The Radio Girl 6
民宿に白い車が到着。着くなり釣り道具一式を持って玄関に現れる。3人共色違いのフィッシングベスト、帽子、シューズを履いている。本日の成果と言わんばかりに大きいクーラーボックスには大量の魚が入っており中年男性3名は、達成感のある顔をしてブザーを鳴らした。
「ここだよ、ここ。知り合いの民宿でさ、料理が結構美味いんだ」
「へえ、持ち寄った魚もさばいてくれるなんて、最高じゃないですか」
「早く入りましょう!ビールが飲みたくてウズウズしちゃいますよ」
玄関を開けるとそこにはメイドの使用人の格好をした花音、洵、綾乃、摩子が深々と一礼して客を出迎えた。綾乃はノリノリだったが、洵と摩子は恥ずかしさで顔を下と横に向けている。花音が一歩前に出て、案内役を務める。
「本日はようこそいらっしゃいました。すでに食事の準備は整っております。どうぞこちらへ」
3人共唖然として、一度外に出てメイド喫茶か民宿かを確かめた。
「はっはっは!!そうか、啓君とうとう父親になるのか!!」
「お産じゃしょうがないっすねえ~いや~めでたい!!」
「私も娘が生まれて本当に嬉しかったなぁ。今じゃあんまり口聞いてくれないけど」
リビングの畳の上の長方形のテーブルで花音達全員で料理を囲んで座る。話は洵の従兄弟のお産の話で持ちきりになった。3人が釣った魚も前祝いにと提供してくれ、刺身と鍋料理に使った。作ったのは花音で腕も一級品。というか調理行程はネットワークで検索すればすぐに出る。脳内にダウンロードしてメモリーに落とし、調理をするだけだ。
「しかし、いきなりで驚いたけど何で使用人の格好なんだい?」
花音が申し訳なさそうにして、答えた。
「私はこれしか持って来てませんので、皆さんに合わせて頂きました」
「別にこんな格好じゃなくっても」
洵がまだ恥ずかしそうにしているが摩子はもう慣れた様子でビールの追加を持ってくる。
「まぁ、こんな機会でもなきゃ着れないもんだしいいんじゃない?」
「そうそう!面白いからいいよ!」
「楽しんで頂けたのなら、幸いです。電話ですね」
洵がダッシュで電話に出ると従兄弟からの連絡で無事男の子が生まれたとのこと。新しい生命の誕生にその場の全員が騒いだ。
「今日は素晴らしい日だ!ビール持ってきてー」
「とことん飲みましょう!!」
「飲みやしょー!!ささ、皆さんも料理食べて食べて!!」
宴会が始まると、洵は花音にお礼を言った。
「何か、巻き込んじゃってごめんね。でも助かった」
「いえ、こちらの不始末の結果ですし、お気になさらず」
摩子が改めて花音に尋ねる。
「花音さんはどうしてこの町に?」
「私は、この町にある研究所に見学に来たのです」
綾乃が興味津々に尋ねる。
「何の研究?どこにあるの?」
「この南に工場地帯があるでしょう。その一画にある所でナノマシンセルの開発をしているそうですので、そちらの見学に来ました」
花音がいつぞや使用した光学迷彩の粒子もその研究成果の一つ。
「いいなー!明日暇になるし、私も見学したい!!」
「いいでしょう!!ならばこの私が叶えましょう!!」
シュメイルはノリノリだ。
「へー・・・まだ海開きじゃないし、どうしようと思ってたけど丁度いいわね」
洵がそういうと、綾乃も興奮している。
「ハイテクナノマシン研究!!よくわかんないけどすごそう!!」
(これは――――――)
「ちょっと不味いなって思ってる?」
見透かされた様に、隣の摩子が小声で呟いた。
「いえ、大丈夫です。ですがこの人のトラブルメーカー気質には呆れます」
「フっ天才と天災は文字一つしか違わないのよ」
「褒めてませんから」
そういうと極め技の体勢を変更する。
「パロスペシャル!?どこでこんな技術を!?」
お客さんも食べ終えて客室で休み、ようやく仕事から
