開かずの倉庫には何がある?
「問題はどうやって他の流行を作るか」
私はぶつぶつ言いながら歩き続け、気がつくと離宮の倉庫の前にいた。
ディルムットが離宮に来る前から「開かず」と呼ばれたこの倉庫に何かあるかもしれないとやってきたのだ。
が、倉庫の中にも物が詰まっていただけで特に使えるものは何もなかった。
でも、ここに限らず、片っ端から開けてみるしかない。
その時、私の耳はまた風の唸りをとらえていた。
隣りにいたディルムットが立ち止まる。
「どうした?」
「風の音が聞こえてくるの」
「いや、俺には聞こえないが」
私は辺りを見回した。ここは廊下のどん詰まりなのだが、あまりに真っ直ぐだったので歩いてきてしまったのだ。
すうっと寒気を感じて私は床を見やる。
そういえばディルムットの部屋も本が積み重なって床が見えなかったっけ。
ならば、ここにも何かがあるかもしれない。
「ねえ、この下に何かあるってことないかな?」
「唐突だな。だが、ここが王の仮住まいだとすれば何があってもおかしくはないな」
「例えば、王宮に繋がる通路とか……」
「ナンセンスだ」
ひ、ひどい。
ディルムットは懐から短剣を取り出すと、石の床を丹念に調べてから、ある箇所にそれを突き刺した。
「そんなんで抜けるの?」
「たぶんな。この隙間は変な感じだ」
ぐっと短剣をつきこむと、石は跳ね上がるようにして外に飛び出した。
「器用ねぇ」
「石の特性を利用しただけだ」
石畳の床が一部外れ、その下が露出する。
「これ、階段じゃないかしら?」
「うむ、どうやらこの下には空間がありそうだな」
数時間後、床石が取りさられた通路にはぽっかりと階段が続いていた。
「私も初めて見ましたぞ」
汗を拭いエヴァンズが首をひねった。
「お前も知らないのか。では、降りるぞ」
階段の下には通路が続いていた。どこからともなく水音も聞こえる。
「これは地下通路のようですね。しかし、なんとも薄ら寒いですな」
「温度が一定に保たれてる感じね。何かが保管されているのかも」
「ああ。離宮の石と明らかに違う。
離宮は片岩だが、ここは片麻岩が使われている。
というよりも、まさかこっちが自然な形態なのか?」
ディルムットの独り言に私もエヴァンズも押し黙る。
石マニアすぎて何を言っているか全く分からないのよね。
通路は途中で二つに分かれていた。
右の道路には消えかけた☓印。
私たちの足は自然に☓印のない左側に向いていた。
そこの通路の最奥には扉があった。
扉には鉄製のかんぬきがかかり、錆付いているのが見ただけで分かった。
「ねえ、どうやって開ける?」
私が聞いたときには、すでにディルムットが力ずくでかんぬきを破壊したところだった。
「あなた、本当に怪力ね」
「このくらいの力がなければ、王は務まらないのではないか?」
いや、そこまでの力はいらないと思う。
扉を開ける。
「あれ、この匂いって」
私は鼻を利かせながら、蝋燭の明かりを差し上げた。
うす暗い闇の中に柱が浮かび上がる。
柱には幾重にも板が渡されており、その上には何かが積んであった。
きれいに折りたたまれ、薄紙に包まれた長方形の物体。
かすかに香る樟脳。
「もしかして、着物……?」
私は自分の言葉が信じられず、そっと手に取り、薄紙を開いた。
そこは紋様の洪水だった。
美しい源氏物語絵巻の一部。
大輪の椿に牡丹。
美しい桜柄。
御所解きに貝合わせ。
私の大好きな青海波もある。
まさか、こんなところで着物と出会うなんて。
「これは、何だ」
「着物よ。私が元いた国のドレスみたいなものかな」
もしかしたら転生者が持ち込んだのか、それとも作らせたものなのかもしれない。
残念ながら着物は変色がすすみ、無残な姿になっているものもある。
そうとうに古いものなのだろう。
「これでは、着ることはできそうにないな」
ディルムットが言いながら、上の箱を下ろす。
箱の中には帯や、帯止めなどがきれいに折りたたまれて入っていた。
「着られなくてもいい。これをリメイクしましょう」
「リメイク?」
「ほどいて、作り直すの。専門学校の課題でやったことがあるから、出来ないはずはないわ」
言いながら、少しワクワクしている自分に気がついた。
汚部屋は整理したほうがもちろんいい。
でも、本当に使えるものは使ったほうがいいはずだ。
「二人とも、これを出すのを手伝って!」
「ったく、人使いの荒いやつだな」
言いながらもディルムットは箱の中に入った大量の着物を外に運び出していく。その背中を目を細めてエヴァンズが見つめ、私に向かって小さくお辞儀をした。




