本格的な掃除を開始したら、さっそく邪魔者がやってきた件について
ディルムットの部屋から物が運び出されていく。
一番多いのはタンスでまさか十二個もあるとは思わなかった。
それを軽々と持ち上げて部屋の外に運び出すディルムット。
いや、あれを一人で持ち上げるっておかしいから。
私はため息とも、感動ともつかぬ息を漏らして、くるっと部屋を見渡した。
タンスがなくなっただけで、かなり広々している。
開け放たれた窓からは風が入り、ふわりとカーテンがゆれた。
薄い灰色なのは汚れのせいかな。
これも外して洗っちゃおう。
このころには部屋の中にテーブルが出現していた。
というか元々あったのだけど、タンスに阻まれて近づけなかったのだ。
当然テーブルの上にも物が乱立し、一見しただけではそれが何か不明なものもある。
今度はこれをグループ分けだ。
扉が開き、部屋の中を風が吹き抜ける。
「戻った」
「おかえりなさい。見てよ。テーブルに近づけるようになったよ」
ディルムットがこちらに歩いてくる。
今までなら物を避けながら、タンスの隙間を抜けながらだった!
あぁ、真っ直ぐに歩いてこられるなんて感動だわ。
「おい、何をヘラヘラしてるんだ」
何を失礼なと私が言い返そうとしたとき。
「これは……」
あー、そんな顔されたらそっちの話に乗るしかないじゃない。
「きれいね。こんなきれいな色をした乳鉢、見たことないわ」
「乳鉢、というのか」
この人、これが何かも分からないのに保管していたのかしら?
「乳鉢と乳棒です。硬いものをすりつぶすのに使うんですよ」
「そんなことより、これはメノウだな」
ディルムットは縞模様の乳鉢を持ち上げて、まじまじと見つめている。
「あなたの持ち物でしょ」
「いや、俺の記憶には無い。たぶん、前の主のものだ」
前の主。先代の国王様ってことなのかな。
「ここは俺の兄に当たる人物が使っていた部屋らしい。詳しくは俺も知らん」
しばしの沈黙。らしい? 知らない?
「え……」
「俺は私生児でな。王宮とは無縁の場所で暮らしてきた。
四年前に宰相のサザールに引っ張り出されてここに来たんだ」
苛立ったような指が机を叩いている。
「そのときには、当時の国王は病気の淵にいてな。
すぐに亡くなったよ。
この部屋はその当時の国王の部屋だ」
言いようのない吐き気が襲ってくるのが分かった。
自分の意思とは無関係にここに連れてこられ、会ったこともない兄の遺物が残る部屋で暮らしている。
そしてこの部屋には今も絶え間なく物が運び込まれる。
これは汚部屋の域を超えているわ。絶対に退治しなきゃ。
「いい鉱物だ」
ディルムットは乳鉢と乳棒を大切に持つと、そっと鉱物のグループに置いた。
「これほどの縞模様がでるのは珍しい。加工にも細心の注意が払われている」
私の気分とはよそに、ディルムットは少しやわらかい笑顔だった。
もしかしたら、初めてこの部屋で笑ったのかもしれない。
「ミルクみたいな色ですね」
「様々な色がある。特に縞模様が特徴なんだ。
これは俺のものではないが、場合によってはとっておこう」
「掃除って楽しいと思いませんか?」
私の言葉にディルムットは何も言わなかったが、テーブルの上の物を吟味する手は休めなかった。
翌朝。
私とディルムットはほうきとバケツと雑巾を持って部屋にいた。
「俺がこんなことするのか……」
「仕方ないでしょ。誰もやってくれないんだから」
侍女たちはディルムットの部屋に入るのを嫌がるのだ。
その理由はディルムットが嫌いというより、もっと別の何かに起因しているのかもしれない、と私は感じ始めていた。
「カーテンを洗ってくれるだけでもいいと思わなくちゃ」
ほうきでホコリを集める。こんなの高校の掃除以来だわ。
あぁ、文明の利器。掃除機が懐かしい。
物が無くなった場所にはうず高くホコリが積もっている。
これ以上、ディルムットをこの部屋で寝かせるわけにはいかなかった。
「すごいホコリだな」
