最後に立っているのは誰?
私は恐る恐る目を開けた。
すぐとなりに立っていたのはディルムットだった。
金色の髪。同じく金の瞳。あなたは約束通りに私を助けに来てくれたんだ。
「陛下、なぜ……!」
初めてリコリスが驚愕の叫びをあげた。
「お前がさっき言ったじゃないか。カタコンベがこの工場につながっていた。ただ、それだけだ」
ディルムットが私を見る。
その表情は怒っているようでもあり、泣いているようでもあり。
でもその複雑な表情はすぐにかき消え、私を見て安堵したようだった。
「姶良、許してくれ。お前を恐ろしい目に合わせてしまった。……俺の落ち度だ」
そのままゆっくりと目線をサザールに向け、微笑んだままのリコリスに移す。
その口から恐ろしいほど冷たい声が流れ出た。
「姶良にしたこと。他の者達を苦しめたこと。全て、償ってもらおう」
「恐ろしいことをおっしゃらないで」
着物ドレスの裾をつまみ、リコリスはいつものように淑女の挨拶をしてみせた。
「陛下のお好きな着物のドレスだって、私のほうが上手に着こなせますわ」
「くだらん」
ディルムットの手に炎がともった。
「陛下……」
甘い声をあげ、リコリスも自分の手に炎をともす。
「仕方ありませんね。今度はこの工場を爆発させますわ。火薬は沢山仕込んでありますの」
「そんなことしたら、みんな死んでしまうじゃない!」
「ご心配なく。術者である陛下にこの程度の火は効かないわ。
そして、私は王家の石に守られる。死ぬのはお前だけよ」
その言葉が終わらないうちに炎が弾け飛び、私は身を伏せることしかできなかった。
せっかくディルムットに会えたのに。
何も伝えられずにこんなところで死にたくないよ。
轟々と風が唸る。
風の音が聞こえること言うことは私、生きてるんだ。
ヒンヤリとした冷気に包まれて私はゆっくりと顔を上げた。
その私の腕の下で男が小さく声を上げる。
私はハッとして自分の胸元の石に手をやった。
石からは冷たい冷気が流れ出し、頭上からはキラキラと雪の結晶が降り注いでいたのだ。
それは部屋全体に降り注ぎ、リコリスの放った炎は跡形もなく消し去られていた。
信じられない思いで前を向くと、そこには憤怒の形相のリコリスが立っていた。
「お前……、この妖術師が!」
「妖術ではない。これが本物の王家の石の力だ」
ディルムットが左手にともした炎に力を込めるのが分かった。
残念そうにリコリスがため息をついた。
「しぶとい小動物ですこと。お望みとあらば、一緒に焼き払って差しあげますわ」
リコリスが力を込める。リコリスの赤い石がその強さを増すのが分かった。
炎は紅蓮のムチのように唸りを上げると、一気に天井を焦がし尽くした。
石が溶けて融解した物体が降り注いでくるが、次の瞬間に溶けて虚空に消え失せる。
今は氷のバリヤーに守られているからいいけれど、もっと強い炎が来たらどうなってしまうんだろうか。
「王家の石が二つあるとは聞いておりましたが……。本当だったのですね」
リコリスが笑みを浮かべ、甘い声をあげる。
「陛下、あなたは直系でもなく石も持たない。
……本物の石を持つ私に勝つことはできませんわ。私、あなたを殺したくありませんの」
炎がさらにその渦を深める。リコリスはその炎の中であの淑女の笑みを浮かべている。
「お願い。どうかその手を降ろしてくださいませ」
「バカな。本物が二つもあるわけはなかろう」
ディルムットの声と一緒に炎が強さを増した。
対抗するためにリコリスが腕を突き出した。その瞬間。
乾いた音をたててリコリスの赤い石が砕け散り、ドレスを突き破るのが私にも見えた。
そして、そのままリコリスは炎に飲まれ、一瞬にして焼失した。
恐ろしさのあまり目を閉じる。
轟々と風がうなっている。
お願い。もう、こんな悪夢は終わってちょうだい。
目を開けると、私は廃墟の中にへたりこんでいた。すぐそばに男が横たわっている。
待ってよ、ディルムットは。
ふいに誰かが背中から私を抱きしめた。
「姶良、生きて、いるな」
その声は震えていて、どこか涙声にも似ていて。
「うん、生きて、る」
私はまだ実感がわかず、それでも何とか答えたくて言葉を振り絞った。
ディルムットが私を強く抱きしめるのが分かった。
私、生きてるんだ。
「ううあー。イチャイチャしないでくださいよ」
男の声に我に返る。横たわった男がニヤニヤとしながら私に手を振っていた。
「あなた、大丈夫なのね……」
「あんたの冷たい空気に触れたら、身体がとたんに楽になりやした。神様だね、あんたは」
私はあまりのことに顔を覆った。何が起きたかわからないけれど、この男は死なずにすんだ。
「姶良様、災難でしたな」
床下の通路から声がする。
「エヴァンズ!」
「遅いぞ」
「やや、陛下。カタコンベの地下墓地をあのように馬で飛ばすものではありませんなぁ」
エヴァンズが面白くてたまらないというように笑った。
ディルムットは「うるさい」とつぶやくと、私に向きなおった。
「姶良。帰ろう。料理長がうまい飯を用意して待ってるぞ」
左手が差し出される。私は涙を拭って、その手をとった。
「うん。帰ろう。私達の離宮へ」




