第4話「咆哮と拳」
ミッコの家に戻ると、空気は少し落ち着いていた。ミッカは、再び出かける準備をするミッコを横目に、家の中を眺めていた。家自体は大きくない。だが、ガランとした空虚感が、そこにあるもの全てを巨大に見せていた。棚には三つのお皿が重ねられ、壁には三つのフックが並んでいる。彼が一度も会ったことのない家族の静かな面影が、そこにはあった。
「よし、色々取ってくるから。森に戻って罠を確かめないと」とミッコが部屋から出てきた。「運が良ければ、ヘビウサギかカモフラージュギツネが捕まってるはずだ」
彼の手には、鋭い黒曜石の穂先がついた黒っぽい木の槍が握られていた。「よくできた槍ね」ミッカがその出来栄えに感心すると、ミッコは照れくさそうに頭を掻いた。
「あ、これは……俺、不器用だからさ。テセウキ兄貴にもらったんだ」彼は革の鞄を肩にかけ、「よし、準備できた!」と声を上げた。
彼がそう言い終えた、まさにその瞬間。
バーン!
玄関のドアが、乱暴に開け放たれた。
そこに立っていたのは、褐色の肌、滝のように流れる長い白髪、そして燃えるような赤い瞳を持つ少女だった。ゆったりとしたショートパンツに、膝下まで編み上げられたサンダル、そして開いたベストから素肌が覗いている。
「ミッコ、このスケベ!」少女の叫び声が家中に響き渡った。「女の子を家に連れ込んでるって、どういうことよ!?」
ミッカは凍りついたように、ただ立ち尽くす。対照的にミッコはオロオロと慌てふためき、必死に状況を説明しようと手を振り回した。
少女は彼を完全に無視して、ミッカの前までズカズカと歩いてきた。ミッコが「姉貴、待って、説明す…」と割って入ろうとするが、少女は片手で軽く彼をポンと押し、ミッコはドサッと床に尻餅をついた。彼女はミッカを上から下まで、その赤い瞳でジロリと品定めするように見た。その視線に、ミッカは居心地の悪さを感じ始める。
「会ったばかりの女を家に連れ込むなんて、隅に置けないわね!」少女はチッと舌打ちした。
「違うって!」と床からミッコが叫ぶ。
少女は再びミッカに視線を戻した。「それとも、あんたが軽いのかな、んー?」
「やめろよ、ダイアンヤ姉貴!」ミッコは二人の間に身を投げ出した。
ダイアンヤは「はいはい」というように手を振ると、まるで彼がいないかのように再びミッコを脇へ追いやった。哀れな少年…彼女は得意げな態度でミッカに向き直り、その嫉妬心は明らかだった。「髪、綺麗じゃない」と、彼女はミッカの髪を一房手に取った。「この目も…」指先がミッカの頬に触れる。「肌、すべすべ…わぁ…」
ますます恥ずかしくなり、ミッカはどうしていいか分からなかった。だがその時、ダイアンヤの軽薄な雰囲気がふっと消えた。笑みが消え、赤い瞳が鋭く細められる。
「ねぇ…」彼女は声を潜めた。「あんた、あの艦隊の者でしょ?」
ミッカの目が大きく見開かれる。艦隊? その言葉が、彼女の知らないはずの神経に触れた。
「関係ないだろ、そんなの!」ミッコが市場の店主にしたのと同じ説明を試みるが、ダイアンヤは聞く耳を持たない。
「どうして、『艦隊』って?」ミッカ自身の声が、彼女を驚かせた。ミッコとダイアンヤが、驚いて彼女を見る。ミッコはその言葉の重みを理解していない。だが、ミッカは、なぜかそれを知っていた。
ダイアンヤはすっと背筋を伸ばし、その態度は傲慢な少女から、何か堂々としたものへと変わった。「あたしはダイアンヤ・ラニアケア。このカイウナの村の長老の孫で、いずれは村を治める者よ。ここで起きることは全て把握しておく、それが務めなの」
ミッコが「姉貴のくだらないお遊びだろ」と呟くと、すかさず彼の腹にポカッと軽い拳がめり込んだ。
ダイアンヤはミッカを見た。「あんたを疑ってるわけじゃない。でも、ミッコの新しい『お姉ちゃん』の顔くらい、知っておかないとね」
床に蹲り、うぐっと呻きながらミッコが尋ねる。「姉貴…全部知ってたのかよ?」
「当たり前でしょ」彼女はそう言って、ミッコが立ち上がるのを手伝った。
「じゃあ、そのためだけに来たのか?」とお腹をさすりながら彼が聞く。
「ううん。本当は、レグルスの誕生日のバーベキューのために、何か獣が捕れたか見に来たのよ」
ミッコはため息をついた。「ちょうど今から森に罠を見に行くところだったんだよ」彼はイライラした様子で家を出た。「お前ら、来ないのか?」
「あたしたちを閉じ込めたりしないでしょうね?」とダイアンヤがからかう。
「とっとと家から出てけ!」と外から彼の叫び声が聞こえた。
しばらくして、三人は村の門である大きな岩のアーチの前にいた。ミッコはすでに丘を下り、一人で浜辺へと向かっている。ダイアンヤとミッカは、その後ろに残された。ここまで来る道中、ダイアンヤの質問攻めが続いたが、何も覚えていないミッカからは、大した情報は得られなかった。
「で、」ダイアンヤは声を低めて切り出した。「なんで『艦隊』って言葉にビビったのよ?」
ミッカは、好奇心と不安が入り混じった目で彼女を見つめ返した。
「あんた、たぶん戦士だったんでしょ」ダイアンヤは単刀直入に言った。ミッカの目が再び見開かれる。彼女は知っている?
