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第6話 「青葉へ」

放課後の列車は、窓の外に淡い夕陽を流していた。

悠は、揺れる車内の隅に座り、胸ポケットの中の写真を握りしめていた。

――雨の夜の朔。

そして、その背後に映り込んでいた“影”。


紗希の言葉が頭の奥で何度も反芻される。

「事故にあったって聞いた」「新聞に名前が載ってた」

けれど、どの新聞にも、どんなサイトにも――“高瀬朔”という名前は見つからなかった。


その空白が、不気味だった。

まるで最初から、そんな人間が存在しなかったみたいに。


列車がカーブを曲がり、アナウンスが流れる。

「次は、青葉――青葉です」

悠は小さく息を吸い、立ち上がった。


 


駅を出ると、少し冷たい風が頬を撫でた。

小さな地方都市。商店街の看板は色あせ、街灯がぽつぽつと灯り始めている。

雨が降る気配はないのに、なぜか湿った匂いがした。

――雨の匂い。

朔のいた場所に近づくたび、その香りが強くなるような気がした。


 


「青葉第二高校……この辺のはずだけど」


地図アプリを確認しながら歩く。

住宅街を抜けると、すぐに古びた校舎が見えた。

夕暮れの中、校門のプレートに「青葉第二高等学校」と刻まれている。

けれど、その校舎には人の気配がなかった。

窓の一部には木の板が打ち付けられ、雑草が生い茂っている。


悠は立ち止まり、息を呑んだ。

「……廃校?」


校門の前に立てられた看板には、

“青葉第二高等学校は三年前に統合のため閉校しました”と書かれていた。


三年前――。

朔が転校していったのは、ほんの一か月前のことだ。

あり得ない。


悠はフェンス越しに中を覗き込んだ。

夕陽が差し込むグラウンド。

その奥に、壊れかけた校舎の影がゆらめいている。

風が吹き抜け、誰もいない校庭の砂を巻き上げた。


「……朔……?」


思わず名前を呼んでしまう。

もちろん返事はない。

だが――次の瞬間、

どこからか、カメラのシャッター音が響いた。


カシャン。


悠は反射的に振り向いた。

だが、誰もいない。

風が止まり、静寂だけが残る。

手の中の写真が、微かに震えた。


(気のせい……?)


胸の奥がざわつく。

ポケットから写真を取り出す。

その瞬間――目を疑った。


写真の中の朔の背後にあった“影”が、

ほんの少し――動いていた。


確かに、昨日見たときよりも輪郭がはっきりしている。

まるで、こちらに近づいてきているように。


悠の手が冷たくなった。

息を詰めたまま、写真を凝視する。

そのとき、不意に背後から声がした。


「……君、誰?」


振り向くと、校門の前に一人の老人が立っていた。

作業服姿で、首から古びたカメラを提げている。

写真屋か、元関係者のようだった。


「すみません、この学校って……昔、高瀬朔って生徒いましたか?」


言葉を口にした瞬間、胸の奥がざわついた。

“昔”なんて、どうして言ったんだろう。

けれど、その響きが妙にしっくりきてしまった。

心のどこかで――もう彼が“今”にはいない気がしていた。


老人は首を傾げた。

「高瀬……? そんな生徒、知らないなぁ。

けどな、三年前、この学校で――一人、写真部の生徒がいなくなったことはあったよ」

「いなくなった……?」

「そう。部室に置きっぱなしのカメラと、濡れた写真だけ残してね。

あれも、雨の日だったな……」


 


その瞬間、胸の奥が締めつけられた。

雨。カメラ。いなくなった写真部員。

そして、“高瀬朔”という存在。


悠は無意識に写真を強く握った。

指先に紙が食い込み、痛みが走る。

ポケットの中から何かが滑り落ちた。

封筒――朔が残した最後の手紙。


裏には、滲んだインクでこう書かれていた。


「青葉の校庭で、また会おう。」


 


悠の喉が詰まる。

まるで、遠くで朔が笑った気がした。

風が吹き、写真の表面がひらりと光る。

そこには、確かに朔の姿があった――

だが、その隣に“もう一人”の影が並んでいた。


悠は息を飲んだ。

その影は、今の自分と――同じ形をしていた。

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