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ドラゴの子  作者: わる
第一幕 - プロローグ:空から落ちてきた少女
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第6話「心の秘密と力の目覚め」

 レグルスの部屋は、ミッコが持ち込む混沌としたエネルギーとは対照的に、驚くほど片付いていた。本や巻物は決められた隅に積まれ、服一つ落ちていない。ミッコは木の椅子に後ろ向きに座り、ギシギシと体を揺らしながら、その静寂を破った。


「なあ、レグルス兄貴。なんでミッカ姉ちゃんに大長老様に会いに行けなんて言ったんだ?」


 ベッドに寝転がって本を読んでいたレグルスは、視線も上げずに答えた。「あの(じじい)が早く知れば、あいつのためになる。そうすれば、誰もあいつを面倒がらせたりしない。それが一番合理的だ。」


「ふーん……」ミッコは揺れるのをやめ、椅子の背もたれに顎を乗せて考え込むような顔をした。


 その唐突な静けさに、レグルスが顔を上げた。「なんだ?」


「兄貴はただ、面倒事を避けて、俺の姉ちゃんと『有利』になりたかっただけだろ、そうだろ!」ミッコはニヤリと意地悪く笑った。


 ビュッ!


 レグルスの手の中にあったはずの本が宙を舞い、ミッコの頭に**ゴツン!**と命中した。


「いってぇ!」少年はうめき声を上げ、椅子から床に転げ落ちた。


「馬鹿なこと言うな、ミッコ」レグルスはそう言ったが、その耳はかすかに赤くなっていた。


「わ、悪かったって……」ミッコは床でぶつぶつ言いながら、頭をさすった。彼の目に、自分を攻撃した本が映る。好奇心に駆られてそれを拾い上げ、表紙を声に出して読んだ。「『女の子に『イケてる』と思わせる10の方法』……」


 訪れたのは、完全な沈黙だった。次の瞬間、レグルスがベッドからガバッと飛び起き、ミッコに向かって突進してきた。その手から本を奪い取ろうとする。


「そ、そうか……」ミッコは身軽にかわしながら、からかうように続けた。その顔には、してやったりという笑みが浮かんでいる。


 廊下では、部屋の中から聞こえてくる取っ組み合いの音――ガチャガチャという二人の少年の争う音――が、通りかかる使用人たちを怖がらせていた。しかし、ある二人組はそれに怯むことなく、まっすぐにその部屋のドアに向かってきた。そして、大きな音と共に、ドアが開け放たれた。


 バーン!


「ジャジャーン!……って、あれ!」


 ダイアンヤはドアノブに手をかけ、もう片方の手を腰に当てたまま、部屋の中で固まった。彼女の赤い瞳が、目の前の光景を捉えて大きく見開かれる。レグルスがミッコを羽交い締めにしており、ミッコはまるで世界中に読み聞かせるかのように、例の本を広げていた。


 その瞬間、二人はピタッと動きを止め、完璧に「無実」を装って立ち上がった。ミッコは本を背中に隠し、レグルスはあらぬ方向を見上げて口笛を吹き始めた。


「へぇぇぇ?」ダイアンヤは、レグルスに視線を固定したまま、からかうような声を漏らした。


「お前が考えてるようなことじゃない、ダイアンヤ!」彼はあまりにも早く、そう抗議した。


「ふーん、『女の子にイケてー』」


「だから違うと言ってるだろう!」レグルスは叫び、彼女の口を手で塞いだ。ダイアンヤは、塞がれた口で何かを言い続けながら、人差し指を立ててレグルスを挑発している。


 その時、もっと穏やかな第三の声が響いた。「あ、あの……」


 レグルスは凍りついた。彼はゆっくりと、ダイアンヤの肩越しに視線を送った。そこに、ミッカが立っていた。


 彼女は、ダイアンヤがくれた服を着ていた。柔らかな空色のチュニックに、動きやすい濃紺の麻のショートパンツ、そして足首まで紐で編み上げる革のサンダル 。これまで修行と責任以外に興味を示さなかったレグルスにとって、その光景は…圧倒的だった。世界が止まったように感じた。


 ミッカは気まずそうに視線を逸らした。そんな風に見つめられるのは、奇妙で居心地が悪い。


(ああ、青春だねぇ…)


