舞踏会という名の直接対決をしよう
舞踏会当日。
すっかりきれいになった庭に多くの貴族たちが集まってきていた。
みな見事なまでにグリーンのドレスだ。
このヒ素に対抗するためにディルムットが中和剤をつくっておいたものの、息を吸うのが恐い気もする。
よく見れば、ご令嬢たちは決して顔色は良くない。
「ディルムット様、お庭は片付きましたのね」
ドレスの裾を翻して現れたのはリコリスだ。
本日の金の髪は淑女の象徴、縦ロール。
うすい紫色のドレスを優雅に着こなしている。
そのリコリスに対してディルムットは何も応えずに、後方にいた私に視線を送った。
その視線をリコリスが追い、私の姿をとらえる。
「あなたも今日は素敵なドレスを着ているのね」
黒い簡素なドレスを着た私を見て、クスっと笑う。
小悪魔的でいて、お嬢様な部分もあって。
はーん、これはモデルとしてはいい素材よね。
私はじっとリコリスを見つめた。気になるのは紫のドレスだ。
みんなとかぶらぬ色を着てきたのだろうが、もしかしたらこれは新たな流行を生み出すためかもしれない。
だとすること、この紫も何かの毒物の可能性がある。
もっとも、彼女自身は毒物を使ったドレスは着用はしないだろうけど。
「どうなさったの」
「きれいな色のドレスをお召しだなと思いまして」
「ソルフェリーノよ」
そるふぇりーの?
「お前、本気か」
ディルムットが割って入った。
「まあ、陛下。そんな恐い顔をなさって。
マジェンタとも呼ばれるこの染料にそんなに怯えておられるのですか?」
優雅に言葉をつむぐが、リコリスの目は笑っていなかった。
おそらく、ディルムットが有能であることが分かってきたのだろう。
「どちらにせよ」
今度は私が割って入る。
「美しいものは、その身をまとうものを引き立たせるのですね」
「そうよ。美しいものは、美しいものを身につける義務があるわ」
つんとリコリスが顔をそらせる。
そばにいた貴族の女性たちがいっせいにうなずいた。
中にはディルムットに熱視線を送っているものもいる。
そうか。国王陛下に始めて会う貴族もいるんだ。
そして、こんなにきれいな顔立ちだったことを今知った人もたくさんいるってわけか。
リコリスとしてはディルムットが無知であることや、離宮が汚部屋であることを理由に国王を貶めたかったのだろうけど、今のところはそうはなっていない。
でも、サザールの姿がまだ見えないことも気になる。
あいつ、悪知恵が働きそうだからな。
私はそう思いながら、一歩、後ろに下がった。
代わりに白いドレスを身にまとったクローディアが現れると、貴族たちからため息にも似た声が上がった。
着物をショールのように羽織り、結い上げた髪の毛には、独特の光を放つ勾玉を模したかんざし。
着物は彼女に似合う桜色をチョイス。薄く散った花びらが精緻に描かれているものだ。
「素敵」
「あれは誰?」
「あのドレスはいったい?」
そんな声があがる。
「陛下」
かわいらしい声と一緒にクローディアがちょこんとお辞儀をした。
「本日、皆様方をホストとしてお迎えするのは、国王である私と、エヴァンズ将軍の娘であるクローディアとなる」
「よろしくお願いいたします」
クローディアが笑顔を浮かべる。
場の空気が逆転した。
貴族たちはリコリスではなく、新しい装いをしたクローディアに釘付けだ。
それにしてもエヴァンズ将軍ねぇ。
私はあの人を執事と思っていたけど、どうやら本当の役職は違うみたい。
知らないことがたくさんあるから、これが終わったらディルムットに聞いてみようかしら。
「陛下。将軍が執事になられたというのはやはり本当だったのですね?」
大柄な貴族がディルムットに礼をとりつつ、遠慮がちに尋ねた。
「うむ。兄上の死後、国政を退き、ずっとこの離宮で私の面倒を見ていてくれたのだ」
私も、いや、おそらくは誰もディルムットのこの離宮での四年間を知らない。
「クローディア様。はじめまして。とても素敵なドレスですね!」
かわいらしい令嬢が声をかける。この令嬢も見事なまでにグリーンのドレスだ。
「ありがとうございます。色あわせを楽しめるドレスなのですよ」
そのクローディアの声に合わせて、私はさっと動いた。
背後に回り、ショールをはずし、鮮やかな柄の着物に差し替える。
きゃあ、と令嬢たちから声があがった。
「そのために、地味な下着のような白いドレスを選んだということですか?」
リコリスが嘲るように笑った。
「白だから下着、という概念がすでに古いと考えております」
私はクローディアの髪からかんざしをとり、帯揚げを結い上げた。
シワ感のある薄いピンクの素材に令嬢たちはうっとりと見入っている。
「もっと、女性たちは自由に洋服を選んでもよいのでは?」
「陛下。このように得体の知れぬ侍女を側に置かれるのはあまりよいこととは思えませんなぁ」
嫌味たっぷりサザール登場だ。
今日も赤い宰相服を着こなし、颯爽と登場したつもりなのだろう。
しかし時折かいま見える粗野な笑みや横暴な仕草が、この男が小物であることを物語っている。
やはり敵はリコリス一人に絞り込んでよさそうだ。
「お前、なぜ臣下の礼をとらぬ」
ディルムットの言葉と一緒に、周囲の貴族たちの視線がサザールに突き刺さった。
完全にこの男は状況を読み違えている。
「サザール。臣下の礼を」
リコリスの助け船で慌ててひざをつくサザール。
逆に言えば、リコリスはやっぱり食わせ物だわ。全方位に気を配っている。
「そんなことより、マーガレット商会から舞踏会のためにあるものをもってきましたの」
場の空気を変えるようにリコリスが明るい声を上げ、箱の蓋を開いた。
箱の中には花冠が入っている。
淡く染色されたグリーンの葉が紫のぶどうの房を陽光にきらめかせた。
日本ではあまり馴染みがないが、令嬢たちは美しい花冠を前に溜息混じりの声をあげている。
これもグリーンと紫ね。
ディルムットが、そっとクローディアの肩に手を置いた。
「そろそろ日差しがきつくなってきた。部屋に入ろう」
ナイスタイミングーーー!
これで厄介者を追い払えるわ。この箱の中、じっくり調べさせていただくわよ。




