恋愛成就のブリッツクリーク11
目が覚めると、美奈子は目を左右に動かした。両親と、見知らぬ女子高生二人が心配そうに顔を覗き込んでいる。母が、抱きついて抱擁して涙を幾つもシーツに溢して濡らした。困惑している美奈子の父が説明を始めた。
「この二人は、お前を助けてくれたんだ。覚えているか?錯乱して家を飛び出したんだぞ!!」
「何それ、怖いんだけど」
そんな事を言われても、全然記憶に覚えがない。
「風間さんですよね?ちょっと尋ねたい事が。すぐに済みますから。ご両親方は廊下で待っていて貰えませんか?」
黒い髪の女の子がそう申し訳なさそうに言うと、二人は廊下へと出ていった。
「聞き難いっていうか。素でいうと引かれるしね」
面白そうに、夏樹がそういうと美奈子は逆に尋ねた。
「それでその、私何でこんな病室に?」
「覚えていませんか?貴方は家で家族で話し合いを行った直後ポルターガイストを引き起こして家から逃走、街の歩道橋でも同様の現象を引き越して車の追突事故や近辺の立ち並ぶビルやお店のガラスを破砕しました。政府の圧力でニュースにもなりませんが投稿系の動画なんかには削除が追い付いてない事もあって幾つか残ってしまっています」
消せば増えるから人の興味心は怖いものである。
夏樹が携帯の動画を見せると美奈子は目を大きくして吃驚した。
「何これ⋯⋯こんなの、私じゃ!!」
「正確に言いますね。勿論これは貴方の意思で引き起こした物では無い事は分かっています。原因は貴方の恋心ですから」
「恋?」
意外そうに早苗を見る。
「好きな人、居るんだろ?」
夏樹が尋ねると、涙を流して手でそれを拭う。
「どうなんだろ、分かんない。気持ちが冷める時もあって。けどふと見かけたり、会ったりすると好きだって再認識してる。だから、好きなんだって思って。でも気持ちが冷めて嫌いにもなる。どうしてこんなに両極端なんだろうって自分でも思うんだけど」
二人は目を合わせて頷いた。
「じゃあ、今は好きですか?その彼の事」
「嫌いです。でも会ったらきっとまた好きになる。恋愛ってこんな感じなんでしょうか。目を合わせた瞬間に恋に落ちるんです」
「いいえ、違います。彼は貴方を騙しています。催眠術師の類いといってもいいかもしれません。だから貴方は、会う度好意を寄せますが、持続しないんです」
早苗は、そうキッパリと言い切った。
「後、妊娠してるって言ってたけど、出来てないってお医者さん言ってたよ」
「そんな⋯⋯妊娠の症状は全部出てるのに!?」
「想像妊娠してると言ってました。それほど彼が好きなんですか?」
夏樹に見える赤ん坊が、寝息を立てて消えていく。
「分からないんです。確かに催眠術を掛けられた様にその場限りで燃える恋をしているのかもしれませんし。ただ今は、赤ちゃんが出来てない事に安心した自分が」
両手で自分を抱いて涙を流す彼女を見て、二人は静かに怒りを覚えた。
「それで、そいつが淫魔確定?」
夏樹の問いに、早苗は静かに頷いた。
食堂には、何台も自動販売機が置いてあって、缶ジュースや紙コップで出てくるコーヒーなんかも置いてある。時間は夕暮れ時故か閑散としていて人の気配はすでに無い。ここに来る途中の廊下で花音が自分の主人が呼んでいると言って一旦別れた。外に車で待機しているらしく、すぐに戻ってこれるらしい。
「そんじゃ、2人共座っててよ。何か希望ある?」
「私は何でもいいわ」
「私もいいよ」
指定をせずにいうと、鼻歌を鳴らして花村は紙コップの自販機の前に立った。2人はその間席に着いて待つと、取り出す瞬間にポケットから小瓶を取出し液体を入れていった。超強力な睡眠薬。怪しまれない様に小瓶はそのまま自販機に隠した。後で回収すればいい。
「お待たせ~!!」
「何か変な動きしてたけど、お酒とか入れてないでしょうね」
摩子が鋭く言い当てたが、実際にはそんな事はしないものだ。
「そんな訳ないでしょ」
そう、笑顔で花村は返した。二人が飲んだのを確認すると、自分も何か飲む為に自販機でコーヒーの缶を購入すると、後ろでコップが地面に落ちる音と人が倒れる音が聞こえた。コンコン、と音がして自分の前までコップが転がり、くしゃりと足でそれを踏む。
「ーーーあんた!!」
摩子が眠気で顔が歪む。綾乃はすでに寝息を立てて机に突っ伏している。
「おやすみ、ついでに君とも遊んであげるよ。目が覚めた時の反応が面白そうだ」
摩子は、悔しそうにしながら睡魔に勝てずに眠りについた。
「さて、後はこいつらを⋯⋯おい、お前ら出てこい!!」
声を張り上げると、ドアからホストがゾロゾロ出てくる。全員がSILVERMOONで働く従業員である。
「ダイキさん、こいつらっスか。超上物じゃないっすか!!」
「俺こっちの黒髪の子がいいわ」
「じゃあ、俺は赤い方で」
「お零れは後で分けてやる、今は早く二人を車に詰め込め!!」
『ウース!!』
二人が連れられた後、気配を殺していた者が姿を現した。彼女の周囲にキラキラ光る粒子が下に落ちていく。光の屈折を利用した短時間の光学迷彩。花音が険しい表情を浮かべて、男達が去るのを見つめていた。その様子を外から眺めていたもう一人の男性が無線で状況を伝えた。
【不味い、対象が連れ去れた。薬物か何か飲まされた模様。これより尾行を開始する。至急応援を頼む。相手は複数人。学生かと思ったが大人も大勢居る。数は10数名】
【分かった、上に連絡を入れて動けるようにしておく。それまで尾行と連絡を密に頼む】
【了解、任務を続行する】
――――――――総理大臣公邸
部屋の中で、総理専用の電話が鳴り響いた。
米国か、ロシアか、隣国かシリアの移民問題を切っ掛けに世界情勢が悪化の一途を辿っている。まるで何者かの意志が介在するかの様な見事な欧州分断。テロ工作。巷では陰謀説が囁かれているがあながち間違いでもない。さて今度は何事か。最近我が国が抱える問題がようやくひと段落着いた。現人神である上野綾乃を狙う魔女を捕まえる為に魔術師達との折り合いも着いた。魔女はこちらで暫く尋問した後、あちらの世界に裁判に掛けられる。今後も日本とあちらの世界の情報共有を密にしてwin-winの関係を築いていく必要があると再認識した。
そんな思案を巡らせて受話器を取ると防衛大臣からの報告だった。
「時重総理!!今度はアヤノが何者かに連れ去られた模様です!!」
総理は、冷や汗を浮かべながら国家非常事態宣言が脳裏に浮かんだ。