「そこまでしか知らないけどね」ダイアンヤは、まるで拗ねた子供のようにプイッとそっぽを向いた。「じいちゃんも他の長老たちも、あたしを子供扱いして、大事なことは教えてくれないんだから」彼女は悔しそうにため息をついた。「でも、艦隊が軍事遠征だったことは知ってる。ミッコや他の村人にとっては大したことじゃないかもしれないけど、あたしは次期当主よ。うちの村だけじゃなく、他の村のことも、それに…『敵』のことも、政治を理解しなくちゃいけない」
生まれて初めて、ミッカは深い真剣さを感じた。「どうして、そんなことをあたしに?わたしが『敵』かもしれないのに?」
ダイアンヤはニヤリと、洞察力に満ちた笑みを浮かべた。「勘が鋭いじゃない。でも違う」彼女は一歩近づき、その赤い瞳がミッカの瞳を捉える。そこにはもう、傲慢さのかけらもなかった。
「あんたの魂は……優しいから」
その瞬間、フラッシュバックが襲う。戦争。血。炎に包まれる木造の家。膝をついた男の絶望に満ちた顔、炎よりも熱く焼くような声。『お前のせいだ…』
「ミッカ姉ちゃん!早く来いよ!」
遠くからのミッコの叫び声が、悪夢を切り裂いた。
ダイアンヤが、ポンと彼女の肩を叩いた。「ほら、行った行った。あたしたちの弟くんの面倒、ちゃんと見てやりなさいよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森へと戻る道すがら、ミッコが自分の役割について説明した。
「俺は『コレクター』なんだ。村には色んな仕事があって、皆で村を支えるために働いてる。それぞれが一番役に立てることを選ぶんだ。俺は肉を獲ることを選んだ。魚を釣ったり、森で獣を狩ったり。親父たちもそうしてたからさ」
ミッカは微笑んだ。「私にあまり役に立てないかもしれないけど、できることは手伝うわ」
二人は再び、あのボロボロの小屋に到着した。「ここが俺の『基地』さ」とミッコは言った。「村からそう遠くないし、魚釣りには海のそば、狩りには森の茂みにも行きやすい、いい場所なんだ」
ミッカの視線が隅に積まれた鎧に落ちる。あの紋章がもたらす不吉なビジョンを思い出し、彼女の顔が曇った。
ミッコはテセウキ兄貴にもらった槍と狩猟用のナイフを彼女に手渡すと、もし獣に襲われたらどう身を構え、どう戦うべきか、簡単な訓練を施した。
二人は森の奥深くへとズンズン進んでいく。「まずは俺が仕掛けた罠を見て回ろうぜ」とミッコが言った。「でかい獲物を探す前にな。運が良ければ、狩りをする必要もないかもしれない」
しかし、最初の罠にたどり着くと、それは無残に破壊されていた。木片と縄が、あたりに散らばっている。ミッコは心配そうに眉をひそめた。
「これって、普通のことなの?」とミッカが尋ねた。
「いや」彼はそう答え、屈んで残骸を調べた。「罠には小さいネズミがかかってた。でも、もっとでかい捕食者が来て、そいつを奪っていったんだ。けど、そんなの、ほとんどあり得ないはずなんだ」
「どうして?」
「この沿岸の森に、でかい捕食者はそう多くないんだ」と彼は説明した。「中型のネコ科のやつとか、でかいトカゲはいるけど…そいつらが獲物を奪えたとしても、罠をここまでバキバキに壊すのは無理だ。かなりの力がいる」
彼らは次から次へと罠を確かめて回ったが、状況は同じだった。壊れていない罠は、何もかかっていなかったものだけ。獲物がかかっていた罠は、全てが破壊されていた。ミッコは本気で心配し始めた。「手ぶらで帰りたくないんだ…特に今日は、レグルス兄貴の誕生日なんだから。美味い肉を食わせてやりたいのに」
次の罠に近づいた時、ミッコがスッとミッカの前に槍を出し、シーッと静かにするよう合図した。二人は身を屈め、そーっと茂みの中をゆっくりと進んだ。
そして、彼らはそれを見た。体長四メートル、高さ一メートル半はあろうかという巨体。トカゲのような体は八対の脚で支えられている。頭からは真っ赤な威圧的な鶏冠が首筋まで伸び、長くしなやかな尾が鞭のように空を切る。バジリスクだった。
ミッカは、ただ息を呑んだ。これほど荘厳な生き物を、彼女は見たことがなかった。ミッコの反応を見ようと隣に視線を移すと、彼は目を大きく見開き、顎がガクンと地面に落ちそうなほど呆然としていた。
ミッカは不思議に思い、囁いた。「私も、そんな顔をするべき?」
「こいつは…」彼は恐怖に震えながら呟いた。「山の向こうの土地の生き物だ。ここにいるはずが…!逃げるぞ!レグルス兄貴には、何か美味い魚でも釣ってやるから!」
二人がそーっと踵を返そうとした、その時。ミッコの足が、乾いた枝を踏み抜いた。
バキッ!
