The Radio Girl 5
4月の半ばの連休を利用してとある場所に遊びに来ていた。まだ肌寒い時期ではあったが、海の塩の香りが漂う。山と海を見渡せる京都の中でも絶景と言われる観光名所。日本三景の一つと言われる砂州である。何でも洵の従兄弟がそこで民宿をしているのだが、急に人手不足に陥り休日だけでもいいから手伝ってくれないか、との事で。
「で、何で私まで?」
摩子がバスの中で洵に尋ねた。
「え?いや、綾乃の部活に入っちゃうなんてきっととても良い人なんだろうなぁと」
そう言いながら、梅のキャンディを口に放り込む。
「見てみて!海が綺麗だよ!」
綾乃が隣ではしゃいでいるのを見て、確かにそうかもしれないと感じる。
「そういえば、洵さんは綾乃さんと付き合い長いんだっけ?」
「うん、もうかれこれ7年以上にはなるんじゃないかな」
「長いねーもうそんなんなるっけ?」
綾乃もお菓子の袋を開けて食べ始める。サクサクと触感の良いチョコレートスナック。
「じゃあ、貴方も何か力を持ってるとか?」
「いや、私は至って普通。この子みたいな力はないけど」
「彼女を受け入れてるのは今の所ご家族と貴方くらい?」
「多分ね。言った所で信じてもらえないし、別に綾乃もメディアに騒がれる程事を大きくしたくないし、その力で他人をどうこうもしないしね」
「って洵ちゃんに全部釘さされてるんだよ」
「やったら絶交だかんね」
摩子は洵という存在が彼女の鞘になっているのだと確認した。彼女の力を自己利用するのでもない、彼女を見放すのでもないただ寄り添い、彼女の力と存在の在りようを自分でコントロールさせる。綾乃の性格が真っ直ぐな所はきっと彼女による所が大きい。ひょいと、洵の飴袋から一つキャンディを取ると、彼女に返した。
「心の底から、貴方も大概だと思うわ」
「そりゃ、どうも。そろそろ着くよ民宿に」
白い砂浜と海が見えるバス亭で3人は下りた。そのまま海には向かわず山の見える方へ道路を歩く。途中で駄菓子屋を見つけてジュースで喉を潤した後木で出来た階段を上って、林を少し上った所に数件の家が見える。その民宿の上に見えるのは沢山の高級住宅。
「軽井沢みたいね。行ったこと無いけど。民宿はここ?」
摩子が尋ねると洵は答えた。
「うん、そんなに大きくは無いけどね。目の前が海だしボードから浮き輪まで一通り貸し出しもしてる良いとこだよ。まだ海開きじゃないってのが残念だわ。手伝いだけって聞いてるからやる事もそんな難しくはないだろうし、明日には遊ぶ時間取れると思う」
チャイムを鳴らして、玄関のドアを開ける。
「お邪魔しまー・・・す?」
目の前には、お腹の大きい女性と男性が寄り添っている姿があった。おもむろに、男性が感極まって声を荒げる。
「洵ちゃん!!グッドタイミングだよ!ちょっと産気づいちゃってこれから病院でね!あ、やらなきゃいけない事はここに書いたから!じゃあちょっと行ってくるから頼むよ!お客さんにはくれぐれも失礼の無いようにね!!」
そういって、メモを洵に手渡して二人で車で病院に出かけてしまった。相当慌てて、急いで書き殴ったのであろうそれを3人で、メモを覗くとそれぞれが険しい表情でそれを眺める。
『暗号?』
荷物を置いて、民宿を探索する。とは言っても普通の一軒家と同じ程度の広さしかないが。テーブルにはラップで包んだ料理の数々が置いてあり綾乃が嬉しそうに目を光らせた。
「やった!!お昼用意してくれてたんだ」
「確かに、お腹ぺっこぺこよね」
摩子もキッチンの上に置いてある料理のラップを剥がしてひょいと肉団子を一つまみ。それから、薄い白身魚の刺身を一切れ食べると、美味しさに驚く。
「何これ、すっごい美味しい。初めて食べたかも」
「へ~どれどれ?美味しい!!」
二人で美味しい食事に舌鼓みしていると、二階から洵が降りてきてその惨状に呆れて声を失った。
「あんた達、ちょっとは考えて行動しなさいよ言わなかった私もあれだけど」
洵が指さして、二人に告げた。
「それ、お客さんのだから。私らの多分冷蔵庫に入ってるよ」
摩子が慌てて冷蔵庫を確認すると、確かに3人分のオムライスが入っていた。食べた分はどうにもならない。代わりの魚になるような物も冷蔵庫にはない。
「どうしよう?何か買ってくる?」
「うーん、何食べたかもわかんないし」
「腹が減っては戦が出来ぬっていうしとにかく腹ごしらえしてから考えましょ。大体、こんな状況想定しないっつーの」
洵も少し今の状況に少し苛立っているように見える。
3人でオムライスをレンジで温めて食べた後洵が従兄弟の携帯に電話をしたが繋がらない。仕方なく待っていると、電話が来て出ると、お客さんからの連絡だった。本日の5時頃にこちらに到着するとの事で時間的猶予はそれほどある訳ではなさそうだ。リビングで3人揃って、食べた分の料理をどうするかを決める。
