いわゆる身分違い
きゅっと白いドレスを着付ける。
でも、あえてゆるみをもたせ、優しさを引き出して。
その上に、私はふわりとショールを羽織らせた。
「姶良様、すごく可愛いです!」
鏡の中の自分を見てクローディアがふるふると震えている。
ちょっと待って。
可愛いがすぎて、私が困惑するから。
「うふふふふふ。思ったとおりだわ。
絶対にクローディアに似合うと思ったのよ」
楽しい。
やっぱり、洋服で誰かの輝く笑顔が見られるって最高。
「姶良様」
侍女の声に振り返る。色とりどりの帯揚げを前に侍女たちが困った顔でたたずんでいた。
「これはどのように使えば……?」
「これはねぇ、こうするのよ」
私はさっと侍女の後ろに回りこみ、ポニーテールにした髪に結い上げた。
独特なちりめん素材のシワ感が、侍女のストレートの髪と似合っている。
私はこんな調子で、倉庫に残されていた着物のグッズで使えるものをどんどん流用していることころだった。
「おお、キレイですなぁ」
エヴァンズの声に振り返る。
彼は今日も執事服をびしっと着こなし、ポケットからはきらびやかな布がのぞいていた。
この布は帯の一部だ。
「いい感じね」
「はい。あのように一部を切り取ってどうするのかと思いましたが、このようになさるとは」
帯は変色が進んでいるものが多かったが、ごく一部を使うだけでも華やかになる。
勿体無くて、何かに使いたかったのだ。
「エヴァンズ。おしゃべりだけでなく、手を動かしてください」
きびきびとしたカマリエナの声。
カマリエナは侍女の長として、当日も侍女服で参戦の予定だ。
くるりと振り向いたカマリエナのスカートの一部が着物柄になっているのを見て「おお!」とエヴァンズが声をあげる。
華美ではなく、でも、見た人がハッとなるように工夫をしてみたんだけどいい感じみたい。
「姶良様、ディルムット様がお呼びです」
「うん。今行くわ。エピクリアのことかしら」
私は大広間に向かう。
ここは片付けが終わっておらず、物の運び出しの真っ最中だった。
捨てられるものだけ捨て、他はとりあえず空き部屋に押し込むと決めたので、部屋はみるみる片付いていく。
「姶良、エピクリアを配置するならここだ」
私はディルムットが指差した壁に目を向けた。
白い漆喰の壁は少し凸凹していて質感も丁度よさそうだ。
「よーし。整ってきたわね。頑張るわよ」
そこからは怒涛の毎日だった。
元々が二週間しか期限がない上に、汚部屋片付けとの並行作業だ。
全てを終わらせることはできないので、掃除する場所も絞り込んでいる。
舞踏会の後、ぜーーーんぶ掃除してやるんだからね。
このころには侍女たちは自分たちで着物コーディネートを考えるようになっており、帯をリボンのように結ぶという提案もあった。
「姶良様!」
この可愛い声はクローディアだ。
「なあに?」
私はこのとき、ふにゃけた笑顔になっていたに違いない。
石焼きのいい匂いがしてきたのだ。
厚く熱した岩に肉をのせて、ジュウジュウと焼くというのを私は提案したのだけど。
「匂いが最高なんだけど!」
「お味も最高です!」
クローディアが私の口にお肉を放り込んだ。
熱いけど美味しい。美味しいものは世界を救うわ。
「ずいぶんと嬉しそうだな」
「うふ、はひ」
ディルムットが話しかけてきたが、今は口の中は熱いお肉でイッパイだ。
「どうだ。エクロジャイトは岩の中では見た目も美しいし、元が玄武岩だ。
これにふさわしいだろう」
「うん。そう思う」
石マニアが何を言っているのかよく分からないけど、ディルムットの岩のセンスだけは抜群だ。
これだけは信じていい。それにしても、どこでこんなに知識を得たのかしら。
「ディルムットは食べた?」
「まだだ。熱くなった岩石を見ているだけで十分だ」
「何言ってるの。ちゃんと食べてよ」
私はよく焼けたお肉をフーフーして、ディルムットの口へ放り込んだ。
「うまい」
「舞踏会でも出すんだから味は知っておかなきゃね。たくさん食べて」
「もっと食べたいんだが」
私はディルムットに食器を差し出した。
「どうぞ」
「食べさせてくれ」
「あのねえ、餌付けじゃないんだから」
「いや、フェアじゃないな」
言うと、ディルムットは私の手から食器を奪い、私の口にぽんと肉を放り込んだ。
あ、あっつうーーーーー!!!
私は慌てて立ち上がり、一気に水差しまで走った。
これだからおぼっちゃん育ちはいやなのよ。
フーフーするのとか、当然でしょ。
「すまん。大丈夫か」
「ったく、今度は冷ましてから人に勧めなさいよね」
勢いよく飲んだときに水が口からこぼれたのだろう。
私はそれをぐっと拭うと、辺りを見回した。
あと三日、という大きな垂れ幕が眼に入る。
よし。いい感じになってきたわ。
この高揚感、店舗をオープンするときに似てる。みんなでひとつのものを作り上げる。そして、来てくれた人に喜んでもらう。
「ディルムット。期待しているわよ」
最初に会った汚部屋男はもうどこにもいない。
私の言葉にディルムットは若干視線を泳がせたが、ゆっくりとうなずいた。
「お前がそう言うなら。その代わり、終わったら返事を聞かせてほしい」
「え……」
「俺はお前と結婚する。その返事を聞いてない」
「えっと」
言いよどむ私。
「姶良がこのことを真剣に考えてくれないなら、俺は舞踏会に出ない」
「はぁ?」
色恋優先にすんじゃないわよ。
ヒ素ドレスで人命がかかってるのよ。
そう叫びだしたいのをこらえ、私はぐっとディルムットをにらみつけた。
「分かった。ちゃんと返事するから。まずは舞踏会を成功させましょう」
私の言葉にディルムットが顔を真っ赤にするのがわかった。
なんだか申し訳ないけど、仕方がない。
私、何を先延ばしにしているんだろう。
この人は王様で、私はただの人。結婚なんて出来るわけないんだから。
「ま、またあとでな、姶良」
ディルムットがきびすを返す。それを見送った私の後ろから声が聞こえてきた。
「姶良様は、ディルムット様のことはお好きではないのですか?」
クローディアの声がやけに遠くに聞こえる。
そうだね。どうなんだろう。
好きなのかと問われたらよく分からない。
でも、嫌いじゃない。
恋愛なんて、あんまりにもご無沙汰だから、よく分からないんだよ。
それに、これっていわゆる身分ちがいの恋ってやつでしょ。
私は振り払うように頭を振って、最後の仕上げの計画のために歩き出した。
今はこっちに集中しよう。




