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穏やかな侵略者


 これは、侵略者の物語だ。


 かつて美しく豊かな国があった。歴史には、神ですらその美しさを讃え、その豊かさを欲しのだと伝えられている。


 その大地には空と雲、それに豊かな緑が描かれる。広がる水田は湖のようで、張られた水が鏡となり、辺りの山々を映し出した。


 そんな美しい水の国に水面(みなも)を割る波紋が生じたのは、若き王が立ってすぐのことだ。


 南方より領土拡大を図る隣国-火の国との争いを避けるため、新たな王は属国として従わんと考えた。そのことに気の荒い王弟や武闘派の者らが反対し、水の国を二分するいざこざが起こったのだ。


 この混乱に乗じて、火の国は水の国の一部をかすめ取る。


 それは常に他国への侵攻を図る火の国にとって当然の行動だったが、思わぬ形で火の国自身を追い詰める事態を招く。


 属国にならんと考えていた水の国の若き王だが、領土の一部を奪われたことで考えを変え、今度は火の国に対抗するため、周囲の国々と連合を作る画策を始めた。


 武力は劣れぞ、広い領土と豊かな田園を持つ水の国だ。


 そんな大国が火の国と敵対する国々と手を組めば、それは十分に脅威である。すでに火の国の属国だった国々も次々と離反し、権威が揺らぎ始めた火の国の中にも不安と混乱が広まった。


 水の国で起こった波紋は、二つの大国や辺りの小国を呑み込んで、大きな波へと変わっていた。



「水の国は我が一族が切り開き土地。住まうのは、我らの兄弟と呼べるものたちじゃ! そんな国が我らに逆らうとは、悪魔の陰謀に違いない!

 悪魔に取り憑かれた者どもを排し、我が子オシホミミが治むるべきが道理であり正道じゃ! 直ちに平定いたせ!」


 遠い昔の話を都合よく並べ、火の国の王は水の国への侵攻を命じる。


「オシホミミよ、軍を率い水の国へ行くがよい。」


「へ? は、母上、それはいささか早急かと存じます!

 まずは使者を立て話をすべきかと……」


 そうして王に命じられた火の国の第一王子オシホミミは、良く言えば平和主義、悪く言えば事なかれ主義の人物だ。彼は争いを好まない。王の発言を()わすようにオシホミミがそう答えれば、王はほかの者たちに意見を促す。


「ならば誰を使者となす? 誰か良い意見はないか?」


(……行けば殺されかねんぞ!)

(しかし兵を率いれば、戦争へと発展しかねん!)

(だいたい行ったところでどうする?)

(国を渡せと言って素直に渡すか?)

(脅しが通ったとしても、反発する者が多くあろう……)


 (いくさ)を仕掛けた相手へ使者として。しかも、和睦どころか国を奪おうという王の前で、何を言うのが正解なのか。

 問われた家臣たちは大いに混乱し、意見にならない小声が飛び()った。


 話はまとまらないように思えたが、一人だけ、明るくはっきりとした声で言葉を発する者がある。


「では、私が水の国へと参りましょう!」


 皆がその声の方に目をやると、そこには温和な表情の青年がある。ーーオシホミミの弟、第二王子のホヒだ。


「何をおっしゃいますホヒ様!? 

 王子を使者として遣わすなど!?」


「そうだよホヒ! おまえに何かあってはたいへんだ!」


「だからこそ私が適任だと思いますよ♪

 私を(ないがし)ろにしたり害すれば、問題になることは水の国にもわかることです。」


 反対する者は多かったが、王はまんざらでも無い様子。ホヒの提案を聞き王は、重鎮たる国一番の賢人、オモヒガネの方へと目をやった。


「ホヒはそう言うておるが、どうじゃ?」


 その答えを待ち、そこにいる者たちの言葉が止む。静寂の中、老人は目を閉じたままで問いに答えた。


「ーー妙案かと存じます。

 それにホヒは知恵者ゆえに、水の国の内情を調べるにも適任。先々、戦を始めるにも役立つものと……」


「よし! ではホヒよ、明日、水の国へ発つがよい。」


「ちょっ! 明日? え?

 だったら護衛をたくさんつけて……」


「兄上、兵は要りませぬよ。土産を運ぶ荷運び役に軽装な者を数人つけてくだされば十分です。」


「ホヒ様! それでは危険過ぎますぞ!」


「皆さま、あまり心配なさらないでください。

 水の国の王弟タケミナカは、気は荒いが曲がったことの嫌いな人物と聞いております。火の国に好戦的な者たちを彼が率いているのなら、武装していない者だからこそ、逆に襲いはしないでしょう。道中も目立ちませんし、その方が安全かと私は考えているのですよ♪」


