第一話 自転車を持っていくじゃとっ?!
俺の名前は想田絆妃。
昔から身体が弱く、10歳の時に重い病気が見つかって以来、10年間都内の病院に入院している。
病気の影響であまり身体を動かす事ができないので、基本的にベッドの上で過ごすことが多い。
だけど、俺は絶対に病気が治るって信じてる。
叶えたい夢だってあるんだから……
そんな事を思っていると、いつも通り点滴をする為に看護師の人がやってきた。
「いぶきさん、今日も点滴でお薬投与していきますね」
「はい、お願いします」
入院当初はこの時間が本当に嫌いだったけど、今では慣れたものだ。
だけど、針が入るときだけは未だに少し怖い……
そして、点滴をし始めて少し立った頃――
いつも通りネット小説を読んでいると、何故か急な眠気がしてきたので少し昼寝をする事にした。
それが現在、何故か神様と会話中。
「ここは一体どこなのでしょうか?」
「ここは神界と言われる神達が住んでいる所じゃ。基本的に人間は来る事も、存在すら知る事も出来ない場所じゃ」
神界はギリシャ神話に出てくる神殿のような場所で、とても神聖な雰囲気を醸し出している。
「そんな場所に何故私はいるのでしょうか?」
「落ち着いて聞くのじゃ。残念ながら、お主は先ほど死んでしもうた」
「え……。死んでしまった? まさか病気の影響で……」
「いや、そうではない。お主は……」
神様の話によると、俺は点滴に入っていた薬によって死んでしまったらしい。
どうやら看護師の人が投与する薬を間違えてしまったようだ。
俺は眠気がしたから昼寝をしていただけで、痛みや苦しみも特に無かったから、死んだという実感がいまいち湧かないんだけど。
「それで私はこれからどうなるんでしょうか? 天国に行くのでしょうか? それとも地獄に……」
「いや、お主には異世界に転移してもらおうと思っておる」
「異世界に転移ですか?」
「そうじゃ。お主のいた世界とは違い、魔法があり魔物などがいる世界じゃ」
という事はネット小説でよく出てくるファンタジーの世界じゃないか!
誰でも一回は魔法を使ってみたいって夢見るよな。
でも、俺は何で異世界に転移させてもらえるんだ?
「それは、お主の死んでしまった原因が関係しておってのう」
「えっ!」
「あーすまんのう。儂は心の声が分かるのじゃ」
なるほど、さすが神様だな。
それより俺の死んだ原因って……看護師の人が投与する薬を間違えてしまったっていう話だったよな?
ってことは、医療ミスで亡くなった人が異世界に転移しているってことか?
「いや、そうではない。今回関係しておるのは投与する薬を間違えた看護師の方でのう。その看護師なんじゃが……実はある神が憑依した状態だったのじゃ。普段はそんな事が起きないように儂が目を光らせておるのじゃが、ごく稀にその目を掻い潜って、神界での生活に飽きてしまった神がお主達人間に憑依してしまう事があるのじゃ」
という事は、看護師に憑依してしまったある神様が、投与する薬を間違えてしまって俺は死んだという事か。
てか、神様ってそんな何人もいるものなの?
それに俺の前にいるこの神様は口ぶり的に神達の中でも相当偉い神様っぽいけど?
「神は一人ではないぞ。神界にはあらゆる世界の神がおるからのう。儂はそんな神達の一番上に立つ存在で最高神と言われておる」
神達のトップ!?
めっちゃすごい人じゃん。なんか急に緊張してきた……
「それで今回の件は、いくら何でも神といえど見過ごせない事だからのう。その責任を取るためにお主を異世界に転移させようというわけじゃ。憑依した神も今は神界で謹慎して反省しておるから、今回は異世界に転移させるという事で許しては貰えないじゃろうか」
異世界に転移するという話は俺にとってもありがたい話なんだけど、一個だけずっと気になっている事があるから、それを神様に聞いておこう。
「転移させていただけるというのは大変嬉しいお話なのですが、私の身体は病気に侵されてしまって弱っております。転移先で長く生きられる自信が無いのですが……」
俺が続けて話そうとすると、神様がその言葉を遮って言ってきた。
「あーその事なんだが、心配せんで大丈夫じゃ。お主が異世界でも生きていけるように、健康な身体に加え、基礎身体能力、魔法能力、その他諸々の能力を高い状態にしておくからのう」
俺はその言葉を聞いて、つい涙をこぼしてしまった。
「どうしたのじゃっ?! やっぱり転移するのが嫌になってしもうたか?!」
慌てた様子で神様が俺に聞いてきた。
「いえ、そうではありません! 私は今まで病気のせいで身体が弱く、まともに自分のやりたい事が出来なかったので、やっと色んな事ができるんだと思うとつい嬉しくって……」
「そうかそうか。そんなに喜んでくれるなら儂も少しは罪滅ぼしが出来るというものじゃ。加えてなんじゃが、お主の願いを一つだけ叶えてやる事が出来るのだが、何か願いはないか?」
健康な身体にしてもらえるだけで俺からしたら十分に満足なんだけどな。
「最強の剣が欲しいとか、特殊なスキルが欲しいとか、ある程度の事は叶えてやれるぞ」
じゃあ、お言葉に甘えてこのお願いをしてみるか。
「では、自転車を異世界に持っていきたいです」
「自転車を持っていくじゃとっ?!」
神様が俺の顔を見ながら驚いた表情で言ってきた。
まあ、異世界に自転車持っていきたいやつなんて普通はいないよな。
「はい、私は昔から自転車で旅をするのが夢だったんです。入院している時も自転車で世界一周する動画をよく見ていたし、自転車のスピードや軽快さを味わいつつ、色んな人と出会いながら旅を楽しんでみたいなとずっと思っていたんです!」
俺は自分でも驚くぐらいの熱量で神様に伝えた。
「分かった。では、お主にはこの自転車を授けよう」
すると、俺の目の前に1台のクロスバイクが現れた。
「これ、私が貰ってもいいんですか?」
「勿論じゃ。お主のために用意した自転車じゃ」
よしっ!
俺は思わずガッツポーズをしてしまった。
何たって念願のマイバイクが手に入ったんだからな。
そんな俺を見ながら、最高神様が続けて話す。
「その自転車は少し特殊な自転車でのう。お主が喜ぶような細工をしておいたから、転移したら確認してみるとよいぞ」
俺が喜ぶ細工……?
最高神様に今すぐ聞きたい所だけど、転移した後の楽しみにとっておこう!
あ、忘れてた。最高神様にお礼を伝えないとな。
「最高神様、ありがとうございます!」
「願いも叶えた事じゃし、そろそろ転移を始めるとするかのう。あー最後に、これからお主に転移してもらう世界の神達には、儂の方からお主が困った時に助けてくれるよう話をしておくから、もしもの時は頼るとよいぞ」
「最高神様、何から何までありがとうございます!」
俺がそう言うと最高神様は優しい笑顔を俺に向けてくれた。
「では、さらばじゃ。イブキ、達者でな!」
最高神様がそう言うと、俺の視界は眩い光に覆われ、同時にとんでもない浮遊感を味わった。