解放され安堵する。シュメイル達が明日また車でここに来てくれる事になり、その日は別れた。2階がお客の寝室で、地下に従業員が眠る部屋が用意されていたので3人は部屋の両脇に設置された2段ベッドで眠った。朝起きたら7時頃ではあったが客の3人は釣りの為に早朝に出発してすでにおらずゆっくりと研究所の見学の為の準備を整えて、午前10時に迎えの車が来た。
「おはよう御座います」
花音がそういうと、3人は昨日も気になった疑問を彼女にぶつける。
「花音さんて普段何してるの?どうしてその格好を?」
綾乃がそう尋ねるので、仕方なく彼女はこう答えた。
「私は、学業の時以外は主の使用人として働いています。ですので、この服以外の格好は基本的に使用しません」
「あるにはあるんだ?」
洵がそう聞くと、シュメイル博士はドアを開けて、スーツケースを引っ張り出す。
「丁度いいわ、貴方たちこの子にコーディネートしてあげてくれない?着ないのも勿体無いし」
3人の目が光って、一旦民宿に戻って彼女をコーディネートする。十数分の格闘の末に彼女が着替えて出てくると最終的に、ワインカラーのサーキュラースカートと白のインナーに黒いカーディガンというお嬢様スタイルに決定した。花音の顔が真っ赤になっているがシュメイルは先日の仕返しとばかりに写真を撮りまくっていた。車が出発して30分、程なくして工場地帯が見えてきた。海岸沿いにある為か、すぐ側に海が見える。大きな白いビルが見えると、急に綾乃が目を大きく見開いて、花音に告げる。
「花音さん、車を止めて!!あそこで人が沢山死んでる!!」
「何を言って?」
洵は驚いていない上、綾乃に加勢する。
「残念だけど、彼女の言ってる事は多分確かよ。一旦止まりましょう。死者が貴方に語りかけているのね?」
「うん、窓の外で必死にこうも言ってる。博士に、テロリストの集団に【花音の姉妹を奪われました】って伝えてって」
そう言い終えると、ビルの最上階が爆発して黒煙を上らせる。洵の肌に鳥肌が立ち、目には涙も浮かべガクガクと震えて恐怖で身が竦んでいる。
「あー・・・いつになっても慣れないわこの子のこういうシチュエーション」
「貴方の苦労が分かる気がするわ」
摩子が洵に同情した。
「仮に君が死者と交信出来るとして、その人の特徴と名前はわかる?」
シュメイルが綾乃に尋ねると、窓を見る様に覗き込んでから答えた。
「えーっと・・・うん、髭の濃いおじさんで名前がレド・ガードナー」
「そう、ありがと」
ビールを飲んでいた博士の目付きが変わり、ビールの缶を片手で握りつぶした。
「さっきからラボと連絡が付かないのはそれが原因か。納品日当日に仕掛けてくるなんて情報が漏洩していたとしか思えないわね。今は考えてる暇はないわ、乗り込むわよ花音」
「了解しました。皆さんはここで降りて下さい。すぐに迎えの車を手配しておきます」
車を止めて3人を降ろした車は、再度黒煙の立ち上るビルへと向かった。花音の行く背中を眺めながら、綾乃は答えた。
「洵ちゃんごめん、ちょっと行って来る」
「行って何するの?返答次第じゃ怒るわよ?」
「昨日手伝って貰ったし、困ってるなら助けたいの」
洵はため息を吐いて、綾乃に告げた。
「あんたの事だから無事に戻ってくるって分かってるけど相手テロリストなんでしょ?あんたそれでもか弱い女子高生なのよ!?」
洵は捲くし立ててから携帯を取り出してアンテナを確かめる。位置が悪いせいか一本も繋がらない。
「私すぐに消防と警察呼んでくるから摩子さん申し訳ないけどこの子が無茶しないように見張ってて」
「やっぱりそうなるわよね、分かったわ」
洵がアンテナの立つ所を探しにその場を離れる。
それを見届けた後、摩子も呟いた。
「彼女が何者なのか、知るにはいい機会ね」
「うん、でもいいの?」
「普通のテロリストくらいじゃ、私には傷一つつけられないわ。あんたがチート過ぎんのよ」
そういって、綾乃の額にチョップする。
「あいたっ」
「後で、私も洵さんに怒られるだろうなぁ」
ため息を吐いてから携帯を取り出して透明になるアプリをタップして自分と綾乃の周囲にのみ簡易のステルス結界を張る。二人はお互い頷いて炎と黒煙立ち昇る建物へと向かって行った。