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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
第1章:Set Fire to the City

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放火魔ライター・連続放火事件

 ルミナスイースト治安管理局・月影のプレジデントルームには、大きな窓から季節特有の半透明な朝陽が差し込んでいる。部屋の主であるレオン・クラッドは、自身のデスクに向かい、今朝上がってきたばかりの報告書に目を通していた。簡素だがしっかりとした造りのデスクの上には、未整理の書類がいつも通り整然と積み上げられている。

 壁際に設置されたホログラムスクリーンに表示されているマップの上では、事件現場を示すポイントマーカーが新たに一つ増えたところであった。その圧を除けば、応接用のソファに座り、足を組んだまま眠っている部下の姿は、穏やかな一日の始まりを思わせるには、本来十分であるはずだった。


 ソファで仮眠をとっている部下アイン・ザードは、早朝すぐに月影ビルへと戻ると、その足でビル内にあるレオンの居室を訪れた。寝ていたレオンを起こしたアインは、その場で端的に火災の報告を済ませていった。レオン自身も浅い眠りから覚めた後ではあるものの、その様子を見てアインをひとまずプレジデントルームのソファに寝かせ、自分も早々に制服に着替えたのちにレポートの作成へと取りかかることにした。

 本来はアインがやらなければならない書類仕事ではあるものの、偶然にも火災現場に居合わせたという不運によって不眠不休で立ちまわっている部下を慮って、レオンはそのまま自分のコンピュータを立ち上げた。


 レオンはモニター上にレポート用のドキュメントフォーマットを立ち上げると、キーボードを操作した。昨夜未明、何者かによりエミリア・バートンの住居に火が放たれた。現場には破裂したビンのかけらが残されており、犯人は入口付近に爆発物を仕掛けたものと思われる。

 爆発物といえば、少し前に爆弾魔のラビットを捕縛したばかりだが、爆破することそのものが目的であった彼女に対して、今回の犯人は火をつけることが目的であったと思われる点で違いがある。現在起きている放火事件では、いずれの現場にもビンの破片が残されているため、放火自体は同一放火犯による連続事件とみてほぼ間違いはないだろう。ただこの辺りは現場検証も含めて慎重にならなければいけないことだとレオンは思った。


 通報により現場へと向かった消防局の面々からも、消火には成功したが中心含め3棟の住居が焼失したとの報告が上がっていた。すさまじい炎だったことがうかがえるうえ、これはアインの報告内容とも一致している。ただしアインの報告によれば、住民たちは自力での消火を試みており、消防局への協力を要請した時にはすでに炎が燃え広がった後だったという。

 レオンは少し眉間を押さえて先ほど淹れたばかりのブラックコーヒーを喉に流し込んだ。またマーカーが一つ増えたなとため息をつく。

「偶然か?」火災の中心部にいたエミリア・バートンはつい最近月影にきたばかりであり、まだ自分の足元も覚束ない状況であるはずだ。

 そんな折に、やっとの思いで身を落ち着けた先が火元になっては敵わない、とレオンは考えつつ、再びコーヒーを一口飲んだ。大きな音を立てないように気を付けつつも、フォーマットに要点を書き込んでいく。


 さらにレオンは、情報セクションから上がってきた報告書に目を通す。こちらもまた耳が早い。セクション長が元ゴシップ記者だったとは聞いているが、さすがと言わざるを得ない速度で上がってきていた。

 ただ書かれている内容には、特にめぼしい情報はない。ソルティノースの居住エリアは夜中はほとんど人通りがなく、住民の寝静まった時間を狙って火が放たれたことが証言されているだけだった。

 これまでに起きた他の放火事件のように、セントラルスクエアの有力企業のオフィスだとか上流層の居住といったわかりやすい場所ではないだけに、ある意味では仕方がないかとレオンは思った。

 しかしそうであるからこそ、今回の件が異質であることを裏付けているともとれるだろう。レオンはホログラムスクリーンに打たれたポイントマーカーをじっと見つめた。この犯人は、明らかな意図を持って放火している。マーカーの固まったマップの一角と、ポツンと離れたエミリア・バートンの住居を見れば、その意図がなんであるかは別として、異質さそのものは否応なく浮かび上がってくるものだ。


 レオンはふぅと溜め息をつくと、再びコンピュータに向き直り、開かれているフォーマットに沿って一息にレポートを書き上げた。モニター上の時刻を見ると、始業時間の1時間ほど前だった。レオンはわずかに口角を上げながら、各セクションの稼働状況を確認するために業務用アプリを立ち上げる。

 稼働しているコンピュータは自分のものと、ITセクションと科学セクションのものがいくつか、そして医療セクションと戦術セクションの当直室のものであり、だいたいいつもと変わらなかった。情報セクションはオフラインになっているものの、数十分前までオンラインだった履歴がある。彼らの生活習慣はいったいどうなっているのかと、レオンは思わず頭を抱えた。

「そろそろ起こすか……。」もう少し寝かせておいてやりたいが、業務開始の時刻になればこのオフィスにも人が来る。

 戦術セクションのサブリーダーが訓練や見回り等の通常業務の報告に来る時間であり、すでに稼働しているIT・科学両セクションの動きにも対応しなければいけないだろうとレオンは思った。

