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物を捨てるということ

台所の整理は思った以上に順調だった。


何せ、捨てるものしかないのだ。

鍋もボウルもとても使えない。

でもこの状態でどうやって料理をすればいいんだろう。


「これ、見てほしいッス!」

「なに?」


箱の中を覗いて驚いた。

新品の鍋にボウル、他にも調理器具がぎっしりと詰まっていたのだ。

箱の外にはマーガレット商会と書かれている。


「これ、使えそうじゃない?」


私の声にどよどよと料理人たちが集まってきた。

手に取り、短い悲鳴に似た喜びの声。


「はーい、片付けはまだ終わってないよ!」


私の声にみんなが持ち場へ帰っていく。

湯沸し場の掃除も始まっており、片付けは順調だった。

そうだ。

カマリエナから侍女たちの部屋の片付けの手伝いも依頼されてたっけ。


「ディルムット」

「何だ」


私の声にディルムットが身体ごと向き直る。

怪力を発揮して、開かなくなった棚の扉を破壊しているところだった。

国王というより前線で敵をちぎっては投げってタイプね。


「私、侍女さんたちの部屋に行くね」

「俺も行く」


「女性の部屋だよ。着いてこなくていいから。ディルムットはこっちに残って」


私の言葉にディルムットは黙っていたが、小さくため息をつくと頷いてくれた。


「ありがと。また後でね」



台所とはうって変わって、侍女部屋は薄暗いムードだった。

服、アクセサリー、靴、色とりどりの髪留めと女性なら捨てにくいものだらけなのだ。

案の定、侍女たちは私が言ったグループ分けで既に難儀している。


こっちは強敵だわ。


「皆さん、手を休めてください」


私の声に侍女たちはホッとしたような顔をした。中心にカマリエナがいる。


姶良(アイラ)様。申し訳ありません」

「様はやめて。姶良と呼んで」


私は慌てて手を振った。

そうやって約束したというのに、カマリエナは陛下と貴方様の将来がどうのこうのといって、私を様づけで呼ぶのだ。


「集まってもらってもいいですか?」


侍女の年齢は多種多様。人種も様々だ。

とすれば正攻法よりも。


「こちらのお洋服で、ご自分が購入したものはありますか?」


私の声に侍女たちが顔を見合わせた。

それから部屋を見回して。ほとんどの侍女が首を振った。


「では、何かしらの思い出の品をお持ちの方は?」

「これです」


一人の侍女がメイド服の下から自分の首にかけたネックレスを見せてくれる。


「私の息子が小さなころに作ってくれたものなんですよ」


他の侍女たちも口々に何かを呟き、お互いのものを見せ合っている。

思ったとおりだ。


「皆さん、多くの方がそれを身に着けていらっしゃいますね?」


はっとみんなが顔を上げる。


「この部屋にあるもので皆さんが購入したものはほぼ無いに等しい。

また、あまり思い入れのあるものではないと認識しましたが、いかがですか?」


私は言いながらぐるっと侍女たちを見回した。

一番最初に「その通りです」とうなずいたのはカマリエナだった。

彼女はきれいにまとめあげた髪留めを私に見せてくれる。


「私にとって、大切なものはこれだけでございます」

「へぇ……きれいな色ね。(カンザシ)に似てるわ」

「かんざし、というのですか? 私の家に代々つたわるものなのです」


カマリエナの言葉を受けて、私はみんなに向き直る。


「洋服を粗末にする。アクセサリーを捨てる。

女であれば心が痛まぬわけはありません。

私も女だから分かります」


豪奢なドレス。

ぶどうの房をあしらったグリーンの髪飾り。

エメラルド色のパンプス。


「でも、自分自身の空間を奪ってしまうのであれば心を鬼にして処分しましょう」


私の言葉に侍女たちがこくりとうなずいたときだった。


「よし、任せろ」

「手伝うッス!」

「不肖、このエヴァンズめもお助けに参上しました」


うわわ。この人たち、どこから聞いてたの?


「ちょ、ちょっと。ま、数が多いほうがいいか。男の人にも手伝ってもらっちゃいましょ!」


そこからは順調だった。

この離宮に持ち込まれた多くのものは、彼らが購入したものではないことが幸いした。

思い入れが少ないので捨て始めたら一直線なのだ。


くいっと、ワンピースの裾が引っ張られる。


「姶良様……」


クローディアだった。ふああ、この子、本当に可愛い。


「私のお部屋の整理も手伝っていただけませんか?」

「これ、クローディア。姶良様をみなが待っているのだぞ」


エヴァンズが押しとどめた。


「大丈夫です。クローディアには部屋に泊めてもらいましたから」


私は言って、クローディアと歩き出す。

その隣にひょいっとディルムットが並んだ。


「なに?」

「俺も行く」


「わあ、ディルムット様も来てくださるの!」


珍しい獣を見るかのようにクローディアが眼を輝かせた。

いや、事実、そうなのだろう。私は侍女部屋の面々を見やった。

みな、黙々と作業をしている。


「じゃあ、皆さん、こちらはお願いしますね」


「いってらっしゃいッス」


「どうぞ、どうぞ」


何故かみんながニコニコと笑っている。どうしたのかしら。


扉を開け、廊下に出る。

風が吹き抜ける。

これもあの【風の吹く谷】というところから流れ出て来るのかな。

私はちらりと隣を歩くディルムットを見た。

背が高いから、どうしても見上げるようになってしまうけど、なんとなく嬉しそうだった。


「ねえ、姶良様」

「なに?」


「姶良様はディルムット様とはどういう関係なのですか?」

「国王様と汚部屋掃除係の関係よ」


「……お前な」


ディルムットを見て、クローディアがクスクスと笑った。

面倒な展開は勘弁よ。汚部屋の片付けに今の私は燃えているんだから!!

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