台所の秘密と火の利用法
「こうやって……」
私の言葉に侍女たちから歓声が上がった。
着物をほどくと一枚の反物に戻るが、侍女たちにはそれが新鮮だったのだろう。
「手分けしてこれをほどいてください。新しい服をここから作ります」
「姶良様。いい案だとは思いますが、いくらなんでも時間がなさすぎでは……」
疑問を呈したカマリエナだがその手は器用に糸をほどいている。
仕事が速い。できる侍女だ。
「新しい服を作るんじゃないの。これを使って重ね着をするのよ」
「重ね着?」
「ええ。これほどの模様と色が入った布地を羽織るとね」
私は一枚をショールのように、ふわりと羽織って見せた。
ゆるく肩を出し、止め具で止める。
「姶良様、素敵!」
クローディアが声を上げ、ぴょんと飛び上がる。
「この素敵な布地を生かす色は、何かしら?」
「白か、いっそ黒でございましょうね」
得心がいったというようにカマリエナがにこりと笑った。
「そう。このリメイクした生地を舞踏会に使うの。
クローディア。あなたにも手伝ってほしい。
白いドレスとリメイクした着物。それにあなたの可愛さがあれば、リコリスにも勝てるわ」
「あ、姶良様、わ、私がやるんですか!」
「確かに。クローディアさんならいいかもしれませんわね」
カマリエナが感心したようにうなずいた。
「私たちが流行の発信源になる。
そうすれば、みんなもグリーンのドレス以外に目を向けるはずよ」
もちろん、そう簡単にいくとは思っていない。
でも、舞踏会で新たな流行を作り出し、ディルムットが国王であることを貴族たちが認めれば。
ヒ素ドレスを流通させるマーガレット商会を止められるかもしれない。
「さあ、さあ」
カマリエナがパンパンと手を叩いた。
「手を休めないで。ほどいた生地をチェックする人はこっちへ」
私の指示を的確に聞き、現場へ下ろしてくれるカマリエナのおかげでここは大丈夫そうだ。
「ちょっと台所の様子を見てきます」
「姶良様。また後で、お話しましょうね!」
屈託のないクローディアの声を背に、私は台所へと歩き出した。
「おおおおお!」
思わず声が出た。
まだ一日しかたっていないのに、男たちが総動員で磨き、ゴミを捨てたおかげだろう。
台所はピカピカになっていた。
長らく料理をしていなかったせいで、油汚れがなかったことも幸いしたようだった。
「あんたのおかげッス!」
副料理長のサングリエが私を見つけて飛ぶように走ってきた。
「すごいじゃない。こんなにきれいになるなんて、ビックリよ。
これで食材があればね」
「姶良様。食材なら、たんまりあるんですよ!」
別の料理人の言葉に私は振り返る。
「ど、どこに?」
「私たちは氷室と呼んでいるんですがね」
あそこ、箱が積み重なっていたところよね。
ディルムットの部屋と一緒で、物で埋もれて何がなんだか分からなくなっていたんだわ。
扉に近づくと、ゾッとするような冷気が身体を走りぬけた。
「冷たい!」
「これは離宮に伝わる技のひとつッス」
便利屋か。
「俺の火の力と対を成す王族の力だ」
「ディルムット。おかえりなさい」
台所に面した庭から入ってきたディルムットは少し疲れたような顔をしていた。
「ディルムット様。お疲れなら、座ってほしいッス」
椅子をすすめるサングリエ。ディルムットはこちらをちらりと見て
「姶良も座れ。それなら座る」
「まったく、わがままな国王様なんだから……」
「そういった言葉は口に出さず、心で思うものではないのか」
私は黙って近くにあった椅子を掴み、ディルムットのすぐ隣に座った。
「お湯を沸かして紅茶を入れるッス!」
サングリエの声にさっと料理人たちが動き出す。
よく見れば真新しいエプロンをしているものもおり、これもリコリス率いるマーガレット商会からの贈り物だったのだろう。
ようやく役に立ったというわけだ。
「ねえ、ディルムット。火の力が使えるならすごいんじゃないの?」
「いや、この王家は代々、氷の力を持って君臨してきた。
時折、相反するように産まれる火の力を持つ王族は、あまり喜ばれはしない」
王族も難しいのね。ハーレム作って、ウハウハするのは一握りってことか。
「あの部屋は少し前の王が食材を腐らせないために作ったものらしくてな」
「へえ。どんな仕組みなのかしら」
「石に呪力をこめ、そこから冷気が吹きだしているんだ。
水が凍ったものではないから溶けることはなく、呪力がこもっているうちはずっと冷たい」
そういえば、石焼ってよばれる料理があったわね。
熱くした岩の上で肉を焼いたりするのだ。
「ディルムット。私たちもやりましょうよ」
「何をだ?」
「舞踏会で、あなたの力を平和的に見せるの。
私たちの国では人類が始めて手にした利器は炎と言われているのよ」
着物ドレスの流行を後押しする何かがほしかったのだ。
これならやってきた貴族たちだけでなく、リコリスやサザールをあっと言わせることができるかもしれない。
「俺に……できるのか」
ディルムットはじっと自分の手を見つめている。私はその手をぎゅっと握った。
「大丈夫。できるわ。というか、私たちがやらなくちゃ」
視線を感じて周囲を見やる。
「いや~、若いっていいッスね」
「このエヴァンズ、若かりしころを思い出しましたぞ」
「姶良様。陛下がお好きなのですか?」
は!?何でみんな台所に集まってきてるの!?
気がつくと、美味しそうなにおいが鼻をくすぐってきた。これは、お肉の焼ける匂い?
「飯の時間ッス!」
サングリエの声に、ディルムットが笑った。
「よし、姶良。腹を空かせては何もできん。
食べてから、ゆっくりとお前の気持ちを聞かせてもらおう」
「な、何もないってば。あー、私にやましい気持ちはないのよ!」
言いながら立ち上がる。キュウとお腹がなる。
今夜はきっと幸せで最高の食卓だ。