 レオンは作成済みのレポートを保存、各セクション長あてのファイルデータとして格納した後、モニターにロックをかけて立ち上がり、アインの方へと向かっていった。


「……おはようございます。」レオンが近づく気配を察してか、アインが即座に立ち上がる。

「あぁ、おはよう。いや、まだ座っていてもいいんだが。」

「問題ありません。」

「そうか、いつから起きていた?」

「……いえ、眠っていました。」穏やかに問いかけるレオンに対して、アインはわずかに回答を濁した。

「……レポートの作成は?」

「終わっている。」自分の業務を気にするアインに対して、レオンは即座に否定した。


「……申し訳ありません。」少しばかりうなだれているアインに対して、レオンは特に気にするでもなく言葉を続けた。

「うん、いや、君の報告自体は完璧だった。情報セクションと消防局からの報告も早くてね。大して時間はかからなかった。……つまり、気にすることはない。」

「……ありがとうございます。」

 いつも仕事が早いアインのことだ。多少は気にすることがあるのだろうとレオンは思った。しかし寝不足の部下に任せるほどの仕事ではなく、そこは勘違いしないでほしいとアインに告げる。

「はい。承知いたしました。」アインはいつも通りの返答をした。


「失礼いたします、クラッド局長・戦術セクション長。定時報告に上がりました。」セキュリティモニターのスピーカーから、戦術セクションサブリーダーの声が聞こえてくる。

「ご苦労。入れ。」レオンが応答すると同時に、プレジデントルームの扉を開く。

「失礼いたします。」サブリーダーはオフィスに入ると頭を下げた。

 しかしレオンは、サブリーダーの視線が一瞬だけアインに向かったことを見逃さなかった。アインはすでに壁際に移動して待機の姿勢を取っており、何かを気にするようなそぶりは全く見せない。サブリーダーはレオンの許可を受けて顔を上げると、いつもの調子で報告を始めた。


「……以上、報告を終わります。」サブリーダーの報告はやはりいつも通りの内容だった。

 新人メンバーの訓練について、街の巡回シフトについて、他通常業務に関する報告と、朝礼点呼におけるシュナイダー兄弟の遅刻についてだ。

「……あの、質問をしてもよろしいでしょうか。」サブリーダーがためらいがちにレオンに尋ねる。

「……あぁ、なんだ。」

「はい。あの、シュナイダーの双子については、アイン・ザードに一任されているとのことですが、……さすがに士気が下がります。彼らの遅刻癖は、もう少しどうにかならないものでしょうか。」

「……あぁ、君の意見ももっともだな。常に全体に気を配ってくれて助かっているよ。」

「はい、ありがとうございます。」


「だが、彼らの事情はこちらで管理・把握している。もちろんこの状態が続くことは望ましくはないのだが、もうしばらく様子を見てくれ。……頼めるか?」レオンはサブリーダーに視線を投げる。

「……承知、いたしました。」サブリーダーはわずかに不服そうではありながらも、どうにか意見を呑み込んだことがうかがえた。

「あぁ、頼んだ。それでは下がってくれ。」

「はい、失礼いたします。」サブリーダーは再びきれいに頭を下げると、プレジデントルームを後にした。

「アイン。」

「はい。」

「……シュナイダー兄弟の話だが。」

「はい。……訓練の時は落ち着いています。朝礼時の遅刻に関しては、自分の方でもう少しだけ働きかけてみます。……訓練を少し、増やし過ぎたかもしれません。」アインは淡々と報告を重ねた。


「うん、いや、そうだな。……君たちの働きは十分理解している。問題はない。引き続き彼らの監督を任せたい。」レオンはため息交じりにアインに告げた。

「はい。……承知いたしました。」アインもまた、レオンの言葉に重々しく返答する。

 今すぐどうにもならないことだと分かっていても、現場の懸念ももっともだ。レオンはアインの待機を解きつつ、今後に打つ手を考え始めた。しかし、これは外部からの働きかけだけではどうにもなるまいと思考を諦め、ひとまず目の前の事件を片づけるべくアインに業務の連絡をしようと向き直る。

「……ん?アイン、その包帯はいったいどうした?」レオンはアインの左手に、白い包帯が巻かれているのに気が付いた。


「……えっと、エミリア・バートンを救出した際にけがをしまして……。」ためらいがちにアインは答えた。

「……自分でやったのか?」アインにも応急手当のすべはあるしな、とレオンは思った。

「これは……その、エミリアさんが、手当てしてくれました。」アインは照れたように左手を首の後ろへと持っていく。

 しかしレオンはそれ以上特に追及をすることはなく、わずかに口角を上げるだけにとどめておいた。

「……そうか。それは良かったな。しかし、任務中のけがは報告の対象内だ。あとで医療セクションに行きなさい。」

「ですが。」

「行きなさい。……命令だ。」

「……承知いたしました。」ため息交じりで告げられたレオンの言葉に、アインは渋々と言った体でうなずいた。


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