6、世界樹の覚醒?
◆世界樹の覚醒
── サンディ帝国で平穏な日々を過ごす中、皇帝陛下オーデンから、世界樹の下へ行くかと問われたリコたちは、皇帝と宰相に連れられ、世界樹の下へ向かった ──
光があふれ、優しい歌声のようなものが聞こえてきた。
それは言葉ではなく、感情そのものの波動だった。喜び、悲しみ、希望、苦しみ ―― すべてが混ざり合った調べ。
リコとツカサの目の前に、二人の人影が現れた。
一人は空色の髪に銀の瞳を持ち、額に一本の銀色の角が生えた、人間なら十二歳前後の美少年? いや、よく見ると少女のようだ。
もう一人は金髪に紫の瞳を持つ、二十歳前後の女性。
(ようやく会えたね、選ばれし者に、代理人よ)
空色の髪の少女が微笑んだ。その声は直接心に響くようだった。
(私達は世界の管理人です)
金髪の女性が説明した。彼女の目は深い紫で、宇宙のすべてを知っているかのような知性に満ちていた。
(貴方たちは私達の加護を受けてここに来たのです。それとリコ。本来最初から、貴方は聖女の代理人として正式にこの世界樹であるユグドラジルの傍に召喚されるはずでした)
リコは声が出なかった。頭の中が混乱していた。聖女の代理人? 加護? 何もかもが理解できない。
ツカサが問いかけた。
「……ムーン王国の強引な召喚と、思わぬ障害が増えたために、召喚時の座標がずれたってことなのかな?……」
(その通りです)
空色の髪の少女が頷いた。
(ムーン王国の召喚者の邪悪な魔力が邪魔したのは確かです)
(そのせいで、本来召喚されるはずのない者までこちらの異世界に連れてきてしまいました)
金髪の女性が続けた。
「それでは……管理人って? 加護を授けたって? どういうことですか?」
リコがようやく声を取り戻した。
(簡単に言えば、私達は異世界同士のバランスを監視する者です)
空色の髪の少女が答えた。
(私が地球側の管理人。そしてこちらは、この異世界側の管理人、創成女神です)
(ムーン王国のような国が、自国の利益のためだけに召喚を乱用する ―― それは許されない行為なのです)
創成女神が厳しい口調で言った。
(だから私達は、聖女の代理人である貴方に、私達の加護を与えたのです)
「……そうか、だからリコが聖女の代理人に?」
ツカサが理解したように呟いた。
「聖女の代理人って……でも、なぜ私が?」
リコはまだ混乱していた。
創成女神が優しく笑った。
(貴方の魂が純粋だったからです。そして、貴方には「言霊を聴く力」があります。真の聖女や、この世界の声、苦しむ者たちの声を聞き、答えを出せる力です)
真の聖女? リコはツカサを見た。彼女は何も言わず、ただ微笑んでいた。しかし、その微笑みには深い悲しみが潜んでいるように見えた。
(ツカサ・ギンノ)
地球神がツカサに向かって言った。
(貴方は特別な存在です。召喚される前に失った命を、この世界で新たな形で与えられました。しかし、その代償として、直接世界樹から与えられた力を行使することはできなくなりました)
(だからこそ)
創成女神が続けた。
(リコが世界樹の代理人であり、聖女の代理人でもあるのです。世界樹の力は、リコを通してなら発揮できるのです。それがこの世界のバランスを守るためだからなのです)
光が強くなり、二人の姿が薄れていった。
(ただ聖女の導き通りに、ユグドラジルを完全な聖樹に戻すのは貴方たちの役目です)
地球神の声が遠のいていく。
(そうすれば、この世界に真の平和が訪れるでしょう)
(ただし、注意しなさい)
創成女神が最後に警告した。
(偽りの聖女が貴方たちを妬み、妨害しようとするでしょう。王国のキョウカは、自ら聖女だと偽り、力を改竄しました。彼女の野望は、この世界全体を手中に収めることです)
*****
光が完全に消え、リコたちは現実に戻った。
手を離すと、触れた部分の樹皮から黒い瘴気が立ち上り、やがて透明な光へと浄化されていくのが見えた。まるで樹が深い息をつき、長年の毒を吐き出しているようだった。
オーデンとセレニウスが驚きの表情を浮かべていた。
「見事ですね……」
セレニウスが呟いた。
「たった一触れで、これほどの浄化が……」
リコとツカサは自分の手を見つめた。何かが変わった。今まで感じていた「隠蔽」の感覚が消え、代わりに内側から湧き上がる力の流れを感じた。まるで長い間眠っていたものが目覚めたようだった。
「クニコ……いや、君の本名は何という?」
オーデンが真剣な面持ちで尋ねた。
ツカサはリコに優しく微笑んで頷いた。ツカサの読心術で、皇帝は信頼できると確信したのだろう。もう、偽る必要はないのだと。
リコは一瞬ためらい、そして決意した。
「私の本当の名前は業子。神代業子と言います。でも……今は、リコ。ただのリコだけでいいです。本当の力がどこまで覚醒するか、わからないので……」
オーデンは深くうなずいた。
「よかろう。ではこれからは、リコと呼ぼう。そしてツカサ殿 ―― 貴方の本名は?」
「ツカサ・ギンノは本名です」
ツカサは静かに答えた。
「でも、今の私は……世界樹の力を持つ者として、この世界のために生きることを選びます」
