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美しきそのドレスを脱いでみませんか?

ディルムットが皆を見回し貴族たちに声をかける。


「珍しいものをお見せしよう」


その言葉に、令嬢たちも貴族も顔を上げ、こぞって歩き出した。

私は急いで箱の側へ駆け寄って、ぱたんとふたを閉めた。


「リコリス様。この箱は、私たちが運んでおきます」

「お任せください」


私の後ろから現れたのはエヴァンズだった。


「この箱はどちらに」

「舞踏会の最中に皆様がお召しになるかもしれません。第二客間にいれて」


「ちょっと、あなた」


私は、すっとリコリスの前でお辞儀をした。


「本日のファッションに関することは、すべてこの私が取り仕切るようディルムット様より命を受けております」


「なんですって」

「お前、リコリス殿に向かって無礼であるぞ」


サザール、まだいたんだ。


「リコリス様。私でよければ、この花冠をおつけいたしますわ」


ニッコリと笑った私とは対照的に、リコリスが後ろに下がった。


「必要ないわ。紫のドレスにグリーンの花冠だなんて似合うと思っているのかしら」

「あしらったぶどうの房の色は、ドレスとよく似合っております」


私はもう一度ニッコリと笑ってみせた。


「今すぐ、リコリス様の髪をほどいてこの花冠が似合うようにしてみせますが」


再び箱のふたに手をかける私。


「やめなさい!」


苛立ったように叫ぶとリコリスはきびすを返した。

その背中をサザールが走って追いかける。


「姶良殿、これは……」

「ええ、これもヒ素グリーンってことでしょうね」



テラスに面したホールでは貴族たちがすでに立食を始めている。

昼間の舞踏会なので軽めの食事と、度数の低いお酒を用意しておいた。


酔った貴族にどこかの部屋でも間違って開けられたら大惨事だ。

汚部屋の片付けはまだほとんど終わっていないんだから。


舞踏会は順調だった。

ディルムットとクローディアの周りに貴族たちが集まり、口々に王家への忠誠を口にしている。

四年間もディルムットを放置した罪は重いけれど、ここで貴族たちを突き放すよりは、今後を有利に進められるものを見定めるほうが絶対にいいはずだ。


料理長となったサングリエがケーキを運んできた。

大きな体格のサングリエと繊細なケーキの組み合わせに、女性たちはクスクスと笑いながらも眼が離せないでいる。


色とりどりの帯揚げを髪に結った侍女たちが皿を置き、フォークを用意する。

シャンパンを給仕する執事の胸には鮮やかな帯の一部が見え隠れしていた。


「この離宮の舞踏会は見るものが新しいのに、不思議と心が落ち着きますな」


先ほど話しかけてきた大柄な貴族が私を見やった。


「ありがとうございます」

「離宮はその、物で埋まっている、……掃き溜めのようだという声もありましたので」


貴族は言葉を選びながら、しかし確信をついた言葉をつぶやいている。


「ご覧になっていかがでしょうか?」

「そうですね。驚きました。

この王国内でこれほどに整理された場所があるとは」


大柄貴族の家も汚部屋か。国民病に近いわね。


「お父様、このケーキをご覧ください!」


小さな少女が歩み寄る。十歳くらいか。

その少女が来ているのもグリーンのヒ素ドレスだった。


「あなたは、着物の方ですね?」


どうやら少女は私をそう認識したらしい。


「とても素敵なドレスでしたわ」

「ありがとうございます。

もしよろしければ、すぐにでもお召しかえさせていただきますが」


少女はびっくりしたように私を見つめ、父親の大柄貴族に視線を送った。


「本当?」

「はい。私は姶良と申します。

本日はこの離宮におけるファッションの全てを担当させていただいておりますので」


「しかし、見ず知らずのものに娘は任せられん」

「もちろん、一緒に来ていただきますが」


私の言葉に大柄貴族は短く唸ったが、やがて意を決したようにうなずいた。


「では、こちらへ」


カマリエナに目配せをして私はそのままテラスを横切り第二客間の窓を開けた。

既に部屋の中でカマリエナが白いドレスを用意したところだった。


「私たちの衣装には身体を締め付けるものはございません」


カマリエナが手早く少女のドレスを脱がせ、白いドレスを着付けていく。

私は少女の薄い茶色の髪にあわせて、朱色の着物を選んだ。

白い花が咲いた美しい反物だ。

その反物でマントのように身体を包むと白いドレスが少しだけのぞき、少女らしい愛らしさを引き立てるという寸法だ。


「お父様、どうですか?」

「もう着終わったのか!」


大柄貴族はびっくりしたように椅子から立ち上がった。


「はい。このドレスは着る人の苦痛を少なくし、同行者様をお待たせいたしません」


私の声を聞きながら、少女が父親の前でくるくると回って見せる。

着物はふわふわと舞い、白い花が咲いては散り、咲いては散りを繰り返した。


「ほお。これは驚いた」


私は少女の髪を手早く結い上げ、かんざしを差し込んだ。

赤ワインのような透明な輝きは少女にこそよく似合う。

品種で言うならボージョレ・ヌーボーでお馴染みのガメイってとこかしら。


「ドレスはこちらにまとめさせていただきました」


カマリエナがドレス一式を包んだ箱を恭しく差し出した。


「これは、すまない」

「お父様、早く行きましょう!」


嬉しくて仕方ないのだろう。

滑るように父親とともにテラスからホールへ飛び込んでいった。

ふーむ。これはいい展開になりそうじゃない?

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