「はい。何年分って感じですね」
二人とも簡易マスクに簡易メガネの重装備で挑んでいるからいいが、それがなかったらホコリを吸って喉を痛めているだろう。
「お二人とも、お手を休められてはいかがですか?」
男の声に振り返る。
黒いちょびひげを生やした華奢な男だ。頭には山高帽をかぶっている。
センスがよく分からないけど、この男の人の赤い洋服もどうなんだろう。
品がないというか。
でも服の織り地には金糸が織り込まれているように見える。
身分の高い男なのは間違いなさそうだ。
「サザールか」
ディルムットが短く応答する。あの淑女のリコリスが宰相と呼んでいた男だ。
「呼んでおいてすまないな。少し待て」
「……陛下。私は忙しいのです。宰相としての仕事が」
「待てと言ったんだ。この国の王は、俺だ」
今までに聞いたことのない恐い声だった。
マスクにメガネをしているので、すぐ隣のディルムットの表情は読めない。
でも、きっとものすごく怒っている。
サザールと呼ばれた男は肩をすくめると、嫌そうに近くの椅子に座った。
国王の前とは思えないほど横柄な態度だ。
「姶良、ボーッとするな。そこのゴミを取ってしまうぞ」
「あ、はい」
ちりとりを片手にゴミを掃き、そのまま布袋へ移そうとしたそのときだった。
何かが光った。
ディルムットはそれに気づかなかったようで、マスクとメガネを外しながら、サザールの元へ向かっていく。
「部屋はホコリっぽい。テラスへ出ろ」
サザールはその背中をしばしねめつけていたが、ふんと鼻を鳴らして立ち上がった。
そのまま、ちらりと私を見て。
「ふうむ、汚い女だ」
は。なに、こいつ。
汚いのはあんたの心でしょ。
私はホコリを手に取り、サザールに向かって投げつけた。
「や、やめろ!」
サザールは慌てたように、ディルムットを追いかけてテラスへ出て行った。
「はぁ」
ため息が漏れる。
そのままホコリの中に手を突っ込む。
やっぱり、何かが光っている。
ホコリの奥から取り出したそれは赤く光っていた。
たぶん宝石よね。すごくキレイだもの。
とりあえずポケットへしまう。
ディルムットのものか前王のものかは分からないけど、大切なものだと私の勘が告げていた。
「お待ちください、ディルムット様」
苛立ったようなサザールの声が部屋にこだました。もう、戻ってきたんだ。
「何が悪い。不要なものを返しただけだ。
あと、もう持ってくるなと言ったんだ」
最初に会ったときとは別人のようだった。
太陽の光の下で金髪がきらめき、その同じ金の瞳は獲物を狙うライオンのように鋭い。
何度も言うけど。イケメンだ。
「別に俺は国政に関与しようというわけじゃない。
部屋を片付けるうちに、俺には国政なんて無理なことがよく分かった」
言いながら私の隣にあった石を拾い上げる。掃除中に出てきたものだ。
「だが、この離宮くらいは好きにしてもいいだろう」
サザールは無言で私を睨みつけている。
今までは無気力だったディルムットに火をつけたのは私だ。
宰相様にはそれがお気に召さないだろう。
「サザール様。私はただの汚部屋掃除人です」
「……お、べや……?」
きたきた、この反応。
接客の基本だ。厄介な客には反論できない言葉をかませつつ、丁寧に対応して。
最後はお帰りいただく。
「まだこの部屋はホコリまみれの箇所がございます。これから、そこを掃除しますが」
「あぁ、この棚のホコリは危険だな」
雑巾で無造作に払うディルムット。
「おやめください!」
マスクをしていないサザールが悲鳴に近い声をあげた。
「では、出てゆけ。今すぐにだ」
ディルムットの声にサザールは乾いた笑みを浮かべ、素早く扉のそばに移動した。
「陛下、明日はリコリス様が参ります」
ディルムットが再度サザールをにらみつけたときには、ゆっくりと扉が閉まるところだった。
来なくていいよ。
明日も一波乱なのかな。
せっかくきれいになってきたのに。
あの人たちがゴミ出しでもしてくれるんなら大歓迎なんだけど。