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汚部屋と国王と淑女と不法侵入者の私

鳥の声で眼が覚める。


昨夜のジャージではあまりにもと、エヴァンズが持ってきてたリネンのワンピースに袖を通した。

揃いのズボンもついており、お部屋の片付けにピッタリのスタイルだ。


扉を開けようとすると、逆にノックの音が返ってきて私の返事を待たずに扉が開く。


昨夜のエヴァンズと、その背中からかわいらしい少女がこちらをのぞいていた。

髪の毛をポニーテールに結い上げ、グリーンのリボンを結んでいるのが印象的だった。


「おはようございます」


私の挨拶にエヴァンズは笑顔を返した。


「朝食でございます。

一時間ほどしたら、陛下の部屋までお連れいたしますがよろしいでしょうか?」


私はその言葉に力強くうなずいた。

昨夜、ハウツー本の記憶を読み起こしながら眠りについたのだ。


「クローディア、姶良様にお食事を」


クローディアと呼ばれた少女が朝食をテーブルに置く。


黒い髪はエヴァンズと同じ色だ。

長い黒髪をポニーテールに結い上げ、グリーンのリボンをしている。

着ているワンピースもグリーン。

惜しい。少し色がかち合いすぎてるわ。


テーブルに目をやると昨夜と同じく、パンとベリーがおいてあった。

この国は三食ともこのスタイルなのかな。

国民みんなでダイエット中?


「美味しいですか?」


食べ始めた私にクローディアが質問してくる。

年は十三歳くらいか。日本なら中学校に通っている年齢だろう。

子どもの愛らしさが消えるかわりに、大人びた表情が時々見える時期。

洋服選びが難しく、だがとても面白いときでもある。

何色が似合うかと私はトリップ仕掛けて、慌てて目線を戻した。


「美味しいよ。ありがとう」

「はい。私が朝食にお庭で摘んだものです」


庭という言葉に私は驚いた。

ディルムットの部屋は窓まで物が積み重なっていたので、外の様子がまったく見えなかったからだ。


「では、姶良(アイラ)様」

「様はいらないです」


私の転生、第二日目が始まった。



「本当に来たのか」


げんなりとしたディルムットの声に、私はニッコリと笑った。


「ええ。汚部屋片づけの勝負はこれからですから」


言いながら部屋を見回す。

昨夜、床の物をまとめて捨てられるものを捨てた。

だが、まだ部屋は雑然としている。


「汚部屋整理の基本、その二。物をグループ分けします!」

「いや、まだやるのか……」


ため息をつきながらディルムットが立ち上がった。


「で、俺は何をすればいい」

「手伝ってくれるんですね。じゃあ、隣に座ってください!」


とまどったように私の隣に座るディルムット。

その鼻先に私はすっと石を突きつけた。


「これは、何ですか」

「岩石だ。大理石だな」

「グループ分けするなら、岩石ですね」


私は大理石を床に置いた。ここを岩石のコーナーにしよう。


「じゃあ、これは」


「石墨だ」

「せきぼく?」

「お前、鉛筆は使ったことがないか。それの芯に使われるものだ」


鉛筆なら使ったことがある。でも、その原料がこれだとは思わなかった。


「とすると、これも岩石ですね……」


「ちがう!」


ディルムットの大声に私は文字通り飛び上がった。


「ち、ちがうんですか?」

「それは鉱物だ。

厳密には岩石の一部だが、俺は区別している」


本人が区別しているならそのルールに従うのが一番だ。

私はさっきの岩石と真逆の場所に鉱物を置いた。

銀灰色の塊は、さっきとは違ってなんとなく誇らしげだ。


「これは、黒曜石だ」


目の前に夜の闇のように美しい石が突き出された。


「きれいですね。これって何になるのですか?」

「主に切るための道具だ。割ると端が鋭くとがっている」


言いながら、ディルムットはそっと岩石のグループにそれを置いた。

思ったとおりだ。

この人、石マニアなんだわ。

石マニアの国王。新しいなぁ。


「いい感じです!」

「え……」

「この調子で、どんどんグループ分けしちゃいましょ。

石も一人ぼっちのときより、絶対に喜んでますよ」


私は部屋を見渡した。まだまだ物であふれている。

けど、きっとあちこちに同じように石があるはずだ。

それをグループ分けしてあげられると思うと、ワクワクが止まらなかった。


「お前の名前は何だったか」


ディルムットは口ごもりながら、私のほうを見た。


「姶良です」


洋服ダンスの扉を開ける。

なぜ分かったかというと、扉の端から袖の一部と思われるものがはみ出ていたからだ。


思った通りだ。

中にはぎっしりと洋服が詰まっている。

可哀想にと思いながら、私は自分を恥じた。私のクローゼットだって似たようなものだったからだ。


「全部、俺のものじゃない」

「へ?」


私は振り返った。


「見知らぬ誰かのものだ。ずっと、ここにある」

「……そんな」


そんなのディルムットにも、洋服にも失礼だ。


「これは捨てていいものなのか?

