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転生したけどやることないから汚部屋掃除を始めることにした

私はディルムットからここが【アクティニア王国】であることを聞き、一つの可能性に突き当たっていた。


転生。

スマホの漫画広告で何度も目にしたあの言葉だ。


でも目の前にいる汚部屋男は攻略対象とは思えないし、私は乙女ゲームは未プレイ。

こう見えても格闘ゲーム専門。

あーあ、どうせ転生するなら格闘ゲームの【マジカル☆スラッシュ】がよかったのに。


あれ、そんなことより。


ってことは、私、死んだ……の?


「お前は異世界から転生してここにやってきた。それでいいな」


ディルムットの声に我に返る。

今はそう結論付けるしかない。


「たぶん、そんな感じ」

「煮えきらない女だな。とにかく、ここから出て行け」


言ってきびすを返したが、すぐに大声を上げた。


「いて! ってて……」


転がっていた大きな石に足をぶつけたらしく、膝を抱えてうずくまっている。


それにしてもディルムットの部屋は見れば見るほどすごい汚部屋だった(私が言うなって話だが)

とにかく足の踏み場もなく物が散らかされている。

これだけ物があれば当然よね。


それにしても。


物。


物。


物。


とにかく物の量に圧倒される。


「ねえ、ディルムット!」

「おい、呼び捨てにするな」


「一緒に片付けしましょ。断捨離よ。

だ・ん・しゃ・り!」


一言ずつ区切りながら叫んだ私にディルムットはポカンとした表情になった。


「簡単に言うな。俺の部屋は侍女や執事でさえ、根をあげてよりつかないんだ」


ふっと口の端に笑みを浮かべる。


「お前ごときに」

「大丈夫!私、ノウハウだけならすごいから任せてよ!

何がダメって、自分の部屋に適用できないだけだから」


「は……?

それは一番ダメなやつだろ!?」


のけぞるディルムットを無視して私は腕まくりをした。

部屋着という名のジャージ姿で転生したのは幸いだった。


「さあああ、片付けるわよぉ!」


ディルムットは国王だと聞いたので、侍女を呼びつけ、大量のゴミ袋を持ってきてもらう。

汚部屋に住む国王っていうのもどうかと思うけど、今は気にはしていられない。

こちらの世界ではポリ袋はなく、大きな布の袋だった。


「汚部屋整理の基本、その一。捨てられるものを三秒で見極める!」


「無理言うな。そんなことができるなら、俺だって、とっくにやってる!」


叫ぶディルムットを私はきっと見つめ、むんずとあの果物みたいなカスカスになった物体を手に取った。


「これ、いりますか?」

「いらん!」


「ほーら、即答じゃないですか」


私の言葉にディルムットはハッとしたようだった。


「確かに、それはいらん。でも、他のものは」

「じゃあ、これは。水に濡れて中のインクがしなしな~になって、読めない本」


「いらん!」


またもや即答。そしてハッとしたように口を抑えて。


「くそ……好きにしろ。俺は、手伝わんぞ」

「またまたそんなこと言って。あ、床が見えてきた」


「床だと……?」

「ほら」


積み重なった本は、大半が水に濡れて使えなくなっていた。

だがそれをどかすと、鮮やかなタイル張りの床が現れたのである。


「わあ、キレイ!」


声をあげた私とは対照的に、ディルムットは「ちっ」と呟いて顔を背けた。


そこから押し問答をしつつ、少しずつ物を捨てていた私はコンコンというノックの音に顔をあげた。


「入れ」


ディルムットの声を待つまもなく扉が開き


「うおおおっ!」


痩せた老人が悲鳴に近い声を上げた。

サンタクロースのように白い長いひげ。

しかし対照的な黒い髪。

不思議なコントラストの男性だ。執事服を着ているように見える。


「陛下のお部屋が少しキレイになっておられるような……」


くるりと部屋を見渡し、老人は手にした棒でランプの明かりをつける。


「あなた様が、陛下のお部屋に現れた侵入者ですね」


身もフタも無い、とはこのこと。


「あー、そうです。はい。侵入者です」


否定しても仕方ない。

けれど、この老人の眼に私はどう映っているのだろうか。


「しかし、あなたのようにお若い方です。陛下と夜が一緒なのはあまりかと。

別の部屋を用意しましたので、そちらでお休みください」


突然の申し出に私はびっくりした。

私はディルムットより絶対に年上だし、老人の言うように完全な侵入者だ。


「あの、若いけど若くないし、それにそのぅ」

「古より、わが国は転生者の都とも呼ばれてきました。

昨今は来訪者様の数も減ってしまわれましたが」

「え……」


私みたいな人が他にもいるっていうこと?


「エヴァンズの言うとおりだ。お前は別の部屋で寝ろ。迷惑だ」


棘を含んだディルムットの物言いに、エヴァンズと呼ばれた老人は白いひげを蓄えた顎に手をやった。

駄々をこねる子ども見つめるように優しい目だ。


「かしこまりました。ところで」

「私は、姶良です」


相手の言っていることを察する能力は接客業の基本だ。


「あいら……。不思議な響きでございますね。では姶良様。ご案内しましょう」


「はい……。あの」


私はディルムットを見やる。


「何だ」


暗がりの中でディルムットがイヤそうに私を見るのが分かった。


「明日、また来ます。一緒に片付けしましょう」


私の言葉にディルムットは何も言わなかった。



私の目の前でエヴァンズは扉を開けた。


「小さな部屋ですが」

「いやいや、十分です。ありがとうございます」


客間らしいが、なぜ洋服ダンスが五つも置いてあるのやら。


しかもタンスの間に挟まれたソファは変形してるんだけど。

これじゃ座れないわね。


「簡単ですがお食事もご用意いたしました」


テーブルにはパンとベリーの皿が置いてあった。ダイエット食みたい。


「あの、どうして私なんかに?」


私の言葉にエヴァンズはフッと笑った。


「先ほどの陛下のご様子をご覧になりましたか?」

「ディルムットのことですね」

「みな、あのお方を見捨てていらっしゃる」


確かに侍女の態度は仕える側がとるものじゃなかった。


「しかしあの方は名君となるべき素質を持つお方なのです。

なので、あなたをここにお泊めするのは私の勝手なお願いなのです」


「……分かりました。私は行くアテもありません。

でも、あの汚部屋はほうっておけないんです」


エヴァンズは小さく頭を下げるとゆっくりと出て行った。


同じ汚部屋出身として見過ごせないの。

私の部屋は片付ける主を失って、あの姿のままなんだから。


鏡の前には水を張った盆が置かれている。それに手ぬぐいを浸し、顔をぬぐった。

そうだ。ノーメイクだっけ。

顔を上げた私の目に映ったのは。


「うわっ。誰よ、これ……」


日本人の黒髪はどこにいってしまったのだ。

薄くピンクがかった髪の毛はショートボブ。前髪がパツンと切りそろえられていて私好みだ。

そして、眼の色も同じく色素の薄いピンク色。


色白のお肌はメイクで得られる質感を越えている。

よく見たら手もすごく華奢でキレイなんだけど。


「かわいい!」


自分の容姿に思わず声が出た。

確かにこれは若い。十八歳くらいだろうか。

転生すると姿も変わるのねぇ。公式設定みたいなもんかな。


しかし、これって私なんだよね?


前世は三十歳の黒髪の汚部屋出身の凄腕店長。

今はピンク髪の華奢な汚部屋出身の女の子。


共通項は汚部屋のみ、か……。

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[気になる点] これから汚部屋を中心にどんな展開を見せていくのだろうか。
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