静かな森に、音が響き渡る。ミッカとバジリスクが、同時にミッコの方を向いた。彼はバツが悪そうに、足元の枝を見て苦笑いした。
「すごい、お約束ね」
ミッカはコクンと頷き、同意した。
バジリスクは間を置かなかった。グォォォ!と咆哮を上げ、二人に向かって跳躍する。ミッコはミッカを脇に突き飛ばし、宙を舞うバジリスクに槍を構えた。だが、黒曜石の穂先がその分厚い鱗にキィンと音を立てて弾かれ、槍の柄はあっけなく折れた。
ミッコは震えながら腰のナイフに手を伸ばすが、ビュッとしなる尾の一撃が彼を捉え、ズドーン!と近くの木に叩きつけた。ミッカはその光景を、どうすることもできずに絶望して見ていた。
「逃げろ!」とミッコが叫んだ。彼は震える足で立ち上がり、体はふらついている。涙をこらえ、震える声で言った。「俺は…戦士じゃない!でも、お前が逃げる時間くらいは、稼いでみせる!」
そのパニックの瞬間、穏やかで聞き覚えのある声が、ミッカの心に響いた。
(やるべきことは分かっているはずだ)
歪んだ記憶が浮かぶ。金髪の男。顔はぼやけて見えない。ただ、三つのものだけがはっきりしていた。電気の火花、その男、そして拳。彼女自身のものより小さい、古い記憶の中の小さな拳。電気がビリビリと音を立てる拳。そして再び、今度は彼女自身の、固く、決意に満ちた声が心の中で響いた。
(やるべきことは、分かっている)
ミッカが我に返った時、彼女の体はすでに宙を舞い、バジリスクに向かって拳を振り上げていた。電気が右腕を駆け巡り、純粋なエネルギーのきらめくガントレットとなって彼女の手を包み込む。バジリスクが咆哮して尾を振り上げるが、ミッカの方が速かった。ゴッ!と、彼女の拳が怪物の頭部にめり込む。炸裂した電撃が、その巨体を後方へと吹き飛ばした。
彼女がミッコを見ると、彼はまたしても目を丸くし、口をあんぐりと開けていた。躊躇なく、彼女はその手を取った。「逃げるわよ!」
命からがら走り続け、二人はミッコの小屋の入り口でへたり込んだ。そして、二人して、狂ったような安堵の笑いをゲラゲラと上げた。
「はぁ…はぁ…あと少しだったわね!」とミッカが息を切らしながら言った。
「あんなの、予想できるかよ!」彼も笑いながら答えた。「でも…俺、お前が特別だって、なんとなく分かってたんだ」
彼は返事を待ったが、彼女の方を見ると、ミッカはすでにバタリと地面に倒れ、気を失っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
意識の中で、真っ白な空間に、ミッカは自分とそっくりな姿を見た。だが、背はもっと高く、あの完全な鎧を身に着けている。
「あなたは、誰?」とミッカは尋ねた。
その姿は、彼女自身のものより深く、年上の響きを持つ声で答えた。『あなたは…私!』
燃え盛る家のビジョンが蘇る。鎧姿の女が炎を見つめ、静かに涙を流している。空を飛ぶ軍艦。目の前で死んでいる男。そして、血…自分の手についた血。
「きゃあああああ!」
ミッカは絶叫して目を覚ました。浜辺にいたミッコがその叫び声を聞きつけ、小屋へと走る。彼はドタバタと水の中に転び、立ち上がり、また転ぶ。走るのを諦め、四つん這いで濡れた砂浜を渡った。
小屋に着くと、ミッカは座り込み、あの忌まわしい紋章が刻まれた鎧の肩当てを握りしめていた。彼は彼女をなだめようとする。彼女は彼を見上げ、そして、恐怖と混乱の涙を流し始めた。
彼女は全てを打ち明けた。ビジョンを、記憶の断片を、頭の中の声を、電気の拳を。膝を抱えて座り込み、震える声で言った。「怖いんだ、ミッコ。記憶が戻って…あなたや、村のみんなに、酷いことをしちゃったらって…」
ミッコは、気の利いた答えなど持ち合わせていなかった。だが、彼は彼女の隣に座り、精一杯の言葉を紡いだ。「落ち着けって…ほら、今日はレグルス兄貴のパーティーだろ?みんなが良い奴らだって分かるさ。そしたら…もし記憶が戻っても、悪いことなんてしないんじゃないかな。だって、俺たちは友達だろ?」
その拙い、けれど誠実な理屈に、彼女は戸惑った。そして、涙と恐怖の狭間で、二人は笑った。