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国王と淑女の対決は汚れた台所で繰り広げられる

な、なんて汚い台所なの。

スパイスらしきもののビンが転がり、食べかけの弁当って……全く私の部屋と同じじゃない。


だから、パンとベリーしか出てこなかったんだ。

ご飯を作る場所がこんなに汚れていたら、何も作れなくて当然よ。


「大丈夫か、姶良。ここの汚れは……」


しゃがみこんだ私をディルムットが覗き込んでいる。


「お……」

「お、何だ?」


「汚部屋整理の基本、その一。捨てられるものを三秒で見極める!」


ガバっと立ち上がる私。そんな私を見てディルムットが笑う。

そのディルムットを料理人たちは呆気にとられた顔で眺めていた。



「カビてるものなんて食べられないでしょ!」


私の声に料理人は「はい、そうッス」とつぶやいた。

カビたスパイスしか入ってない棚なんて、棚ごと捨ててやる。

というかこの国は一体全体、どうなっているんだろう。

よくこれで悪い病気が蔓延しなかったものだ。


台所は食べ物が集まる場所だ。必然的に捨てるものは多い。

以前に私がいた日本のような真空パックも缶詰も無い。

よって、多くのものは腐っているか、カビまみれか乾燥しきって以前の姿をとどめていなかった。


「ひどい……もんッスね」


私の隣で作業していた料理人が肩を落とす。

この人のしゃべりかた、ちょっと可愛い。


「あなたたちのせいじゃないわ」


きっぱりと言った私に料理人は驚いた顔をした。


「こんなふうになったら、片付ける気力なんてなくなっちゃうものよ」


言いながらも私は手を休めない。

正体不明の物体の下には、古びたボウルが転がっていた。


「それ、料理長のものッス!」

「あら、よかったじゃない。見つかって」


私の言葉に料理人は顔を逸らした。あれ、私、何かいけないこと言ったかな。


「料理長は汚い台所はイヤだって言って出て行って、行方知れずッス」


私はボウルを手にとった。

経年劣化なのか、物の下敷きになっていたせいかは分からないがボウルの底には大きな穴が空いている。


「料理長って人がどんな人だか知らないけど、上に立つものは最後まで責任を取るものよ」


料理人がグスっと鼻をすすった。

そうよね。この人にとってはきっと思い出の品なのね。

突然、むんずとボウルがとられる。


「え、ちょっと」

「あ、あんた言うとおりッスよ! 料理長の馬鹿ヤローーー!」


料理人は叫び声を上げて、ボウルを布袋に叩きつけた。

他の料理人たち、侍女、ディルムットも含め、みながこちらを見ている。


ハァハァと肩で息をする料理人の男性。


「よっし、捨てたね」


私の声に料理人が振り返る。


「俺はサングリエ。副料理長のサングリエと申します。やっぱり、料理がしたいッス」

「ええ。ここは料理をする場所。必ず、私が生まれ変わらせてみせるわ」


私の声に他の料理人たちが声をあげた。


「さあ、みんな手伝って。まだ始まったばかりよ!」


私の周りにみんなが集まってくる。

次は何を、と口々に聞いてきて、熱気がすごい。



ふと、刺すような視線を感じて振り仰ぐと思ったとおり、宰相とリコリスだ。

客間用のテラスからこちらを見ていたのだ。


宣戦布告とでも受け取られたかもしれない。

でも乗りかかった船よ。

前世の私は元店長。責任を放棄して逃げ出すなんて、絶対にしないわ。


ところで、あのテラスの観葉植物、すでに黒ずんでるのが気になるわね。

あんなの前世の私の部屋にもあった気がする。

確かその名はサボテン……。


私が自分の部屋を思い出している中で、靴音が高らかに鳴り響いた。

紫のドレスを纏った淑女、リコリスが台所に入ってくる。

今日はゴージャスな金髪はツインテールだ。

なんと場違いな……。あ、ジャム踏んだ。


リコリスは私の方へその美しい瞳を向けた。


「あなた、物が勿体無いとは思わないの」

「腐ってしまったものを食べることはできませんよ。

一つの腐食は、新たな腐食を呼びよせますから」


ふん、とリコリスが鼻を鳴らした。

しかしこのリコリスって、すごく可愛いのよね。

ストレートの金髪は美しいし、スタイルもいい。着てるドレスもセンスがいいんだな。


ふーん、シルクじゃないな。レーヨンとも当然ちがうし、この材質は……。


「あなた……。なんで、私のドレスに触ってるのよ!」

「え、うわ、ごめんなさい!」


いかん、職業病だ。


「謝らなくてもいいわ。

そんなことより、教えてちょうだい。このゴミの山をどう処理するの?」


え?

夢の島問題ってこと?


そうよね。

捨てればその場所はきれいになるけど、物がどこかに移動するだけだし。


「ディルムット様の部屋から出たゴミだけでも大変だって言うのに」


甘い声をあげて、ちらりとディルムットを見やる。


「私の家がお力をお貸ししても、よろしくてよ」

「いらん」


鋭いディルムットの声。こっちはイケメン。眼福だわぁ。


「ですが、今月中にはきれいにしていただきたいものですなぁ」


もう一人の男が口を開いた。

お約束どおり、サザールだ。

今日もキザな山高帽子をかぶり、赤が基調のゆるっとした服。

これ宰相服なのかしら。コーディネートが性格の悪さまでかもし出してるわ。


「ディルムット様、このサザールめからご提案でございます。

六月の最も日の長い今月末、この離宮にて収穫祭の舞踏会を行いましょう」


しーんとした空間に、リコリスの声が場違いに響いた。


「素敵ですわ!

このマーガレット家、そのためなら労を惜しみません!!」


場違いまでにリコリスが大声を上げた。ディルムットは黙っている。

口を挟んだのはエヴァンズだった。


「お待ちください。収穫祭の舞踏会の日取りは陛下……ディルムット様がお決めになることです」

「その陛下であるディルムット様がお片づけをなさっておいでだから、私が決めたのですよ。

エヴァンズくん」


サザールのニタリとした笑み。こいつ、ザ・悪役って感じね。


「夏至まであと二週間です。陛下」


「分かった。

お前こそ、俺に恥をかかせるなよ。そのため、これ以上の物の持込は禁止とする」


サザールはしまったというようにリコリスを見やった。

そのリコリスは高慢な瞳を隠しもせずに、ディルムットをねめつけるように睨みつける。


「陛下。そのお言葉、お忘れなきよう」

「お前にそっくり、その言葉を返す」


私だけでなく、料理人も侍女も、いや、サザールまでもが美男美女の対決に目を逸らせずにいた。


「では二週間後」


紫色のドレスの裾を優雅に翻し、リコリスはお辞儀をした。

大輪の百合が咲いた背景が見えるようだわ。


「陛下。またお会いしましょうね」


美しき淑女は高き靴音とともに消えた。

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