4、 サンディ帝国?
◆ サンディ帝国
── このような歴史的経緯のある小国から発展した帝国は、召喚者たちをとても敬い、好待遇で迎え続けた。また50年の召喚の周期も、勇者とか聖女たちが長生きすればするほど恩恵とか加護とかが与えられて国が豊かになるので、誘拐も同然の召喚の儀式を慌てて行うことがなくなったのだ ──
数日間の逃亡の末、リコとツカサの二人はついにサンディ帝国の国境に辿り着いた。そこで目にした光景は、ムーン王国とは対照的だった。
国境の関所では、獣人の衛兵が人間の商人と談笑している。エルフの商人が店を開き、ドワーフが鍛冶屋で働いている。全ての種族が —— 少なくとも表面上は —— 対等に共存しているように見えた。
「ここがサンディ帝国……」
「これがサンディ帝国なんだね……」
リコとツカサが同時に呟いた。リコは偽名のクニコ・クロノとして、ツカサは本名のまま、国境を越えようとしていた。
「ん? どうやらこの国では、精霊や妖精たちの姿が、普通に人々に見えるくらいの「マナ」で溢れているようだね。ほら、リコ、話かけてくれてるよ? 答えてあげたら?」
ツカサが指摘した方を向くと、何か虫みたいなものが飛んでいる?
確かに、王国で逃亡中の森の中では、小さな光の玉がたまに見えると思ったけど、蛍じゃなかったのね……
それが、帝国内ではツカサの言う通り、蝶の羽根を持った可愛らしい妖精の姿だけでなく、様々な羽根の小人や動物の姿の者などが浮遊していた。その中の蝶の羽の小人がリコに近づいてきた。
「こ……こんにちは」
リコは少し緊張しながら挨拶を返した。妖精は手のひらサイズで、透き通るような羽根をひらひらさせながら、好奇心に満ちた目でリコを見つめていた。
「初めて見る顔だね。あなたたち、どこから来たの?」
「ムーン王国から来ました」
「隣国からだよ。よろしくね」
リコたちが答えると、蝶の羽根の妖精は目を丸くした。
「あの召喚ばかりする国から? それは大変だったね。でもここは違うよ。ここサンディ帝国では、召喚者を大切にするんだ」
妖精はそう言うと、仲間を呼び集め始めた。
たちまち、十数体の小さな妖精たちがリコたちの周りに集まった。羽根の色も形も様々で、中には人間と同じ大きさの精霊も混じっていた。
「彼女たち、ムーン王国から来たんだって~」
あ、男装しててもちゃんと女性だってわかるんだ、へえ~?
「リコ、妖精達は私達の本質を見ているから、服装には惑わされないんだよ」
なるほど?
「本当にあの酷い国から逃げてきたの?」
「よく来てくれたね~。ここなら安全だよ~」
妖精たちは一斉に話し始め、リコはその優しさに胸が熱くなった。ツカサも同じように感じているようだ。
「この国は本当に違うね。精霊たちも心を開いてくれているみたいだ」
妖精たちはリコたちに世界樹ユグドラジルの話をしてくれた。
かつては魔界樹と呼ばれ、瘴気を放つ危険な存在だったが、歴代の皇帝と賢者たちの努力で少しずつ浄化され、今では聖樹へと変わりつつあるという。
また、過去にこの地を訪れた召喚者たちの話も聞かせてくれた。彼らは皆、この国で敬意を持って扱われ、その知識や能力を活かして帝国の発展に貢献したのだという。
「でもね」
と一人の精霊が言った。
「完全な聖樹になるか、再び魔界樹に戻るか、今が一番重要な時なんだ。世界樹は今、大きな転換期を迎えている」
その言葉に、リコたちは何か運命的なものを感じた。
*****
関所の衛兵に事情を説明すると、彼らは驚くほど親切だった。逃亡者であるリコたちをすぐに保護し、温かい食事と清潔な衣服を提供してくれた。衛兵たちはリコたちの話を真剣に聞き、必要な手配を迅速に行ってくれた。