その時、ユグドラジルが微かに震えた。枯れかかった枝から新芽が吹き出し、黒い斑点が少しずつ消えていった。樹全体が柔らかな光に包まれ、広場全体に清浄な空気が広がった。
「ユグドラジルが……目覚めた」
セレニウスが感動の声を上げた。
リコはツカサの手を握った。二人の手のひらから、微かな光が漏れ、ユグドラジルに吸い込まれていくのが見えた。
「これが……私たちの力?」
リコが呟いた。
「違うんだよ」
ツカサが優しく言った。
「これは、私たちがこの世界とつながった証なんだよ。リコ、あなたは世界樹からの声を聞き、この世界の声を聞くことができる。私は……その声を形にする力を持たされただけ」
オーデンが二人の前に進み出た。
「リコ、ツカサ。我が帝国は、これからもあなた方を支援する。ユグドラジルの完全な覚醒、そしてこの世界の浄化のために、共に戦おう」
その言葉に、リコの目に涙が浮かんだ。初めて、自分たちが本当に受け入れられたと感じた瞬間だった。
「ありがとうございます」
リコは涙声で答えた。
「私たち……精一杯頑張ります」
ツカサは皇帝を見つめ、深く一礼した。
「世界樹の力は、リコを通してしか発揮できません。ですが、その力でこの世界を守り、すべての生き物が平等に暮らせる国を作るお手伝いをさせてください」
*****
その夜、宮殿では祝宴が開かれた。ユグドラジルの覚醒は、帝国全体に希望をもたらした。人々は歓喜し、リコとツカサを讃えた。
しかし、二人だけは静かな部屋に戻り、窓辺に立って夜空を見上げていた。
「ツカサ」
リコが小声で言った。
「あなたが召喚者でなく、命を失っていたなんて。新しく命を授けられていたなんて……それって転生していたってことじゃない。なんで教えてくれなかったの?」
ツカサは悲しげに微笑んだ。
「教えたら、リコ、あなただけでなく、周りの人達の誰もが私を特別扱いするようになるかもしれないでしょ? 私は……ただのツカサでいたかった。
あの時、探偵の仕事の手伝いでコンビニ前で彼に会うために待ち合わせていたのは話したよね。
その仕事って言うのが、ストーカーに脅迫させている人を守り、犯人を追い詰めるというより、もうすでに追い詰めて、後は犯人を捕まえるだけだったんだ。
それには、私がP.A.でストーカー被害の人から、私に犯人の目を向けさせることだった。ところが、どうやら演技が上手く行き過ぎたみたいで、犯人に逆切れされたみたいでさ。コンビニにストーカーの車が突っ込み、リコたちは巻き込まれる寸前に召喚されて五体無事だったけど、私は車に……
だけど、創成女神様や地球の神様たちが選択肢を与えてくれた。
地球で生き還ることは叶わないけど、この異世界に転生することを承諾するならこの世界で新たな人生を歩むことができるだろうと。
でも、代わりに異世界での召喚者たちの理不尽な扱いを失くし、最終的には召喚自体をなくしてほしいこと。それと世界樹の力を使えるようになる代わりに、異世界と世界樹を助けて欲しいことなどを頼まれたんだよ。
だから、リコたちよりも実は随分前に、私はこの異世界に転生して、時間を貰っていたんだ。
ただ、神様たちが言った通り、世界樹の力を直接全て行使することはできないんだよね。リコのことも利用する形になってしまったけど、リコと二人一緒なら世界樹は力を貸してくれるみたいだから」
「でも、それでいいの?」
リコはツカサの手を握った。
「本来は世界樹の……いいえ、ツカサ自身の力なのに、私が使うことになるなんて……」
「リコ」
ツカサは真剣な目で友を見つめた。
「リコは世界樹の声を聞くことができる。この世界の声を聞くことができる。それは、私だけではできないことなの。私たちはお互いを補い合う存在。一人では不完全でも、二人なら完璧になれる」
リコはその言葉に深くうなずいた。そして、心に湧き上がる確信を感じた。これから困難が待ち受けているだろう。王国のキョウカが妨害してくるに違いない。でも、二人なら乗り越えられる。
窓の外では、ユグドラジルが柔らかな光を放ち続けていた。その光は次第に強くなり、夜空を照らし始めた。まるで、新たな希望の灯りのようだった。
「これからどうすればいいのかな?」
リコが尋ねた。
ツカサは遠くを見つめた。
「まずは、ユグドラジルを完全に浄化しないとね。それから……この世界の差別をなくすために戦う。獣人も、魔族も、エルフも、そしてもちろん人間も、全ての種族が平等に暮らせる国を、帝国から始めていく」
「私も一緒に手伝わせてくれるんだよね?」
リコは強く言った。
「世界樹の声を聞き、この世界の声を伝える。それが、私に与えられた役目なんでしょう?」
二人は手を握り合い、これから始まる長い旅路を覚悟した。世界樹に選ばれた存在とその代理人 ―― その絆は、これからいくつもの試練を乗り越え、この世界を変えていく力となるだろう。
ユグドラジルの光はますます強くなり、帝国全体を優しく包み込んだ。新たな時代の始まりを告げる光だった。
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