「ーーオモヒガネ、どうじゃ?」


「はい。私もホヒと同じ考え、それが良きかと……」


 ホヒの提案がオモヒガネの賛同を得て、話し合いはまとまった。


 会議が終わり、その場を去る者たちの顔色はそれぞれ。不安な顔、不満な顔、何かを企む顔とそれぞれだ。


 その場に残るのは、満足げな王と弟を心配そうに見るオシホミミ。そして、うつむいたままのオモヒガネと使者として水の国に行くこととなったホヒだった。

 ホヒは、ほか三人がそれぞれ違う心持ちでいることを察してはいたが、どれにも微笑みで返してその場を離れる。

 そのあとは、帰り道に寄り道をしていくつかの頼みごとをすると、自分の部屋に戻っては旅の準備を始めた。



 ーーそして真夜中、旅の準備が一段落が着いた頃合に、ホヒの部屋へと訪ねる者があった。


「ホヒよ、此度(こたび)の件、実際おぬしはどう考えておる?」


 それは賢人オモヒガネだ。オモヒガネは部屋へと入ると、腰を掛けてすぐにホヒへとそう尋ねた。


「水の国は良い国と聞いております。平和で豊かで……兄上が治める国として理想です。」


「……奪うに、何が必要か?」


「時間ですかね? 急げば、豊かな水の国を手に入れられることなどないでしょう。」


 二人の掛け合いは少し言葉足らずだ。オモヒガネとホヒは実は師弟の間柄で、語らずともおおよそのことは通じ合っている。


 だがその上で、二人の考えには違うところがあった。それはオモヒガネは内心、水の国を攻めるのに反対なのに対し、ホヒは賛成し積極的に動いているところ。


「戦で領土を奪おうとも、豊かな田園も、そこに住む人々も手には入らぬ。それはおぬしもわかっておろう。

 しかしかと言って、ただ話をするだけで水の国が手に入るとでもおぬしは思っておるのか?」


「ははっ。先生、私もそう簡単には考えておりませぬよ♪

 だけど、我が国もこのまま戦の国として他国と戦い続ければ、いつかは日が沈むのは明らかです。

 水の国の持つ豊かな土地とその平和を手に入れるのは、我が国が、兄上の血脈が、未来永劫栄えるのに必要なこと。」


「何か策があるのか?」


「相手のことをよく知らぬ段階で、策というほどのものはありませんね。」


 ホヒの答えを聞いて、オモヒガネは沈黙した。


 けろりと楽観的なホヒに呆れたわけではない。状況を同じように認識しているのに、それでも水の国を奪おうというホヒの心に理解が及ばなかったからだ。


 そんな様子の師を見て察したホヒは、荷造りを再開しつつ語り始めた。


「私には、ここが歴史の流れを変える分岐点のような気がしております。」


 ホヒの呟くような静かな語りを、オモヒガネは黙って聴いた。


「歴史では、滅びた者や戦に敗れた者たちは(おとし)められ、悪として描かれ、崇める神は悪魔に変えられてしまいます。」


 それはオモヒガネがホヒへと教えた歴史の法則だ。人は都合よく世界を解釈し、都合よく物語を描く。歴史を読み解けばそんな浅はかな人の心が、いつも色濃く染み付いている。


「私は嫌ですねぇ、先生や兄上が悪として描かれるのは……

 でもこの国だっていつかは滅びるし、やっぱりそうなってしまうんでしょうかね?」


「ーー無名なわしなどはともかく、王となるオシホミミ様は、戦好きの野蛮な王として名が残るかもしれぬ。」


「やっぱり嫌だなぁ。

 兄上は決して戦など好んでおりませぬのに。」


「ならば、争わぬ道を選ぶこともできよう。」


「そうですねぇ。でも、今の火の国のままでは歴史が変わることはないでしょう。

 いずれ我らは自ら蒔いた火種に焼かれることになる……」


 そこで沈黙が流れたが、ホヒの言いたいことをオモヒガネは理解した。火の国の恒久の平和のため、水の国を奪い大国とならねばならぬこと。戦の国から脱却し、水の国のような豊かさを手にせねばならぬこと……


「ーーホヒよ、それは強欲が過ぎる。」


 そこでオモヒガネが漏らしたのは、そんな言葉だ。

 争わず国を奪い、国を変えて平和を得るというのは、そうとしか言いようがない。


「私は千年続く国が欲しいのですよ♪ 千年国が続けば、兄上や先生が悪く書かれることはありませぬ。」


 それでもホヒはそう返す。そんなホヒの返しにオモヒガネは思わず顔が緩んだ。


「ふっ……おぬし本気か? 争わずして国を奪うと。」


「はい♪ やってみようと思います。」

 

「目的には賛同するが……わしは何をするが良い?」


「先生は今まで通りで大丈夫ですよ♪

 時折、(ふみ)を送りますゆえ、先生ならばそれを見て上手くやってくれると信じております。」


 ーーそれから長い時間、二人は話し合った。


 二人はそれぞれ、考えを変えたわけでは無い。ただ、ホヒの語った遥か先の目標を、オモヒガネは本気であると受け取った。


 話し合ったのも、すれ違わぬようにしただけだ。今の状況と、今後変わるであろう状況と、状況に合わせた目標を擦り合わせた。


 ここから始まる「争わない国取り」は、この二人を中心になされることとなる……



 そして次の日。朝からは再び準備がなされて、昼過ぎホヒは水の国へと発つこととなった。


「危ないと思ったらすぐ引き返せ!

 母上はああ言うが私は水の国など要らぬ。おまえの命の方が大事ぞ! 絶対、無事に戻って参れ!」


「ふふっ、兄上、声が大きいです。

 母上に聞かれたら怒られますよ。」


 兄に見送られ、ホヒは火の国をあとにする。

 水の国を奪うホヒの計略は、すでに動き始めていた。


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