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最後の対決

私は何とか声を振り絞る。


「あなたがそれを持っているってことは」

「そうよ。私がこの国の王にふさわしいという証なの」


リコリスの高笑いが部屋に響いた。


「サザール、立ちなさい」


ふらふらとサザールが立ち上がった。


「もう終わりにしましょう」

「ほ、本当ですか。今日は仕事がお早いですな!」


サザールは懐に入れていた手を出して、両手を広げる大仰な仕草をとった。

しかし、その言葉は最後まで言い終わることがなかった。


その胸に深々と短剣が突き刺さったのだ。


硬直する身体。

リコリスに向かって伸ばされた腕。その腕はいとも簡単に淑女によって振り払われる。

私は声も出ず立ち尽くしていた。


「大丈夫?」


不気味なまでに優しいリコリスの声。

「ねえ、サザール。あなたがこの工場の首謀者だったということにしましょう。

そして、ディルムット様のお気に入りを殺した犯人になってちょうだい」


私はリコリスを見るのも恐ろしく、倒れたサザールを見つめていた。

おそらくリコリスの声が聞こえたのだろう。サザールの頭が僅かに動く。


「よかったわね。もうあなたが苦しむことはなにもないわ」


聖母のように美しい笑みを浮かべ、リコリスが私に向き直る。

部屋の真ん中で倒れたサザールを軸にして、私は部屋の奥に追い詰められ、リコリスは覆面を従えて入口の前に立っていた。


「私、あなたのことは気に入ったの。だからチャンスをあげる」

「チャンス……?」

「今から爆破の準備をするわ。爆発までに部屋から逃げられたら、今日はあなたの勝ち」


にっこりと笑い、ドレスの裾をつまんで小さく会釈した。


「この王家の石は火の魔力を内包している。そして、私は自由にそれを使えるの」


ゆっくりとあげた顔には美しい笑みはなく、冷たい悪魔のような表情が張り付いてた。


「蒸し焼きにしてあげる。逃げられない部屋でじわじわと苦しんで死になさい」


次の瞬間、扉が閉じた。鍵のかかる音。

私は自分の胸にかかった赤いネックレスを握りしめると、こみ上げてくる吐き気を抑え込んだ。


吐いてる場合じゃない。

ここから逃げ出さないと。


私の持つ赤い石とリコリスの持つ赤い石。

いったいどういうことなのか、頭がついていかない。

どちらかが本物で、どちらかが偽物なのか。

それとも、どちらも本物なのか。


そのとき、私の耳がまた風の唸りをとらえた。

出口を探さないと。私は震える足を無理にでも動かした。

風の音が聞こえるということはどこかに通路があるはずだ。それは確信に近かった。

離宮でも同じように音を聞き、同じように部屋があった。

あの馬車の窓も塗り込められていたけれど、隙間風は入ってきた。


どこかに、あるはずだ。音を頼りに壁を触る。

ひゅうんという音がして、赤い石が冷たくなったように感じられた。


「ここ……」


私は横たわった労働者を迂回して大きな機織り機の真下の床に耳をつけた。

かすかに水の流れる音がして、ひゅうひゅうという風のうなりが強くなった。同時に赤い石も冷たさを増したようだ。


そういえばあの時、ディルムットは短剣を使って石を外してくれた。

とがった硬いものがあれば同じようにできるはずだ。


私はあたりを見回して、倒れているサザールに近づいた。

足元に何かが落ちている。

それは柄に精緻な飾りが施された短剣だった。おそらくサザールの護身用のものだろう。

死者の持ち物に触るのは気が進まなかったが今はそうも言っていられない。


私は床の継ぎ目にナイフの刃を立てるとそれをテコの原理で剥がそうとした。

しかし、石はびくともしない。力が足りないのか。刃の長さが足りないのか。

何度やっても石は外れる気配さえない。焦りのあまり、自分の手が震えてくるのが分かった。


「貸して、みろ」


低い声がして、私の手にあったナイフを誰かが奪い取るのが分かった。

すぐそばに横たわっていた労働者だ。手の皮膚はヒ素毒でただれ、あまりにも痛々しい。


ぐっと床にナイフをおしたて、男は低い唸り声を上げた。

私は祈ることしかできなかった。

赤い石が冷たさを増す。瞬間、キラキラと輝く何かが石の上で弾けるのが分かった。

がぐん、とナイフが石の隙間に入り、滑るように飛び出てきた。隙間から覗き込むと、通路が見え、水の流れる音もする。

男はナイフを扱い損ねたのだろう。

少し手を切ったようで、小さくうめくとまた横になってしまった。そのまま小さく言葉を紡ぐ。


「カタ、コンベか……」


私は男の言葉が気になったが今は聞いている余裕はない。

音をたてないように、静かに、だが急いで石を外す。そのときだった。

機織機側の石が崩れ落ち、機械ごと下に落ちていったのだ。

すさまじい音に私は耳をふさいだ。

こんな音がしたらリコリスが来るのは時間の問題だ。


「逃げましょう!」


だが、ナイフで石を外した男は倒れたまま動かなかった。


「どうしたの、しっかりして!」


男は私を見て口を動かしたが声にならなかった。私は男の手を見てギクリとした。

ただれた皮膚が紫色になっている。

もしかすると、サザールのナイフには毒が塗ってあったのかもしれない。

考えるのは後だ。

倒れた男をどうにか起こし、肩に手をかけたその瞬間。扉の開く音と一緒に声がした。


「運のいいこと」


リコリス。


「大きな音がしたから来てみたら」


私は、男をかばったままリコリスに向き直る。


「カタコンベに通じていたのね。この下は」


呟いたリコリスのそばに覆面はおらず、彼女は一人だった。


「あの覆面たちはみんな燃やしたわ。あなたが最後よ」


私はリコリスをにらみつけることしかできなかった。悔しい。


「そんな薄汚いものをかばって、こんなところで死ぬなんてねぇ」

「……命に優劣なんてない。ましてや、薄汚いなんてものはないのよ」

「綺麗事を!」


私の眼前に炎の渦がひろがり、恐ろしいまでの熱気が私と男を包み込んだ。

イヤだ。こんなところで死にたくない。

ディルムットに会うまでは死ねないのに。

私はきつく目を閉じた。

世界が終わってしまう瞬間、リコリスを見ていたくなかったから。

しかし、熱さはいつまでも襲ってこなかった。


「そうだな。この程度の火は綺麗事だ」


聞き覚えのある声。私がこの世界に来て最初に聞いた貴方の声。


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