っていた。彼女の白衣には科学セクションを現す緑のラインが入った階級章がついている。通常メンバーなので、階級章に入るラインはアインと同じ一本線だ。レオン自身の階級章にはセクション長を示す三本線が入っており、さらには局長を示すゴールドの縁取りがついていた。

 いつもやや長めの髪を緩く縛って流しているため、どこかはかなげな印象を受ける彼女であるが、局長であるレオンに対しても自分より年下であるという理由だけで遠慮なくものを言ってくるような人間だった。

「ねぇ、あんたも何か言いなさいよ、アインくん?」いつもは呼び捨てにしているアインに対して、ジーナはわざとらしく敬称をつけて呼びかけた。


「……おはようございます、ジーナさん。今日は一段と騒がしいですね。」ジーナに端末で胸をつつかれていること自体は気にもせず、アインは淡々と返答した。

「アイン、あんたって、いつもちょっと一言多いわよね」

「そんなことはありません。」

「レオンに対してはもう少しスパッとしゃべるじゃない。」

「……上司ですから。」

「あっそう……私は?私ももう歴的には長いんだけど?年上だし?」またいつものやり取りが始まった。

 ジーナはレオンの前であることを気にすることなくアインのことをからかっている。アインもアインでジーナの言うことを受け流しもせずに返答している。


「……まぁ、そこまでにしておいてくれ、ジーナさん。」レオンはやれやれと思いつつも、だらだらと続くのがいつもの落ちだったので二人を止めた。

「仕方ないわねぇ。それじゃ、本題よ。今日はこれからまた現場検証に行くんでしょ?……あの増え続けるいまいましいポイントマーカーがまた一個増えたせいでね。あんたたちの朝が早かったのもそれのせい?」ジーナは壁際のホログラムスクリーンをわずかに睨みつけながら問いかけた。

「……そうですね。俺がたまたま居合わせたので。」アインはまた少し気まずそうな様子で返答した。

「あら、そうなの。じゃ、局長さまが早かったのはあんたがたたき起こしたからね?……図星かしら。」

「……ノーコメントです。」

「……いひひ、まぁいいわ。あんたたちって本当に面白い。」いつもの歯切れの良さを無くしたアインを、ジーナは楽しそうにからかっている。


「それで、今は何待ち?あの昼夜逆転してるゴシップ記者からは何の情報も上がってこなかったわけ?」ジーナが言及したのは情報セクションのセクション長、ハーディ・グラントのことだろう。

「元、だ。ジーナさん。……えぇ、彼からはすでに有益な情報が上がってきました。すでにレポートも共有済みです。今はITセクションからの解析結果を待っています。」レオンはやや口角を持ち上げながらジーナをたしなめた。

「あぁ、それなら見たわ。早かったわね。……てか、アインが現場に居合わせたんだっけ。それならまぁ納得だわ。ということは、現場はあんたんちの近くってことよね。妹ちゃんたちは平気だったわけ?」ジーナはいつも話が早い。

 ぐだぐだとアインをからかってはいても、最後は何かと気にかけている。癖の強い科学セクションの面々の中でもつぶれずに歴を重ねてこれたのは、ひとえに彼女のこの飄々とした立ち回りと気遣いによるものだろうとレオンは思った。


―ピコン


 レオンのデスク上のコンピューターから通知音が鳴っている。レオンは一度デスクへ戻ると、通知の内容を確認した。

「……ITセクションから、解析結果を受信した。……ふむ、早かったな。」レオンはコンピューターを操作しつつ、解析結果を読み込んだ。

「あぁ、ダメだな。あの辺りにはカメラがない。」

「カメラ?あぁ、監視カメラね。」レオンの呟きに対してジーナが反応する。

「……そうだ。これまではセントラルスクエアでの放火が主だった。つまり、狙われていたのが上流層だったのもあって、セキュリティもまだ整っていた。それが、今回の現場はソルティノース。あそこは住民の居住地がメインであるため、……セキュリティが、整っていない。」レオンはふがいなさからため息をついた。

「あぁ、でもそれはあんたのせいではないじゃない。つけてもつけても壊されるんじゃ、さすがに限界があるってものよ。」ジーナは淡々とフォローした。


「……あぁ、そうだな。だが、今回は少し違う動きがあったらしい。」

「違う動き?」

「うん。セントラルスクエアの火災においては、火元付近にある監視カメラが意図的に破壊されていたとの証拠があった。今回のソルティノースの火災でも、まだ機能していたものの中から、一部区域の監視カメラが意図的に破壊されているらしい。ITセクションの報告書では、この監視カメラを破壊している人物が同一である可能性について述べられている。」レオンは少し驚いていた。

「……この短時間で、やけに詳細な解析結果を上げて来たわね。事件現場の情報は一斉送信だから、動き出しはうちとほぼ変わらないはず。実時間にしたら3時間、あるかないかくらいのはずなんだけど。」ジーナは怪訝そうに眉をしかめた。


「まぁ、いいわ。ここ1~2年で事件も増えたし人員も増えた。ふいに頭角を現す

 人間がいたって、おかしくないわよね?」ジーナは冗談交じりに問いかけた。

「えぇ、その可能性は十分あります。……とはいえ、私が把握しきれていないのは問題ですが。」レオンは再び肩を落とした。

「いちいち気にしてちゃ世話ないわ。アイン、ひとまず私たちは現場に向かいましょう。やるべきことは、山積みよ。」

「はい、承知しました。」ジーナの言葉に対し、アインは端的に返答する。

「それじゃあ、行ってくるわね。」

「あぁ、頼んだ。また何かあったら報告してくれ。」レオンはジーナとアインに目配せをした。


 業務はまだ始まったばかりではあるものの、事件が頻発している状況で休める者は多くない。レオンは心苦しさを押し込めつつも、二人の動きを頼りにしていた。ジーナはレオンの様子を一瞥すると、さっさとプレジデントルームを出て行った。アインもまたそれを横目にレオンに対して一礼すると、プレジデントルームを後にする。

 廊下に出ると、早朝発ってきたばかりのソルティノースを思いつつ、アインは室内を振り返った。レオンは再び椅子へと座り、窓の外に見える街並みの方へと体を向けている。そのたくましくも少し疲れの滲んだ背中が扉の向こうへと消えていく間際に、アインはそっと顔を顰めた。


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