俺が着ないからって捨てていいのか?」


うう、こういう所在者不明の物って断捨離中に一度どころか何度も陥るところだよね。

でも。


「捨てましょう。ところで、このタンスは必要ですか?」

「いらん。これも俺のものじゃない」


なんか腑に落ちないことがたくさんあるけど、今はやるしかない。

私はさっきの石墨で、家具に大きく×印をつけた。


「ディルムット殿は、石をお願いします」


私の言葉にディルムットは何故か顔をゆがめた。

あ、怒ってる。


「あの……」

「そうだな。好きにする」


険悪な雰囲気。

んんん、これってもしかして。


「ディルムット殿」

「ディルムットでいい」


「一緒に、片づけしましょう。私にも岩石のことを教えてください」


接客の基本だ。相手のペースを維持しつつ、私のやりたいことをやる。

今までは最後はお客様に購入してもらったけど、今は逆だ。

必要なものを残し、不要なものを捨てることが私の目標なんだから。



石のグループ分けは順調だった。

そのうえ、見た目よりもディルムットは力があり、大きな石もひょいひょいと持ち上げるのだ。


「これは何ですか?」

「閃緑岩だ」

「せんりょくがん?」


大きな一枚の板のような岩だ。

ディルムットがすっと手のひらを出した。そこにボッと音を立てて炎がともる。

えええ、この人、国王だけど手品師でもあるの?


「岩を見てみろ」


炎が近づくと、その揺らめく光を反射して黒い表面が美しく輝いた。


「キレイですねぇ」


暗い灰色をした地味な岩がこんなに美しく光るなんて。


「この岩は硬くて簡単には傷がつかない。

ゆえに、これに刻んだ文字は何千年という歳月を生きることが出来る」

「す、すごい」

「この岩に俺の業績も刻まれる」


あ、そうか。この人、王様なんだもんね。

でも。


「お前の言いたいことは分かる。俺は何もしてない。


王なんて名ばかりだ。汚部屋出身とでも刻まれるんだろうよ」


「そんなこと」


言いかけたそのときだった。


バンと扉が開いた。侍女でもなくエヴァンズでもない。


そこには淑女が立っていた。

金色の髪をゴージャスに結いあげ、薄い紫のドレスを着ている。

瞳は吸い込まれそうなブルーだ。

肉感のよい身体で、下世話な言い方をすれば色っぽいというのだろうか。

しかし、淑女然としたオーラがそれをうまく打ち消している。


けど、この汚部屋にはあまりにも似つかわしくない風貌だ。

「陛下。今日もお土産を持ってきましたわ」


その淑女は甘い声をあげながら部屋に入ってきた。

香水の匂いが部屋に香る。

この匂いってパッサージュ ダンフェに似てるわね。確か彼岸花のエキスだったかしら。

私が鼻を効かせる中で、二人の男女は言い争いを始めた。


「いらんと言っている」

「そんなことを言わずに」


突然、淑女の後ろにいた男たちが物を運び込んできた。


「ああああ、ちょっと待ったああああ!」


私は淑女を制して、前に進み出た。

私の剣幕に驚いたのか、男たちまで後ずさる。


「この部屋は断捨離中です。プレゼントもお土産も、今はいりません」


汚部屋整理の基本その三は物を持ち込まないこと。

これが意外と難しいのよと心の中で思い浮かべた私を、金髪の淑女は胡散臭げに眺めている。


「なんなの、あなた」

「え、私は……」


不法侵入者が一番正しいけど、それを言ったらおしまいよね。

考える私を尻目に女性は先に口を開いた。


「私の名前はリコリス・マーガレット。商人エンデルク・マーガレットの一人娘よ」


流れるような声も美しく、商人の娘とは思えない。むしろ、貴族みたいな感じ。


「そして、陛下の花嫁となる人間でもあるわ。

こうして毎日、陛下に贈り物をしているのもそのためなのよ」


リコリスが得意げに笑った。不要な贈り物をして、そんな得意げに笑われても困るな。

あ、いいこと思いついた!


「私は、汚部屋清掃人の姶良(アイラ)です」

「あいら?

それに、おべや、ですって?」


リコリスも面食らったような表情になった。この世界にこの言葉は無いらしい。


「汚部屋を片付けることで、依頼主の健康を取り戻します」

「依頼?健康?」

「今回、ディルムット様から依頼されてここに来ました」


嘘も方便よ。

私はちらりとディルムットを見た。この嘘にディルムットがどう乗ってくれるか。


「陛下」


甘いけれど不満げなリコリスの声。


「そうだ。俺がこいつに片づけを頼んだ。それが終わるまでは物はいらない」


言って、リコリスをねめつけるように睨んだ。


「それから、当分、来なくていい。片付けには時間がかかるからな」

「そんな恐い顔をなさらないで。分かりました。

宰相のサザールには私からご報告しておきますわ」


にっこりと笑って、ブルーの瞳を細める。まさに淑女の美しさ。


「ただ、これを持って帰るのは面倒なので置いていきますわね」


男たちは部屋の扉のすぐ横に箱を積み重ねた。

こんなことされたら汚部屋になって当然じゃないの。

このリコリスって人、何を考えているのかしら。


そのまま、ゆっくりと扉が閉まる。

ディルムットは国王とはいっても、本当に名ばかりの王様なんだ。

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