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分からないことばかりだから、いっそみんなで掃除をしよう

宰相のサザールを追い返し掃除を続けていると、ノックの音とともに扉が開いた。


「失礼します」


この声はエヴァンズだ。

そのまま入り口で硬直している。


あれ、どうしたんだろ。


「こ、この部屋は……こんなに広かったのですね」


涙声。

いや、いつから物で埋まってんのよ。この部屋。


「エヴァンズ、これに見覚えはあるか」


メノウの乳鉢だ。白いミルクをたらしたようなマーブル模様がきらめく。


「これは……。前王のものでございます!」

「やはりそうなのか」


エヴァンズは一度口をつぐんだが、意を決したように言葉を紡いだ。


「ディルムット様、それは」

「とっておこうと思う。

とても美しいし、何より姶良が見つけてくれたんだ」


見つけたといっても、ずっとテーブルの上にあったんだけどね。

でも、このメノウだって新しい主が出来てきっと嬉しいはず。


「失礼します」


今日は客が多い。


「……失礼しました。間違えました」

「いやいや、待って、ここディルムットの部屋よ!」


「え?」


メイド服を着た侍女がなんとも間の抜けた声をあげた。

忘れもしない。最初に会った侍女だ。


白くなった髪をキュっと一つにまとめている。

そして黒を基調とした白いエプロンのメイド服はゆるく弧を描いて床に広がっていた。


これが本物のメイド服!!!

コスプレ会場でしか見たことないから興奮するわね。


私のよこしまな気持ちをよそに侍女はしどろもどろだった。


「し、失礼しました。あまりにもキレイで、その」


いや、気持ちは分かる。


「おお、シーツにカーテン。もう乾いたのか」


エヴァンズがニコニコして侍女の手からそれを受け取った。


「はい。……あの」

「もう下がっていい。お前もイヤだろう。

この部屋にいるのは」


棘と冷気を含んだディルムットの声に、侍女は下を向いた。

あー、どうしてディルムットは好感度を下げるようなことばっかり言うのかな。


もちろん、最初の対応を見ればディルムットの言うことも分かる。

でも、あの汚部屋の中でみんなどうしていいか分からなかったんだ。


だって、あの汚部屋はたぶん複数の人の念が染み付いていたから。


「あ、あの」


私は無理やり話に割って入った。


「シーツをつけてくれませんか?

こんな大きなベッド、一人じゃ無理なので」


侍女が不敵な笑みを浮かべる。


「いえ、一人で大丈夫でございます。私にお任せを」


そこからは順調だった。

私達がカーテンをつけ、侍女がきびきびとシーツをつける。

さらにシーツをつけ終えた侍女は、私たちがカーテンにかまけている間に雑巾を絞り、ディルムットが残した二つの棚を磨いていた。


エヴァンズが気づき、侍女に歩み寄る。

侍女の背中は小刻みに震えていた。

泣いている。もしかしたら、亡くなったディルムットの兄に仕えていたのかもしれない。


私にはまだ分からないことだらけのこの国の内情。

でも部屋がきれいになるにつれ、絡まった糸がほぐれていくような感じを受ける。


見ればディルムットもどうしていいか分からないというような表情だった。


「ディルムット、テラスに出ようか」


テラスの入口も最初は窓を物が塞いでいて、テラスの存在にはまったく気がつかなかった。

しかし一度見つけてしまったら出てみたくなるのが人間の心情ってものよ。


「きれいな夕日だねー」


ここにきて、何日めだろうか。

前の世界が恋しいとかそんなことよりも、今は目の前のことで私の頭はいっぱいだった。


「姶良。お前、俺の部屋の掃除が終わったらどうする」

「え……うう、まだ何も考えてません」


前の世界に帰れるのなら帰ったほうがいいのかもな。

やっぱり、無職は困るだろうし。

ああ、社畜概念が身についていてイヤになっちゃう。


「なら、この離宮を掃除しないか」

「え?」


「俺の部屋ほどではないが、大なり小なり全て汚部屋だ。

使用しないものに囲まれ、食べられもしない果物すら捨てられず、ホコリを大事にしている」


テラスの柱に手を当てたディルムットは、ぐっとそれを握り締めた。


「宰相とリコリスによって、この離宮には物が持ち込まれる。

みな、それの対処に追われているうちに互いを省みられなくなった。

俺もその一人だ」


言葉を切り、思い出すように言葉をつむぐ。


「ここに連れて来られ、最初は何かをしようと思った。

だが物に埋もれ、自分でもよく分からなくなっていた。そんなときにお前が現れたんだ」


だから、国政なんて分からないって言ったんだ。

それは本音なんだ。


「俺は俺のやり方しか出来ない。

だが、お前が一緒にいてくれれば掃除ができる。それをやってみたい」


嘘偽りの無い本音だ。私は胸に手をあてて、ニッコリと笑った。


「ええ、任せて。

私もあなたの部屋を掃除したら、何もすることがなくなるって思っていたところなの。

あなたの手伝いをさせてほしいわ」


小さな拍手の音に我に返る。

エヴァンズと、あの侍女だった。

侍女は泣き止んではいたが、眼が赤く腫れあがっている。やはり、前王の侍女だったのだろう。


「ディルムット様。不肖、このエヴァンズ。離宮を取り仕切る執事として、お手伝いをさせてくださいませ。

ここに控える筆頭侍女のカマリエナも同じ所存でございます」


カマリエナと呼ばれた女は深々とお辞儀をし、言葉を紡いだ。


「陛下。今までの非礼をお許てくださいとは申しません。

償いとして、生涯メイドとしての仕事でお詫びをさせていただけましたら本望でございます」



「お前たち……」


ディルムットは驚いたように、そして半ば照れたように顔を背けた。


「ほら、こんなときは笑って!」


私はディルムットを促した。


「わ、笑うだと」

「そうよ、明日からよろしくって」


言いながら私もエヴァンズとカマリエナにお辞儀をした。

日本式の深々としたお辞儀はお客様をお迎えする最上級のもの。


そして、そのまま二人の横に並ぶ。

執事服の男。

メイド服の女。

簡素なワンピースを着た私。


「分かった。三人とも」


ディルムットが私たちを見つめる。


「明日から、この離宮の掃除を開始する。よろしく頼む」


これが結果としては反乱の狼煙になるなんて、誰が想像しただろう。

だって、私だってそんなつもりは全く無かったのだから。

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