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いざゆかん、新たな汚部屋へ

二日後、私とエヴァンズはネフライトの屋敷に向かうことになった。

離宮の馬車を動かすのは難しいこともあり、ネフライトが迎えの馬車をよこし、それに乗る手はずだけど。


「姶良様、どうなされました?」

「私、馬車に乗ったことがないのよ」

「転生者様ですからな。致し方ないことかと。では、遠方へはどのようにして?」

「車っていうんだけどね。鉄で出来ていて、ガソリンっていう化石燃料で動くの」

「す、すみません。おっしゃることが理解できないのですが……」


そうよね、と私は周囲を見渡した。

改めて見ると、ここは私の住んでいた世界と全く違う。

ずっと離宮にいたからわからなかったけど、いったいどういう世界なんだろうか。


「ネフライトの屋敷って、どのくらいかかるの?」

「馬車で三十分くらいと申しておりました」


距離感がいまいちつかめないな。


「直進の道路がなく、商家を迂回するようにして街へ入るのです。

街の中も複雑に入り組んでおりまして、なにかいい道があればいいのですけどね」


カマリエナが補足する。汚部屋だけでなく都市計画にも問題ありありと見た。


「陛下。ネフライト様の馬車がお見えになりました」


扉の外から侍女の声が聞こえる。


「分かった。すぐに行く」


そう答えたものの、ディルムットは心配そうに私をみやった。


「もしわずかでも危険を感じるようなことがあったら、すぐに俺に助けを求めろ。必ず助けに行く」

「うん。分かったわ。まるで私の居場所が分かるみたいね」


随分と不思議なことを言うものだ。


「姶良様、ご足労願えますか」


馬車から降りてきたのはネフライトだった。


「わざわざ来てくれたの?」

「危険がないとも限りませぬから」


お辞儀をし、ネフライトが私に手を貸して馬車に乗せようとする。

その時、視線を感じて私はそろりと振り返った。

うわぁ、ディルムット、恐いってば。

その視線に気がついたネフライトもビクッとして私の手を大急ぎで離し、しどろもどろにつぶやいた。


「へ、陛下。そのこれは」

「分かっている。他意はないのだろう。他意は」


恐すぎる。


「あの、私、一人で乗れますから」


私はひょいっと馬車に乗り込んでみせた。

少し階段の位置が高いものの、急ぎの洋服を運ぶのに軽トラを使ったこともある。

このくらいは余裕だわ。


「じゃあ、行ってくるね」

「五時には帰ってこい。それから、不用意に物は食べるな!」


ううう。幼稚園児になった気分。

全く信頼されてない。でも、仕方ないよね。毒殺されかけたんだから。


「陛下。私めがついておりますので、ご心配なきよう」


ゆっくりと馬車が動きだす。

こうして、私は初めて離宮以外の場所を目にすることとなった。



賑やかな道路を抜けていくといえば聞こえはいいが、人が多くなかなか馬車は進まなかった。


「渋滞してるわね」


窓を開けずに私はカーテン越しにそうっと外を覗いた。

老若男女といるが、みんなしてグリーンの服を着ている。

うう、恐いよ。


「最近、様々な商売でマーガレット商会の許可が必要になり、従わなかった者たちは廃業という有様で」

「え、この中には失業者も多いってこと?」


「お恥ずかしい話ですが、そのとおりです。

ところでエヴァンズ将軍、最近マーガレット商会の会長の噂はなにか聞かれましたか?」

「何かあったのか?」

「いえ。逆に何もないのです。今はリコリス殿しか表に立つことがなく」


会長というとリコリスの父親だろうか。


「ふうむ。別の意味で不穏ではあるな」


エヴァンズも考え込んでいる。

私はその横で着物ドレスの提案書を眺めていた。こ

の間の舞踏会に来た貴族中心に売り込みをかけ購入まで至らせる。

そして、後は口コミで広げてもらうつもりだ。


雑誌を展開して市場を牛耳っているマーガレット商会と同じ土俵では戦えないから、これしかないんだよね。

市場を食い合って相手を刺激するのは、あまりに危険だから。


馬車は大きな急カーブを回ったところで止まった。

ネフライトが先に降り、周囲の確認をする間、私はエヴァンズと一緒に馬車の中で待っていた。


「どうぞ」


ネフライトの声にエヴァンズが先に降り、中にいる私に目配せをした。

私も呼応するように降り立つ。

屋敷の裏側に回ったのだろう。人気はなく荷物が山と積まれていた。


「こちらへ」


ネフライトに促され、私は扉をくぐった。

中は趣味の良い小部屋で様々なものが飾ってある。

いや、飾ってあるといえば聞こえはいいが、とにかく並べたといったほうがいいだろうか。


「姶良様、狭い部屋で申し訳ございません」

「いえ。それより、この部屋……」

「もしやこの部屋でも『汚部屋』でございますか!?」


ネフライトの大声に私は思わず笑ってしまった。


「いいえ。ただモノが多いなと」


私はぐるりと見渡してあることに気がついた。

この部屋、同じものがないんだわ。


「これは廃業した商人たちが扱っていたものなのです」

「もしかして、外に積まれていた箱も」

「ネフライトよ。罪滅ぼしのつもりなのか」

「そうではありません。再興のためには必要かと思ったのです」


この人、真面目なのね。

だからこそ、サザールの計略に引っかかったんだろうな。


「それならなおのこと、今回のことを成功させなくちゃね。もう少し広い部屋に案内してください」

「はっ。こちらへ」


ネフライトが黒い重厚な扉を開ける。

その部屋は一風変わっていた。

部屋の真ん中に大きな机とそれを囲むように椅子があり、壁も扉と同じく黒い材質でできている。


「これは音を吸収する壁材で、声が漏れにくくなっております」

「ほう。考えたな、ネフライト」

「これならいい感じに話ができそうね」

この壁、何で出来ているのかしら?

ディルムットがいたら喜んだだろうな。

私は机の端まで歩くと二人に向き直った。


「では、作戦会議を始めましょう」



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