「何か買ってくる?刺身だしお魚くらい売ってるよね?」
綾乃が洵に尋ねると、洵も思い出して答える。
「この上の道路に通じる階段を上って15分歩いたとこに商店街があったかな」
「決まりね、後何すればいいの?お客さん部屋に案内してご飯を食べて貰ってそれから後片付けして多分お客さん相手に接客するのが一番難しいかも。何喋っていいかわかんないんだけど」
摩子が割と真剣に尋ねるので、洵はこう答えた。
「とりあえず、何でも楽しんでやるのが一番よ」
綾乃と洵が掃除を担当し、お客さんが来るまでなるべく室内を綺麗にして財布に一番余裕のあった摩子が商店街へ買い物に行って食べた分の刺身を何か買ってくる事に。階段を上って道路に出ると下に民宿と林があり、先に砂浜と海が一望できる。反対側を見ると高級住宅と別荘が点在し道路の続く先に見えるのが繁華街となっている。繁華街の反対側を見ると、大きな工場施設も見える。
「とりあえずお魚屋さんいってみますか」
洵の言う通り、15分程いった先に商店街が立ち並び繁盛していた。電車や市バスも通っており、活気の良い港町に摩子は感じた。風が少し湿っているものの、摩子には心地良く思えた。魚を一匹購入するよりは、捌いてもらった方が楽だったので、そうして貰った。そのままラップに包んで冷やして帰る。途中、白い大型の車が立ち往生しているのが見え立ち寄ると、どうやらパンクしてしまったようで、動けない状態になっている。運転手らしき人物が懸命にパンクの修理作業をしているがまだ終わらない様子だった。
「パンクですか?この先行った所にガソリンスタンドありますよ」
「ありがとう、お嬢ちゃん。それよりこのへんにビール売ってるとこない?」
「コンビニも10分先に行かないとないですね。ジュースの自販機なら見えるとこにありますけど」
「いやー私じゃなくってね」
車のドアが開いて、白衣を着た金髪の女性が現れる。
そばかすと眼鏡が特徴的である。
「ちょっと、まだ終わらないの?せめてビールの一本でも・・・何その子」
「地元のお嬢ちゃんみたいです」
(地元じゃないんだけど)
「一応この下の民宿から来ました」
「ビールある?」
「ビール1本でしたら用意出来ますけど、確か冷蔵庫に予備をみかけたので」
「本当!?じゃあ行くしかないわ。花音も出ていらっしゃい」
ドアから出てきたのは、使用人の服装を着た暁花音だった。摩子に気がつくなり、ドアを閉めて車内に引き篭もる。怪訝な顔で女性が花音を車内から引っ張り出した。
「花音、私は行くわ。なぜならビールが私を待っているから!!」
そういって、走って階段を下りて民宿に行ってしまった。残された摩子と花音の間に気まずい雰囲気が漂う。
(ほんとにね、どうしよう。逃がすのも手だし、興味がないといえば嘘になるけど)
部活なんて創設させない方が自由になれるし摩子もそれが一番良いと思っている。しかし先日のカラクリが何なのか気にならないといえば嘘だ。この気まずい空気を何とかせねばと、摩子は先手を打つ。
「ちょっと困った事になってるんだけど同じ学校のよしみで助けてくれない?」
摩子は両の手を合わせて、事情を説明して花音に助けを求めるとビール代として、彼女は渋々ヘルプを了承した。
摩子が民宿に戻ると、リビングの食卓で勢い良くビールを飲み干す彼女の姿が見えた。ついでに残りのご飯も一通り箸で摘んで平らげている。摩子が顔に手を当てて、花音が状況を飲み込んで金髪の女性に告げた。
「シュメイル博士、無銭飲食と営業妨害になりますので箸を止めて下さい」
「はぁ?どうして無銭飲食になるのよ。ビールって言ったら案内して貰った上食事まで頂けるなんて。素晴らしい宿だわ!!」
何も分かっていない金髪の外人が答えると、綾乃と洵も摩子に視線を移す。
「あー、ごめんなさい洵さん綾乃さん。この人お客さんでも何でもないただ車がパンクしてる間、可哀想だから何か飲み物でもどうぞって言っただけで」
最後は声が小さくなる。洵が怒りに震えて吼えた。
「アホかああああああああああああああああああああ!!何余計なモン連れてきてんの!?どうすんの料理!お客さん!もうすぐ来ちゃうよこれ!?」
「え?え?何食べたらダメだった系?どゆこと?」
「ややこしくなるんで、もうそのまま食べてて下さい博士。後、無銭飲食で捕まって下さい」
「そんな殺生な!?こっちだって意味わかんないんだけど!?」
綾乃が花音に気づいて尋ねる。
「あれ?暁花音さんだよね?どうしてここに?」
綾乃の質問に良い返答が思い浮かばず、仕方無くこう答えて一礼した。
「この人のやった不始末の落とし前にヘルプに来ました。本日は一日宜しくお願いします」