「ムーン王国からの逃亡者か」
数時間後、緑色の髪と空色の瞳を持つエルフの一見三十歳くらいにしか見えない男性が現れた。ただし、エルフを見た目通りの年齢だと思ってはいけないと、ツカサや妖精たちが教えてくれた。彼は優雅な物腰だが、目には鋭い知性が光る。その服装から、高位の官吏であることがすぐにわかった。
「私はセレニウス・ウェンディと申します。こう見えましても、この帝国の宰相なのですよ。
おや? 少年かと思い込んでいましたが、あなた方は女性だったのですね? なるほど、なるほど……どうやら本当にあなた方は大変な目に遭われたようですね」
リコたちは警戒しながらも、ツカサが大丈夫だとテレパシーで教えてくれたので、結局一部始終を話した。
召喚されたこと、キョウカと言う、一緒に召喚された女子高生が自ら聖女を名乗ったこと、王国が自分たちが不要だと思うと、まるで道具のように扱おうと考えていたらしいこと、そして偽名を使って能力を開示し、追い出される形で脱出したこと。
セレニウスはリコたちの話を真剣に聞き、最後に深くため息をついた。
「ムーン王国の所業はまたですか……彼らは五十年周期で聖女や勇者を召喚し、その力で周辺国を脅迫するのです。本当に瘴気を浄化するためならまだしも、単なる政治的な駆け引きのためだけに利用するのですよ」
「召喚するために、五十年も間隔を空ける必要があるのですか?」
ツカサが首をひねった。
リコも同じ疑問を抱いた。
「五十年周期なのは、なぜなのでしょうか?」
リコも尋ねた。
「ええ」
セレニウスはうなずいた。
「お二方の疑問はもっともです。
ですが、それを一言で説明するには時間が足りませんね。後ほど、この国の歴史と成り立ちに関する資料のご案内をいたしましょう。それに、実はその歴史は帝国にとってはとても恥ずべき暗黒の歴史なのですが……そのようなことがあるからこそ、今の帝国は召喚者たちを大切にすると言えますので、忘れてはいけない歴史でもあるのです。
そのおかげで、召喚された者が長生きすればするほど、その国に与えられる恩恵や加護が持続することもわかったのでね。本来なら、召喚は慎重に行われるべき儀式なのですが……」
セレニウスは首を振った。
「ムーン王国はそれを『誘拐同然』の速さで行うのです。
本来なら百年以上生きる可能性のある聖女や勇者を、ただの政治の道具として使い捨てようとするのですからね……かつての帝国のようにね。今回の件も、我が帝国への新たな脅迫の布石でしょう」
リコとツカサの胸の中に怒りが沸き上がると同時に、かつての帝国もそうだったという言葉に、セレニウスが恥ずべきことでありながら、そのことを決して忘れてはいけない大切な出来事だと思っていることを知っった。
そして、もし王国に捕まっていたら、自分たちもただの駒として扱われるところだったのだと。キョウカでさえ、聖女として祭り上げられるだけの道具に過ぎないのだとわかった。
「むろん。今の帝国では違いますよ」
セレニウスが続けた。
「ここでは召喚者を敬い、その意思を尊重しています。
もし君たちが望むなら、保護と住居を提供します。もちろん、帰りたいと言えば、方法を模索することに協力いたしましょう」
リコは黙った。現代日本に帰りたい気持ちは山々だったからだ。家族も友人も、慣れ親しんだ日常も全てあの世界に残してきた。
しかし、今すぐに帰る方法があるのか? それに、ムーン王国の横暴をこのまま放置していいのか?
