汚部屋で起きたことを今こそ話そう
「あーっ!もうイヤだ!」
私は自分の部屋に立ち尽くしていた。
積み重なった本の山。
やりかけのゲーム。
昨日着た洋服と靴下。
台所にはラベルが変色していて不明だけどスパイスと思われるビンが転がっている。
その隣にはあちこちから取り寄せたオーガニック弁当の空容器(中身が残ってるものもあるけど、見逃してほしい)
これは昨日飲んだ栄養ドリンクでしょ。
あれ、その隣のビンって私が飲んだものだっけ?
どこからどう見ても汚部屋。私にだって自覚はある。
でも。
「無理。こんなにハウツー本を読んだのに、なんで片付かないの?」
おかしいでしょ。本には『絶対に片付く!』って高らかに書いてあったのよ。
恨めしそうな私の視線の先には、積み重なったハウツー本の山。
汚部屋という文字がのぞき、絶妙なバランスをとっている。
疲れてきたのでしゃがみたいが、ここでしゃがむと買ったばかりの新型ゲーム機が私のお尻の下敷きだ。
「明日のディスプレイも考えないといけないのに……」
新型ゲーム機の箱を大切に持ち、どこか置き場所がないか探す。
私は高浜 姶良。
某有名アパレルショップで店長をやっている。
仲間内からはディスプレイの魔術師と呼ばれて、色々なアイディアで売上を伸ばしてきた。
そんな店長である私の私生活を知りたがる仲間も多いけど。
私にだって分かってる。
これがバレたら、ドン引きどころじゃない。
「置き場所っと……」
そっと足を踏み出す。にちょっとした感触。
「え? 何これ! あっ……」
そのまま足が滑る。ゲーム機の箱が私の手を離れる。
私の手が虚しく宙をきり、そして、強く頭を打って転がった私の頭の上に。
もう一度、衝撃。
大切な私のゲーム機、抽選に勝ち抜いて、発売日に、手に入れた、の……に。
そして、私の意識はふっつりと途切れた。
皆さん、ごめんなさい。いきなり話が終わってしまう……。
「おい、起きろ。俺の部屋で何をしている!」
私は眼を開けた。
なんで、私の部屋に人が?
ゆっくりと起き上がり
「ひいいいいい!」
私は声をあげていた。
周囲には物が積み重なり、今にも崩れそう。
あちこちにホコリをかぶった石ころが転がり、テーブルにはたぶん果物だった物体。
もう異臭を放つ力も無いと見える。
「失礼な女だ。なぜ、こんなところにいる。
この箱に隠れて、俺の部屋に忍び込んだのであろう。
監視のつもりか?」
男は、ふんと鼻を鳴らした。
窓の近くにも物が積み重なっているので、部屋は薄暗く男の顔の造作はよく分からない。
声は悪くないけど。
男がもう一度声をあげようとしたときだった。
ガチャンと音がして、外から光が入ってきた。誰かが扉を開けたようだ。
男の金髪が光に照らされる。
瞳も金色。ものすごい長身。
群青色の洋服はいかにも王様っぽいが、だらしなく着こなされていていた。
二十歳は超えているだろうが、まだ若そうだ。
ま、確実に私よりは年下ね。
それにしても。
めちゃくちゃイケメンだわ。
「ディルムット様。お静かになさってくださいませ」
入ってきたのは、髪をきゅっとまとめた女性だ。たぶん、私より年上だろう。
しかし、メイドのコスプレをしているのは、いったい何故なのか……。
「あら」
私に気がついて、薄く唇の端を持ち上げる。
「陛下に秘密の恋人様がいたなんてね。この部屋、どう思われます?」
よく分からない。何を言っているんだろう。
でも、どう思うって。
「どう見ても汚部屋でしょ」
「おべや?」
女性は眉をひそめた。
「出て行け! お前など、呼んでいない!」
ディルムット。そして、陛下と呼ばれた男が叫ぶ。
女性は「はん」とあざけるような声を残し、扉を閉めた。
待って。これ、どう考えてもおかしくない?
ここ私の部屋じゃないでしょ。私、どこにいるの?
「お前も出て行け。ここは俺の部屋だ」
「ちょ、ちょっと待ってください。出て行く前に一つだけ教えて。
ここは、どこなんですか?」
「……はあ?」
ううーん、どうやらここは私の部屋じゃないみたい……。




