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第5話 「白いネガ」

現像した写真を、悠は何度も見返していた。

光写堂の古い紙袋の中には、雨の夜に撮った朔の姿が写った一枚。

傘も差さず、制服のシャツが濡れて体に貼りついている。

けれど、顔だけは――ほんの少し笑っていた。


その笑みが、どうしても気になった。

あの時の朔は、あんな顔をしていなかった。

ファインダー越しに見たとき、確かに無表情だったはずだ。


(この写真……何か、違う)


悠はカメラを持って、もう一度写真部の部室へ向かった。

夕暮れの光が差し込む部屋。

現像機の匂いと、残った薬品の独特の甘い臭い。

静まり返った空間に、シャッターの音だけが響く。


机の上に現像済みのネガを並べ、慎重に透かす。

光を通すと、写真の端に――うっすらと“もう一つの影”が見えた。

朔の背後、暗がりの中。

誰かの姿のような、何かの気配のような、

説明できない“影”がそこにあった。


「……なんだ、これ」


胸の奥に冷たいものが走る。

光の反射ではない。偶然でもない。

あの場所――校舎裏の通路には、あの日、朔と悠しかいなかったはずだ。


カメラを持ち直し、ネガを拡大して確認する。

それは確かに“人影”だった。

しかし、顔がない。輪郭がぼやけて、

まるで溶けかけた記憶のように揺れている。


その瞬間、部室のドアが小さく開いた。


「……神原?」


振り向くと、クラスメイトの南條紗希なんじょう さきが立っていた。

彼女は同じ写真部で、悠と朔のことをいつも見守っていた数少ない友人だった。

「まだここにいたんだ。最近、ずっとこの部屋にいるでしょ」

「……うん。現像、してた」

「また朔くんの?」

悠は黙ってうなずいた。

紗希は少しだけ目を伏せ、そっと言葉を選ぶように口を開いた。


「……高瀬くん、転校先で事故にあったって聞いた」


その言葉が、静かに落ちた。

時間が止まるように感じた。

鼓動の音が、耳の奥で重く響く。


「嘘だろ……?」

「詳しくは分からない。先生たちもあまり話してくれなくて……。

でも、新聞の地方欄に、名前が載ってたって」


悠は立ち上がった。

足が震えて、思わず机に手をつく。

「……そんな、はず、ない。昨日の写真、笑ってたのに」

紗希は心配そうに見つめた。

「写真?」

「これ……」

悠は震える手でネガを差し出した。

光にかざした瞬間、紗希の表情が変わった。


「これ……どこで撮ったの?」

「校舎裏。雨の夜」

「その後、誰か見なかった?」

「……誰も。俺と朔しかいなかった」

「じゃあ、この“影”は何……?」


二人は顔を見合わせた。

ネガの端、ぼやけた影が光を透かして浮かび上がる。

形は確かに“人”のようだ。

だが、そこに立っているはずの人物は――記憶のどこにも存在しない。


「……これ、焼き増ししておいたほうがいいと思う」

紗希が小さく言った。

「何か、残ってるかもしれない。写真って、現実を写すだけじゃないから」


悠は唇を噛んだ。

手の中の写真が、やけに重く感じた。

まるで、“誰か”の気配を今も閉じ込めているように。


「……俺、行ってみる」

「どこに?」

「朔が最後にいたっていう場所。転校先の町。確か、青葉市だったはずだ」

「神原……それって……」

「確かめたいんだ。あの影が何なのか。

そして、朔が何を残したのか」


そう言って、悠は写真を胸ポケットに入れた。

部室の窓の外では、雲の隙間から光が差し込み、

雨上がりの匂いが、ふたたび空気を満たしていた。


まるで、“彼”が呼んでいるように。

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