「お、姉ちゃん、すごく似合ってるぜ!」レグルスたちの後ろからひょっこり顔を出したミッコが、魔法を解くように言った。


「でしょ?」ダイアンヤが、レグルスの手を振り払って言った。「で、レグルス、どう思う?」


「い、いや、その……」彼はどもり、ミッカから目を離せない。


 少女は少し身を縮め、自分の手を弄んだ。「そんなに、じっと見ないでくれませんか?」彼女は小声で頼んだ。「恥ずかしいです…」


 ダイアンヤはレグルスの頭をグイッと押し下げ、無理やりお辞儀をさせた。「とにかく!」彼女は状況を仕切り直す。「あたしはミッカに魔法の使い方を教えなきゃならないの」


 その言葉にレグルスは我に返った。恥ずかしさよりも興味が勝る。「教える?」


 ダイアンヤは「ふんっ」と鼻を鳴らした。当然でしょ、と言わんばかりに。


 ミッカは、不思議そうに黒髪の少年を見上げた。「レグルスくんも、魔法が使えるんですか?」


「レグルス……くん……」彼は、まるで鐘の音のようにその言葉を心の中で反響させた。


「ありゃ……」ミッコは呟き、一歩後ろに下がった。


 ダイアンヤはミッカに向き直った。「そんな風に呼んじゃダメよ」


 ミッカは驚いて謝り始めた。「あ、ごめんなさい、私―」


「いや、そうじゃなくて」ダイアンヤは彼女を制し、耳元で囁いた。「あいつ、あたし以外の女の子と話したことないのよ。で、あたしたちは従兄妹だし。だから、あいつにとって……」


「レグルスくん……へへ……」彼は自分だけの世界で、その名前を繰り返し、だらしない笑みを浮かべていた。哀れな我らが恋する英雄は、完全に我を失っていた。


「あーあ、兄貴、俺が兄貴ならやめるけどな……」ミッコはそう助言したが、時すでに遅し。


 レグルスはハッと現実に戻り、ミッカに向かって何かを弁解しようとしたが、彼女は困ったように微笑むだけだった。「変な人ですね、レグルスくん!」


 ゴゴゴゴ……


 レグルスの世界が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


 ミッコは、石化した友人の肩をポンと叩いて通り過ぎた。「で、ダイアンヤ姉貴、姉ちゃんの修行はどうやるんだ?」


 二人は部屋を出て、訓練場所やエネルギーの集中について話しながら廊下を歩き始めた。ミッカは、去っていく二人と、部屋の真ん中で意識を失ったように立ち尽くすレグルスとの間で、どうしていいか分からずに立ち往生していた。


 彼女は、去っていく二人と、壊れた少年を交互に見た。友達へ。壊れた少年へ。


「待って、えっと、私は……待ってよー!」


 結局、彼女は走り出した。新しくて奇妙な知人と、彼が象徴する混乱を後に残して、次の挑戦へと向かっていった。


_________________________________________________


 朝の日差しが、金色の砂浜を暖めていた。三人は宮殿を後にして、実益と楽しみを兼ねて浜辺へと向かった。ミッコが腰まで水に浸かりながら収集者としての仕事――魚を捕り、海の幸の罠を確認し、仕掛ける――に勤しんでいる間、ダイアンヤとミッカは、例の「立派な」掘っ立て小屋の前で、約束の魔法の訓練を始めていた。まあ、その試み、といったところだが。


「私の部屋で話した続きをしましょう」と、ダイアンヤは先生然とした態度で切り出した。「説明した通り、魔法には四つの種類があるわ。


【属性魔法】、【霊的魔法】、【アルカナ魔法】、そして**【竜の魔法】**よ。」 ミッカは、一言一句聞き逃すまいと、決意に満ちた顔で頷いた。


「まずは、一番簡単な**【属性魔法】。これは、今ある元素にマナを使って働きかける行為よ」ダイアンヤはそう説明すると、人差し指を立てた。すると、まるで魔法のように、海水が少量スゥーッ**と持ち上がり、彼女の指先で浮かぶ球体となった。「見ての通り、あたしは水にマナを使って、水を従わせた。もちろん、魔法自体はこれより複雑だけど、『制御』は基本中の基本ね。」


 水の球は三つに分裂し、それぞれが異なる振る舞いを見せ始めた。一つはカキン!と音を立てて完璧な氷の玉になり、もう一つはまるで沸騰しているかのようにブクブクと激しく泡立った。最後の一つはニョロニョロと形を変え続けている。


