好きな人と過ごす時間
カマリエナが着替えを出してくれたが、今までの簡素なワンピースとズボンではなかった。
これからリラックタイムを過ごしましょう、というようなふんわりした白いワンピースだ。
「今日はまだ休んでおられるようにと陛下からのご伝言です」
「そうよね。今回は言うことを聞くわ」
私はそのままベッドに座った。
まだ足元がふわふわした感じがあり、毒の強さを物語っている。
「それと姶良様。一つお聞きしたいのですが」
カマリエナは赤い小さな石を私に差し出した。
「姶良様の洋服のポケットに入っておられたものです」
ディルムットの部屋で掃除中に見つけたものだ。
「あ、忘れてた。
それね、ディルムットの部屋でゴミの中から見つけたの。大事なものかなって思って」
「……陛下のお部屋で……」
カマリエナは赤い石をじっと見ながら何かを思案しているようだった。
その時、すっと扉が開いた。
「大丈夫か? 痛いところは? 気持ち悪くないか?」
ディルムットは大股でこちらまで来ると、私の頬に触れた。
「よく顔を見せてみろ」
「だ、大丈夫だよ……」
そうは言ったものの、倒れたのは私だ。全く説得力がない。
「陛下」
遠慮がちにカマリエナが声をかける。
「なんだ」
ぶっきらぼうに答えたディルムットだったが、カマリエナの持っている小さな石に気づき顔色を変えた。
「これはどこで?」
「姶良様が陛下のお部屋で見つけられたそうです」
「俺の部屋で……」
二人は神妙な顔をして黙ってしまった。
私だけが取り残されたままだ。
「あの、その石のこと黙っていてごめんなさい。すっかり忘れちゃってて」
私は言い訳がましくつぶやいたが、早く伝えるべきだったと後悔していた。
「いや、いい。ゴミとして捨てなくてよかった」
言いながらカマリエナの手からそれを取り上げる。
「姶良、せっかくだからネックレスにしてお前が持っていてくれないか?」
「陛下、それは……」
カマリエナがいぶかしげに声を上げた。
いやー、絶対に私が持っちゃいけないもんでしょ、それ。
「遠慮する。なんか物騒な感じがするもん」
「いや、俺が持つよりもお前が持つべきものなんだ」
私はハァと息をついた。断ることは不可能らしい。
「あなたに助けてもらったし、そのお礼として私が持つわ」
「まだ何も言えなくてすまん。カマリエナ、丈夫な紐を通してネックレスにしてくれ」
「かしこまりました」
カマリエナが紐を通し私の首にかけた。
「いつも身につけてほしいが、他人に見られないようにしてほしい」
「分かったわ。本当に物騒なものなのね」
私は紐についた留め具を止めると、赤い石を自分の服の中にしまった。
「この石はコランダムという酸化鉱物だ。お前の身を守ってくれる」
「ありがとう。あなたの言葉だから、信じる」
「もう体調は平気そうだな。だが今日は休め。汚部屋掃除も禁止だ」
今回ばかりはディルムットが正しい。私はションボリしたものの、うなずくしかなかった。
「その代わり、少し離宮を歩こう。整理ばかりで、庭も見ていなかっただろう?」
「そう言われればそうだね」
ディルムットが私の手を取る。イケメンすぎて眩しい。
カマリエナはニッコリと笑うと私にささやいた。
「お似合いでございますよ、姶良様」
恥ずかしいけど、でも、ちょっと嬉しいような気もするな。
「姶良様! 大丈夫だったスッか?」
大声をあげて庭を走ってきたサングリエにディルムットが顔をしかめた。
「全く騒がしい……」
「ディルムット様もいたッスね。お茶でもお持ちしましょうか?」
サングリエの後に続いて、わらわらと料理人たちが集まってくる。
みんなの心配そうな視線が申し訳なくて、私は思わず下を向いてしまった。
「姶良様のせいじゃないッスよ!」
「お体は大丈夫ですか?」
「汚部屋掃除に、ドレスまで。姶良様は働きすぎですよ!」
みんなの声が嬉しくて、私は急いで顔を上げた。
「ありがとう。ディルムットの薬のおかげでもう大丈夫。心配かけて、ごめんなさい」
「お前たち、姶良はまだ病み上がりなんだ。精のつく食事を用意してくれ」
その言葉に料理人たちはビシっと敬礼すると、深くお辞儀をして一瞬にして走り去った。
「嵐のようだったな」
「でも、あれが料理人さんたちの良さだよ」
言いながら、私は足元に転がる岩に気がついてしゃがみこんだ。
「ねえ。私……毒を盛られたみたい」
「心当たりがあるのか」
私がリコリスとの一件をディルムットに話すと、ディルムットは「やはりか」と顔を背けた。
「前王が倒れた時と震え方の症状が似ていたらしい。
あの冷静なカマリエナが半狂乱になった」
私はゾッとして自分の肩を抱いた。
「他の者には姶良は疲労で倒れたと話してある。
毒が使われたと知られれば騒ぎになり、リコリスを刺激するかもしれん」
そこで言葉をきると、天を見上げる。
「リコリスはもともと、お前を排除しようと思っていたのだろうな」
私はディルムットとは逆に地面に目を落とした。
話題を変えたかった。
「なんか、変わった岩だね」
「それはフリントだ。プランクトンが元で出来たもので、わざわざ庭に持ち込んだんだろう」
「さすが王族。やることがちがうわね」
「硬くて、ぶつけると火花を散らす。
面白い石だが、普通の人間には用はないと思うがな。
これだけの大きさを運んだ労力を考えると、理解に苦しむ」
とたんにディルムットが饒舌になる。
この人は岩のことになると、本当によくしゃべるのね。私はリコリスのことをしばらく忘れたかった。
「ねえ、もっと岩のことを教えてよ」
「なぜだ?」
「好きな人が好むものは知っておきたいじゃない?」
歩き疲れてしまった私は、そのまま芝生に座り込んだ。
私の言葉にディルムットが耳まで真っ赤になっている。
うわあ、可愛い!
「お前、絶対に他の男の前でそういう事を言うなよ」
「言わないわよ」
風が抜け、雲が太陽を覆い隠す。大きな木の下にいた私達のいた芝生は、あっというまに影におおわれた。
あ、待って。この雰囲気、まずい。
肩が抱かれる。
「待って、こんな昼間だし!」
自分の顔が真っ赤になってくるのが分かった。
「お前、可愛いところもあるんだな」
「何よ、それ!」
あー、もう引きこもってたからこの人、無駄に大胆すぎるんですけど!