「この国での召喚者の扱いはムーン王国とは違うようですが、元の世界に戻れるのか、戻れないとしても、定住するかは慎重に考えたいですね……」
ツカサの声がリコの思考にも重なった。
「そうですね。私も、少し……考えさせてください」
リコたちが答えると、セレニウスは優しくうなずいた。
「もちろんですとも。それまでは、ゆっくりと休むのがよろしいでしょう」
*****
サンディ帝国で数週間が過ぎた。
結局、リコとツカサは帝都の一角に小さな家を与えられることになった。定住するわけではないが、召喚者でなくとも、帝国で居場所を求める者や働きたいと望む者の、安全な住居を提供する仕組みができているようだ。
二人はそこで、とても穏やかな日々を送っていた。
家は木造でこぢんまりとしていたが、清潔で必要なものはすべて揃っていた。窓からは帝都の街並みが一望でき、遠くには世界樹ユグドラジルの巨大なシルエットが見えた。
もちろん、その間に、この帝国の歴史に関する資料や文献などをセレニウスが持ってきてくれて、召喚者をなぜ大切にしてくれるのか納得のいくことが分かった。
当分、人前ではクニコと名乗ることにしたリコは、職安の人事を管理する人の下で「相談顧問」としての職を得た。上位の妖精や高位の精霊たちの助言を借りながらも、決して鵜呑みにするだけでなく、自分自身の地球で得た経験を活かし、職安に相談に来た人たちに適材適所の職場紹介をしていた。
ある日、獣人の女性が職安を訪れた。彼女はウサギの特徴を持ち、長い耳を恥ずかしそうに隠しながら、職を探していると言った。
「今まで……ずっと厨房の掃除ばかりでした。でも、もっと違う仕事がしたいんです」
リコは精霊たちのささやきを聞いた。
《彼女は細かい作業が得意だよ》
《手先が器用で、集中力がある》
しかしリコはそれだけに頼らなかった。地球での人事の経験を思い出し、彼女とじっくり話をした。
「あなたは今まで、掃除の仕事をされていたんですね。その中で、特に得意だと思うことはありますか?」
「ええと……細かいところまで綺麗にすることです。あと、道具の手入れも好きです」
リコはうなずいた。
「それなら、工房での道具の手入れや、細かい部品の組み立て作業はいかがですか? ここに、時計技師を探している工房があります」
ウサギ獣人の女性の目が輝いた。
「本当ですか? やってみたいです!」
こうしてリコは、日々さまざまな種族の人々の相談に乗り、彼らに合った仕事を見つけていた。
時には、人間の商人がエルフの職人を雇うのを手伝い、別の時には、ドワーフが獣人の弟子を取るのを仲介した。少しずつ、リコの評判は広がっていった。
一方、ツカサは魔法と格闘を活かして、街の警備兵と言うか、日本で言えば交番勤務のお巡りさんみたいな仕事に就いたようだった。
しかし、非番や半日勤務で手が空くと、時折ふらりといなくなることがあった。
リコは、彼女が図書館などで、この世界の歴史について学んでいるのだろうと思っていた。実際、ツカサは図書館に通ってはいたが、それ以上に、この世界の「マナ」の流れや、世界樹の状態を調査していたようだ。
ムーン王国では隠蔽を使って姿を見せないようにしていたようだが、世界樹ユグドラジルのある帝国内では、ツカサは周囲の人に普通に姿を見せ、言葉を交わす時もリコ任せにせず、人々ととも良く話しをしていた。
「今日もたくさんの人を助けたてね、リコ」
夕方、家に戻るとツカサが話しかけてきた。
「うん。でも、これが本当に私の力なのかわからなくて……」
リコは窓辺に立ち、遠くの世界樹を見つめながら呟いた。
「どういうこと?」
「私が手を入れた水が浄化されたり、歩いた跡に植物が芽生えたり……あれは全部、私の力じゃない気がするの。妖精たちのアドバイス通りにしているだけなのに……」
リコは自分の手のひらを見つめた。この手から何か特別な力が湧き出ているようには感じられなかった。
「リコ……」
ツカサの声が少し曇ったが、リコは気づかなかった。
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