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秘密は幾重にも張り巡らされる

「聞いてる?」


リコリスの声に我に返った。


「馬車の件ですね」

「飲み込みが早くて嬉しいわ」


「あなたは私の居場所を知っていた。そうでなければ、あんなふうにピンポイントでは狙えない」


リコリスが立ち止まり、振り返る。その表情は心底不思議そうなものだった。


「さすがは転生者様」


嘲るように笑う。


「でも、どうやって私の居場所をつきとめたんですか」

「雑誌よ」

「雑誌?」

「変だと思わなかった?」


リコリスが私の手をとった。


「思い出してちょうだい」

「もしかして、二冊というのは」

「そうよ、そうよ」


クスクスとリコリスが笑った。

そうだ。

あのときに感じた違和感の正体は二冊の雑誌だ。

なぜ、二冊も手にしていたのだろうか。

クローディア自身がが読むためだろうと受け流したが、ヒ素ドレスに怯えるクローディアが二冊も雑誌を買う理由が見当たらない。


「私が部下に命じてあの娘にあげたのよ」

「!」

「雑誌の市場は全てマーガレット商会が抑えている。あの娘が買いに来る店舗も知っていたわ」


サザールがヒヒヒと声を出した。


「そして雑誌に位置探知の魔法を仕込まれたのですね」


その瞳には同じ目に合ったものだけが分かる恐怖がこびりついていた。


「そうよ。サザール、お前もすぐに裏切るからね。あちこちに位置探知を仕込まないと」


リコリスは扇でサザールの頬を打つと私に向き直った。


「二冊の雑誌に位置探知を仕込んだのよ。雑誌で着物ドレスのことを煽れば、あなたは必ず動く」


自分の喉の奥がひりつくのを感じていた。


「ダメ押しに私は離宮へ行った。そしてすぐに雑誌は離れたわ。

一冊は離宮から動かず、一冊は馬車に乗った速度で動き出した……」

「じゃあ、暴れ馬なんていなかったってこと?」


「ご明察。マーガレット商会に与する商人たちに騒がせただけ」


私達の動きは最初からリコリスに読まれていたんだ。


「あなたが馬車にいるかは賭けだった。だから、こう命じたの。女であれば誘拐しろ、とね」

「なんで……?」

「雑誌をあげた娘でもよかったの。それを餌にあなたを誘き出せばよかっただけだから」


ふわりと髪をかきあげるとリコリスは輝くように美しい笑顔を浮かべた。


「でも、馬車にいたのはあなただった。これは運命なの」


ドレスの裾を優雅に翻し、リコリスはふわんと笑った。


「私のファクトリーへ、ようこそ」


その背後には巨大な鉄の塊と煙突をもった工場がそびえていた。


「ここは……」


巨大な工場の内部に並んでいたのは縫製の機械だった。


「あなたなら分かるわよね」


リコリスの言葉のあとを継いだのは無念そうなサザールの呻きだった。


「ここで、あのドレスを作られているのですな……」

「風の吹く谷と呼ばれ王都のすぐ近くにあるのに誰も利用しないこの場所。

ここは蠱惑的な毒のドレスを作るのにうってつけでしょ?」


 離宮の大穴に吹き降ろす風の正体は風の吹く谷からだった。

都会の直ぐ側に工場というのはありえない話じゃない。

都会に住む人は意外なほど興味がないものだ。それは私がかつていた国でも同じ。


「リコリスどの。下流では何が起こっているかご存知ですな?」

「もちろん……ねえ、姶良。工場の毒の排水を川に流すとどうなるかご存知かしら」


私は機械から目をそらし、初めてこの場所にいるのが恐ろしいと思った。


「川が汚れて……下流の人々が苦しみます」

「そうよ。だから、この工場はもう閉めることにしたの。うるさい人達が多くてね」


「どれだけの民が病気になったと思っておられるのですか!」


サザールが怒りの声をあげた。


「私は知らないわ。そういう民を見つけて環境を改善するのは、宰相様のお仕事でしょ?」


リコリスは屈託なく笑うと、大きな扉の前に立った。

覆面が扉を開ける。そこには地下へと続く階段がポッカリと口を開けていた。


「この工場の本当の秘密を特別にお見せしましょう」


その顔には酷薄とも言える非情さが浮かんでいる。

階段を降りるうちに空気が変わるのが分かった。

ヒンヤリとしているが、おそらくここも離宮の地下室と同じで一定の温度を保っているのだろう。


そして、私の耳は常にどこからかの風の唸りをとらえていた。あの離宮の地下で聞いたのと同じ音。


「リコリス殿!」


サザールが悲鳴のような声をあげ、立ち止まった。


「何かしら?」

「いつまでこの茶番に付き合えばよいのですか」


私を真ん中に挟んで、リコリスとサザールが対峙する。しかしその勝敗は明らかだ。


「茶番ですって?」

「あなたはその娘を必ず殺す。私には分かっている。もう、立ち会う必要などないはずです」


サザールは子どものように地団駄を踏んだ。

私よりもこれから起きることに怯えているのは、この男だ。


「もう少し付き合っていただくわ。あなたと私は一蓮托生なのでしょう」


その笑顔そのものがまさに蠱惑的な毒だった。

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