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この状況になったからには私の真の能力をお見せします

私たちが近寄るとサザールが顔を歪めながら振り返った。


「陛下。この部屋はひどいものですな。

掃き溜め……、いやそこまでは申しませんが」


喉の奥で下卑た笑いを漏らすと、サザールはわざと両手を広げた。

こいつ。

いないと思ったら、汚部屋を探して回ってたのね。


貴族たちがザワザワと声をあげる。

やや後ろで勝ち誇ったようにリコリスがこちらを見ているのが分かった。


「そうだな。掃き溜めのような部屋だ」


ディルムットは落ち着き払っている。


「ところで、ここにお集まりの皆様の邸宅はきれいに片付いているのかな?」


ザワついていた貴族たちが顔を見合わせる。中には苦笑するものもいた。


「舞踏会もそろそろ終了の時間だ。最後に、私の秘蔵っ子をお見せしよう」


秘蔵っ子って誰よ。

何する気なの。ディルムットは。


「姶良」

「え、私?」


私は手招きするディルムットのそばへ行き、貴族たちにお辞儀をした。


「これは私のパートナーでもある汚部屋掃除係りの姶良だ」


着物ドレスを着た少女がディルムットを訝しげに見上げた。


「陛下、おべやと言われましたか?」

「そうだ。今からこの汚部屋を片付けて見せよう」


そうか。汚部屋整理をやってみせろってことね。

状況を察したのだろう。エヴァンズと数名の侍女が私の周りに集まってきた。

用意周到にマスクを用意している。


元々いた大部屋に視線を送るとカマリエナが指示をし、残った貴族たちにデザートを振舞っているところだった。

これなら安心だわ。


「いくわよ!

汚部屋整理の基本、その一。捨てられるものを三秒で見極める!」


私の声にエヴァンズと侍女が動いた。

用意した布袋にどう見ても使えないものを詰め込んでいく。

黒ずんだ観葉植物に貴族たちから失笑があがったが、幾人かは眼を泳がせている。

ははーん、この貴族たちは家に似たような植物があるってことね。


「まずは、間違いなく捨てられるものから捨てていきます。

迷ったものには手をつけなくて大丈夫です」


侍女は箱を開けるとそれを脇に追いやった。


「どうやらはこの中にはいろいろなものがあったようですね。今はこれには手をつけません」


エヴァンズが棚から下ろした本はホコリまみれで、表紙が破けていた。

中をさっと見て迷うことなく、布袋へそれを押し込む。ほう、と大柄貴族が声をあげた。


「お父様、あのような本、うちにもございますね」


白いドレスの少女が父親の服の裾を引いた。


「う、うむ……」

「いやあ、私の家にもあんな植物がありましてね」


一人の貴族が遠慮がちにつぶやいた。


「陛下、もしや離宮はこのようにして掃除をされたのですか?」

「そうだ。離宮を片付け始めてまだ一ヶ月もたっていない」


貴族たちが「ひえっ!」と感嘆の声を上げた。

ディルムットそれに反応せず、私たちに目線を送る。

部屋の中の物は多いけれど、分けられた状態になっているのが誰の眼にも明らかだった。


「こ、これは……」

一人の貴族は自分の服をぎゅっと握り締め、ぷるぷると震えている。

この貴族の家もかなりの汚部屋とみた。


「姶良という名前よ」


小声で貴婦人たちが私の噂をしている。


「私の家も整理してほしいわ」


ぽそり、ぽそりと聞こえてくる貴族たちの呟き。


「皆様、舞踏会の会場へ戻りませんこと?」


場の空気を両断するように声をあげたのはリコリスだった。

しかしその眼には先ほどあった高慢さではなく、怒りの炎が揺らめいている。


「これはすまなかった」


ディルムットが小馬鹿にしたように笑った。


「リコリス嬢はお腹が空いてしまわれたかな?」


カッとリコリスが顔を赤らめる。


「姶良。ここは、いったん終わらせていい。エヴァズ、後を頼むぞ」


ディルムットはリコリスの両肩をもち、回れ右をさせた。


「では皆様、会場へ戻りましょう。もう時間も迫ってまいりましたので」

「陛下、私は……」


リコリスの声が遠ざかる。サザールが慌てて後を追うのが見えた。


「姶良殿」


皆が立ち去る中で声をかけてきたのは大柄貴族だった。


「はい?」

「あなたの掃除の腕前、感服いたしました」


そんな褒められるほどのことでもないんだけどね。

私の部屋は汚部屋のままだし。


「ありがとうございます。

まだ、離宮の掃除も始まったばかりですがそのように言っていただけると光栄です」


私は一歩下がった。立場的にはこの貴族のほうが上になるのだろうから。


「もしよろしければ、私の家の掃除も、その……お願いできないでしょうか?」


今、なんていった?

私は顔を上げた。大柄貴族は真剣な顔だった。


「このような場所でお願いすることではありませんでしたね」

「そうしてくれぬか。姶良殿が困っておられる」


エヴァンズだ。何だか気まずかった私はホッとして、その近くへ寄った。


「将軍!」

「もう将軍ではない」


ひらひらと手を振り、エヴァンズは大柄貴族の追及をかわしにかかる。


「あなたも会場へ戻られなさい。お嬢様が退屈しておられる」


エヴァンズの言葉を聞いた白いドレスの少女はにこりと笑うと父親の服の裾を引いた。


「申し訳ありません。また、後日」


大柄貴族は一礼をすると娘と一緒に舞踏会の会場へ戻っていった。


「姶良様。部屋に鍵をかけました」

「ありがとう。まさか開けられちゃうなんてね」

「まったく、商会のしつけがなっておりませんな」


エヴァンズ言葉に侍女が笑う。私も思わずクスっと笑ってしまった。

サザールとしてはしてやったりだったろうけど、ディルムットの機転でかえって好感度が上がったんじゃないかしら。



私が大広間に入ると、貴族たちは和やかに談笑しているところだった。

終了を察し、帰り支度を始めている貴族もいる。予定通りに終了できそうね。


リコリスとサザールの姿は見当たらない。

またどこかで勝手なことをされたら困るから見張っておかないと。


「お二方は早々に帰宅されました」


カマリエナだ。


「そう。あなたが見送りを?」

「はい。他、サングリエ料理長とも」

「私がいない間もちゃんと見張っていてくれたのね。ありがとう」

「馬車に乗る際、とっても怒っていたッス」


般若のようなリコリスがサザールを追い立てる姿が眼に浮かび、私は苦笑した。

日が落ちてくるのと同時に空気が変わる。

すでに侍女たちに見送られ、離宮を後にした馬車もあり、貴族たちが帰り始めていた。

名残惜しそうにディルムットに話しかけるもの。

クローディアの側から離れない令嬢たち。

さて、これでヒ素ドレスの流行をみんながおかしいと思ってくれればいいのだけど。

みんなで一律の服を着るより、工夫を凝らしたほうがよほど楽しいのだから。


私はそっと台所をのぞいた。

ディルムットが用意してくれた岩焼きの岩が並んでいる。

あーあ、残念。これを披露する機会だけがなかったんだわ。

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