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明かされる秘密

「陛下。ここにおられましたか!」


グーッドタイミング!!!エヴァンズだった。


「ここにいては悪いか」

「どうなされました? ……これは失礼しました」


ディルムットの陰にいた私を見つけたのだろう。

エヴァンズが慌てたように踵を返した。


「もういい。何だ」

「申しわけございません。……ネフライトが参っております」


ディルムットは面白くもなさそうに、ふうんと呟いただけだった。


「誰?」

「この間、大柄な貴族がいただろう。姶良が娘に白いドレスを着せてやったあれの父親だ」


あの人、そんな名前だったのね。


「何をしに来たんだ」

「陛下と姶良様にお願いがあると」


「姶良にだと?」


ディルムットが眉を吊り上げる。


「たぶん、お部屋を掃除してほしいんだと思うの」

「ダメだ。俺の部屋がまだ終わっていないし、姶良を外には出したくない」

「私も同じ意見でございます。意見も一致しましたので、とりあえずネフライトにお会いください」

「追い返せないのか」


ディルムットは心底嫌そうにエヴァンズを見やり、私に申し訳無さそうに向きなおった。


「すまん。姶良。立てるか」

「うん。たぶん、平気」


私が手をついて立ち上がろうするのを見たディルムットは、後ろに回るとひょいと私を抱き上げた。


「ふゃあああ!」

「大丈夫だ。こっちのほうが早いし、ネフライトに俺と姶良がどういう関係か分からせてやる」

「そこまでしなくても大丈夫だとは思いますがねぇ……」


後ろからついてきたエヴァンズが笑いをこらえているのが分る。

私は抱き上げられたことには狼狽したが、ディルムットの気持ちが嬉しかったし、何より、最初にここに来た時は別人のようなディルムットに見惚れてもいた。

でも。

本当にこの人の相手が私でいいんだろうか。


エヴァンズが扉を開けると、ディルムットは本当に私を抱き上げたまま部屋に入っていった。

中ではネフライトと呼ばれた大柄貴族がかたまっている。


「俺に会いに来たと聞いたが」


ディルムットは私をそっと降ろすと椅子に座るよう促した。


「姶良は体調が悪い。用なら手短に済ませてくれ」


ネフライトは椅子から立ち上がり、慌てて臣下の礼をとった。


「ネフライトでございます。申し訳ございません。間の悪い時に来てしまいました」


ディルムットがネフライトを一瞥する。イケメンってやっぱりいいわねぇ。


「分かった。要件は」

「先日の舞踏会、お見事でございました。貴族たちも陛下の手腕を褒め称えております」


ディルムットはその褒め言葉には動じず、先を促す目線だけを送った。


「エヴァンズ将軍よりお聞きおよびかもしれませんが、私は元は商人の出身で、今でも商人の組合を束ねております」

「ほう。そうだったのか」

「帰宅後、この間の着物ドレスを調べさせていただきましたが、素晴らしいものでした。市場に流通させる予定はないのですか?」


私は自分の胸がドキンと高鳴るのを感じていた。

もしかしてチャンスなんじゃないの?