「形を変えるなんて簡単よ。もちろん――あたし、超強い魔術師だからね!」彼女は自信満々に胸を張った。「これくらい造作もないけど、誰にでも当てはまるわけじゃない。人それぞれ、魔法には相性があるの。例えば、ミッコ!」


 海の真ん中で、名前を呼ばれた少年が振り向いた。「んあ?」と彼が叫んだ、まさにその瞬間。背後から来た波に**ザッパーン!**と襲われた。彼は完全に水の中に飲み込まれてしまった。


 ミッカは口に手を当て、心配そうな声を上げようとしたが、ダイアンヤはそれを無視して授業を続けた。「ミッコは魔法の才能はあまりないけど、火の魔法が使えるのよ!」


「使えるんですか?」ミッカは、弟への心配を一時的に忘れて尋ねた。


「ええ!このあたしが直々に教えたんだから!」誇らしげな声が返ってきた。


 その時、ミッコが波に打ち上げられて岸辺に転がった。彼は海水を吐き出しながら立ち上がり、ミッカはそのずぶ濡れの体から、かすかに湯気が立っているのに気づいた。彼は劇的な仕草で手を掲げ、もう片方の手でその拳を握りしめると、浜辺に響き渡る大声で叫んだ。


「我は汝を召喚する、炎の皇帝よ!」


 ポッ。


 彼の指先に、小さく、ほとんど哀れなほどの炎の灯がともった。


(ミッカは感心すべきか、がっかりすべきか、分からなかった。)


「これしか作れないんだ…」彼はしょんぼりと認めた。


「本当に、全部言う必要あるんですか?」とミッカが尋ねた。


 ダイアンヤは首を横に振った。「男の子って、これだから…」


「ああ、なるほど…」ミッカは納得した。


「おい!俺の魔法はすげぇ役立つんだぞ!」ミッコは彼女たちに叫んだ。「海で濡れた時に服を乾かせるし、料理のために火だって起こせるんだ!」


(確かに、それは本当に役立つね、ミッコくん!)


「とにかく!」ダイアンヤは、まだ水の球を操りながら、再び自分に注意を引いた。「あたしには**【霊的魔法】も【竜の魔法】**も見せてあげられない。精霊と契約してないし、それに、『ドラゴの子』でもないしね。」


(い、今、この物語のタイトルを言ったぞ…)


「ドラゴの子…?」ミッカは、その言葉が心の中の空っぽの場所で響くのを感じながら、繰り返した。


「そう。**【竜の魔法】**は、ドラゴの子と呼ばれる人たちだけの特別な魔法なの。」


「見たことあんのか?」ミッコが、捕まえた魚を捌きながら尋ねた。彼は小さな炎で用意してあった焚き火に火をつけようとしたが、うまくいかず、再びあの召喚の儀式を始めていた。


「ないわ」とダイアンヤは答えたが、そう言うと彼女の右目がピクッと微かに震えた。注意深く見ていたミッカは、その小さな癖に気づいた。


「なんでそんなこと聞くのよ、ミッコ?」ダイアンヤが尋ねる。彼は彼女たちに背を向けていたので、その目の動きには気づかなかった。


 彼は振り返り、彼女を見た。「だって、姉貴が魔法を使うと、俺、マナを感じられるんだ。少なくとも、背筋がゾクッとするっていうか…」


「ええ」とダイアンヤは頷いた。「才能はあまりなくても、マナが霧散するのは感じられるのね。」


「でも」ミッコは真剣な表情で続けた。「ミッカ姉ちゃんが、あのバジリスクから俺を助けてくれた時…あいつからは、何も感じなかったんだ。」


 二人の少女の視線が、彼に注がれた。


「何も…感じなかった?」ダイアンヤは困惑して言った。


「ああ。姉ちゃんは、黄色いエネルギーでできた、手袋みたいなのを手に作って、それでバジリスクを殴ったんだ」と彼は説明した。「昨日何も言わなかったのは、レグルス兄貴や姉貴がパニックになるって分かってたからだ。でも、姉貴が姉ちゃんに教えるって言うなら、もう言わない理由はないだろ。」彼はそう締めくくると、魚を切り分けて焼き始めた。


「ミッカちゃん、本当なの?」ダイアンヤは、新たな緊張感を声に含ませて尋ねた。


「は、はい…」


「そう…ちょっと話が変わってきたわね」彼女は二人を見つめて言った。「ミッカちゃん、ミッコ。よく見てなさい。」彼女の口調は真剣だった。


 掲げられた手のまま、三つの水の球が強烈な青い光を放ち始めた。「《冬の霜衣(ふゆのそうい)》!」球体は霧散し、ダイアンヤの周りを高速で回転し始め、半透明の球形の障壁を作り出した。