「今のところはない。ツテがなくてな」

「では、私めにお任せしてはいただけないでしょうか?」


ネフライトが椅子から身を乗り出した。


「お前を信じられると思うのか?」


刺すような視線と言葉に、ネフライトがうなった。


「兄上とエヴァンズとお前の間に何があったかは知らん。

しかし、結果としてお前は兄上、つまり前国王を見捨てたのだろう?」


「それ、は」


ネフライトの顔色が変わる。その瞳にはあからさまな後悔と動揺が入り混じっていた。


「陛下。おやめください」


エヴァンズが進み出た。


「お前がやめろと言うなら、もう言わん。

だが、お前はもっと怒ってもいいんじゃないのか?」


 その言葉にゆっくりとエヴァンズは顔を背け。


「ネフライト」


老人の声とは思えぬ大音声にネフライトは雷に打たれたように立ち上がった。


「もし、あの時のように今の陛下を裏切るようなことがあれば、私は今度こそお前を地獄に落とす」

「……!も、申し訳、申し訳ございません」


ネフライトは大きな体をちぢこめるように丸めると、床に頭をつけた。


「私が、浅はかでした」


しゃくりあげるように泣きながら、大の男が言葉を紡ぐ。


「今回の訪問はその償いのつもりなのか?」

「それだけではございません。今やマーガレット商会により他の商人たちは廃業寸前なのです」


ネフライトは悔しそうに言って、顔を上げた。


「かって、サザールより二つの提案がありました。

一つは私が貴族を名乗ることの許し。二つめは商人たちの地位向上です」


そこで言葉をきり大柄な身を震わせると、ぐうっと無念の声を上げた。


「私はそれに乗りました。そして、自分でも気づかぬうちに前王を裏切ってしまったのです」


しばらくの沈黙。

口を開いたのはエヴァンズだった。


「陛下。サザールは小物ではありますが、政局を動かすことには長けた男です。

多くの貴族たちが気づかぬうちに前王を裏切って、結果としてこの離宮へと幽閉してしまったのでございます」


エヴァンズの最後の声は震えていた。

私はその背中を眺めながら、この国でかつてあった政変に身が凍る思いだった。

そんな政変にディルムットを巻き込ませたくない。


そうだとしたら、マーガレット商会と戦うしかないじゃないか。


「ネフライト、座れ。エヴァンズ、すまなかったな」


ディルムットの言葉に二人の男は全く同じ言葉を紡いだ。


「陛下。私めに機会を与えてくださり、ありがとうございます」


前王を裏切った男。

前王を守りきれなかった男。


二人とも後悔の中でこの四年間を過ごしてきたんだ。

私は自分の両手を握りしめた。胸にかけたネックレスが熱い。


「姶良。着物ドレスを流通させるにはお前の力が必要だ。どうだ?」

「大丈夫。全力を尽くすわ」


ネフライトは涙を流しながら、頭を下げた。


「ありがとう、ございます」

「だが、姶良を表立って動かすことは出来ん。

マーガレット商会のリコリスに既に目をつけられている」


ネフライトが私を見て、そしてエヴァンズに目を向けた。

エヴァンズがうなずく。


「前国王陛下のときと同じなのだ。あの女は周りのものを奪っていくことから始めたのだよ。

ディルムット様には姶良様が必要だと、察したのだろう」

「もう、あのようなことはさせませぬぞ!」

「では、やはり毒を……」


エヴァンズが言いかけたのをネフライトが手で制し、さっとテーブルの紙に書きつけた。


『誰が聞いているか分かりませんので、ここで。

前王の体調不良はリコリスが勧めた薬を飲んでからだった、という噂があります。

おそらく、本当のことでしょう』


それを見たエヴァンズが呼応するように頷き、その紙を手に取りカマリエナに渡した。

何も言わずに受け取ったカマリエナは、ろうそくの火であっという間に紙を燃やしてしまった。


ディルムットが腕を組んでソファにもたれかかった。


「この離宮にネフライトがきても、リコリスは反応するだろうな」

「口実がありませんからな」


私はみんなの顔を見やりながら恐る恐る口を開いた。


「あの……汚部屋掃除の口実でネフライト殿の屋敷へ行くのはどうかしら?」


三人の男が私を見る。ひええ、視線が痛い。


「確かに。それなら、辻褄も合う。ネフライト、お前の家はどうなんだ?」

「その、おそらく、立派な汚部屋かと……」


大きな身をネフライトが縮めてみせる。かなりの汚部屋っぽいわね。


「よし。それなら決まりだ。姶良の警護にはエヴァンズがあたってくれ。

俺が動けばリコリスを刺激することになりかねん」


エヴァンズが一礼した。


「姶良。すまん。本当は俺がお前を守るべきなんだが」

「ありがとう。あなたの気持ちだけで嬉しいよ。それに、日帰りするから大丈夫」

「ネフライト、必ず姶良を五時までに離宮に送り届けろ」

「はっ!」


こうして、着物ドレスとヒ素ドレスを主軸にした商人対決が幕を開けた。

私はこの時、この選択が自分の身をあんな危険に晒すことになるとは露ほども思ってはいなかった。

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