「うひゃあ、さむっ…」彼女は体を温めるように自分を抱きしめた。


「寒い?」とミッカが尋ねた。


 ダイアンヤは彼女を障壁の中に引き入れた。ミッカが魔法の境界を越えた瞬間、鳥肌が立った。「うひゃあ、寒いです…」彼女は歯をガチガチさせながら言った。ミッコは信じられないという顔で立ち上がると、自分もその中に飛び込んだ。「うひゃあ、さむっ…」


(うん、そこは本当に寒いんだろうな…)


 ダイアンヤが障壁を解くと、心地よい暖かさが彼らを再び包んだ。「これが**《冬の霜衣》、【アルカナ魔法】の属性魔法よ」彼女は誇らしげに説明した。「【アルカナ魔法】**は、自分の魂を触媒にするの。これは属性魔法だけど、機能させるには水が必要で、熱から身を守る障壁を作る。間違いなく、便利な魔法よ。」


 シュンッ!


「でも、これは単純なもの。《アルカナ・イージス》!」今度は、光り輝く強固な障壁が彼女の周りに形成された。「これは防御魔法。ミッカ、あたしを殴ってみて。」


 ミッカはためらった。「やりなさい!」とダイアンヤが命じた。少女は従ったが、彼女の手はドンッという鈍い音と共に障壁に止められた。「何を感じた、ミッコ?」ダイアンヤは、焚き火の上の土鍋をかき混ぜている少年に尋ねた。


 彼は、二つの障壁魔法では背筋の寒気を感じたが、最初にただ水を操った時には感じなかったと答えた。ダイアンヤは、**【アルカナ魔法】**はより複雑なため、たとえ単純なものでも通常より多くのマナを消費するのだと説明した。そして彼女はミッカに向き直った。「あなたは何を感じた?」


 ミッカは、ダイアンヤが魔法を使ったすべての瞬間に寒気を感じたが、それは不快なものではなく、ただマナが動いていることを何かが知らせてくれているようだったと答えた。ダイアンヤは次に、ミッコを助けた時の感覚と同じかと尋ねたが、ミッカは即座にそれを否定した。


「もう一度、あれをやってみて」とダイアンヤが頼んだ。


 ミッカは目を閉じた。あの瞬間を、金髪の男のイメージを、電気の拳を思い出そうとしたが… 何も起こらなかった。彼女には理解できなかった。昨日はあんなに自然だったのに、なぜ今はできないのだろう?


 ダイアンヤはため息をついた。「大丈夫。信じてるわ」彼女は友人の落胆を見て言った。「記憶を失っているから、その力へのアクセス方法が分からないだけかもしれない。」彼女は一息おいて、告白した。「正直に言うと、あなたがドラゴの子かどうか、確かめたかったの。」


 姉弟は驚いた。「なんで、それが俺の疑問だって分かったんだ?」とミッコが尋ねた。


「当たり前でしょ」とダイアンヤは言った。「**【竜の魔法】**はマナも魂も触媒として使わない。魂が魔法そのものなの。だからあなたは何も感じなかった。竜の子だけが、他のドラゴの子の魔法を感じられる。あたしなら、彼女の魔法が他の三つのどれにも当てはまらないことから、推測で分かるけどね。」


「ごめんなさい…」ミッカはつぶやいた。


「心配しないで」ダイアンヤは彼女を安心させた。「あたしが魔法の使い方を教えてあげる。あなたが、その黄色の魔法へのアクセス方法を思い出せるまでね。」


「黄色…?」とミッカが尋ねた。


「ああ、黄色だ」と、すでに昼食を味見していたミッコが頷いた。「姉ちゃんの手から出たのは、黄色いエネルギーだったぜ。」


 ミッカの頭の中で、何かがカチッとはまった。一つの言葉、一つの概念。「あの黄色いエネルギーは、電気です」彼女は、それが世界で最も明白な事実であるかのように言った。


「でん…き?」二人は声を揃えて尋ねた。


 ミッカは彼らを見つめ、新たな種類のパニックが胸に込み上げてきた。「皆さん、電気を知らないんですか?」


 そして、彼女はようやく気づいた。この浜辺だけではない。村全体で、家々で、宮殿で…電気を使うものは、何一つとして存在しなかったのだ。

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